長編33
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ファイナルシーズン

元江たちは南校舎のコロニーに、狩りの道具やその他の薬品を運び込んだ。

人数が増えれば、狩りの効率は格段に増すだろうが、当然使う道具もより多く必要になる。

稀人はコロニーの人間と協力して、準備に取り掛かった。

稀人は今まで自分たちがやっていたような接近戦ではなく、組織的な、トラップを使ったハンティングを考えていた。

稀人が調べると、コロニーの中には何人か車を運転できる人間がいた。

稀人は早速、車の調達へ出向いた。

車は山ほど街中にあったが、大破して、原形をとどめていないものが多かった。

その中から使えそうなのを十台探し出し、燃料を補給すると二台が動いた。

手分けしてビシュラを解体し、声帯の骨を、誘導部隊の人数分用意した。

さらに骨を砕き、いくつかの袋に分けて入れる。

この破片を爆発機構に仕込めば、より殺傷力の高い爆弾を作ることができる。

そしていくつか必要な道具が揃うと、稀人と元江、赤城、石田、由紀は爆弾の制作に取り掛かった。

さすがに火薬を取り扱う工程は、三十人全員で行うわけにはいかない。

導火線式雷管を組み込んだ黒色爆弾を、ビニールで三つごとにまとめ、小分けにした。

これを稀人は、その形から「ボックス」と呼んだ。

綿火薬、黒色火薬、硝安油剤爆薬など複数の火薬を使い、様々な爆弾を用意した。

そして次の日、稀人は、狩り場となる廃墟の下見をしていた。

手元にある大まかな地図をもとに、地面にガイドラインを引いていく。

ガイドラインは直線、サークルなど、場所によって形が異なっていた。

そして地図に示されたポイントに従い、目印となるフラッグを地面に突き立てた。

下見が終わると、稀人、石田、由紀を含むコロニーの七人が、地理状況の確認をした。

ガイドラインやフラッグの位置を確かめ、手順を口頭で説明し、後でそれを簡単にまとめたメモを渡した。

そして七人がコロニーに戻ると、さらに十三人が同じように、地理状況の確認を行った。

いっぺんに大人数で動かないのは、コロニーが襲撃された時のことを考えたからだった。

全員がコロニーに戻ると、もう一度出撃する二十人全員で狩りの立ち回りを確認した。

全員がそれぞれ、何度もそれを反芻した。

翌日、夜が明けて間もないころ、二十人のハンターがそれぞれの位置で待機していた。

「誘導部隊、はじめろ」

稀人のその声を合図にするかのように、元江率いる誘導部隊が動き出す。

誘導部隊は三方向に分かれると、ビシュラの笛を鳴らした。

しばらくするとそれに反応するように、猛突獣型のビシュラが、地面を轟かせて現れた。

「こっちだ、化け物!!」

バイクの後ろで、ビシュラの笛を持っている赤城が、挑発するように言った。

猛突獣は一直線に、バイクとの距離を縮める。

バイクは翼竜の時と同様、相手に追跡させ、なおかつ追いつかれない距離を保った。

猛突獣は鼻息を上げると、胴体を上下させながら加速を付けた。

それに合わせて、バイクも加速する。

バイクは少しずつ、煽るようにスピードを上げた。

猛突獣は目標物だけを見据え、さらに加速する。

そして元江は稀人が引いた例のサークルを確認すると、数メートル手前で急カーブをかけた。

突如目標物を失った猛突獣は、サークルに叩きつけられる。

間をおかず、地面に生まれた穴が猛突獣を飲み込む。

落とし穴は古典的なトラップだが、決まれば圧倒的優位に立てる。

「行け、攻撃部隊!!」

赤城の指示に、物陰に隠れていた攻撃部隊が飛び出す。

攻撃部隊は携えていた「ボックス」を、落とし穴でもがく猛突獣の頭上に落下させた。

すでに点火してあった導火線は、数秒して上層の黒色爆薬を爆発させる。

残り二つの黒色火薬は誘爆し、猛突獣の全身を炎が包む。

「まず一匹目」

別の誘導ポイントへ向かっていた誘導部隊は、車で猛突獣を誘導していた。

車はしばらくして、かつて広場として使われていた場所に猛突獣を誘導した。

広場全体を覆うように、先ほどより遥かに大きいサークルが描かれていた。

猛突獣がサークルの中心あたりに辿りつくと、建物の残骸の上で待機していた他の誘導部隊が、各方向からビシュラの笛を鳴らした。

猛突獣が上に気を取られている隙に、先ほどまで猛突獣を誘導していた車は笛の音を止め、路地から退避した。

「クラスター降下」

サークルの中にいるビシュラに向かって、投擲部隊が「クラスター」を降下する。

「クラスター」は導火線式雷管の黒色爆弾という点では「ボックス」と変わりなかったが、爆発と同時にビシュラの骨の破片が拡散し、より高確率で目標に致命傷を負わせることができる。

猛突獣は、「クラスター」のほとんどを直撃は免れたが、爆風と飛び散った破片によって全身にダメージを負った。

「止めるな、次!!」

もはや動くことすらままならない猛突獣は、山なりに投げ出された「クラスター」を避けることもできない。

続けざまに放たれた「クラスター」は猛突獣に直撃し、猛突獣は炎に包まれ絶命した。

少し離れた所では、石田の運転する車が猛突獣を誘導していた。

後部座席では、由紀がビシュラの笛を携えていた。

「このまま順調に行けば稀人たちのいるポイントに誘導できるわ」

猛突獣は追跡をやめる様子はない。

その時だった。

車内の警告灯が点滅した。

車は少しずつ、減速し始めた。

「ちょっと、もう少しスピード上げて!!」

「車の様子がおかしいんだ!!

たぶんオーバーヒートしてる!!

やばいぞ、このままだと走れなくなる・・・・!!」

もともと地震の衝撃でガタが来ていたのか、エンジンは根を上げ始めている。

猛突獣とのチェイスで、さらに負担がかかったのか、エンストを起こしてしまいそうだった。

これが普通の運転ならボンネットを開けてエンジンを冷却しなければならないが、この状況では止まることなどできない。

そして車は数十メートル走行したところで、停止してしまった。

猛突獣は急に車が止まったことに警戒しているのか、緩やかに減速し、車の近くで足を止めた。

「くそっ、エンストだ・・・・・。

最悪だ、畜生!!」

「どうしよう、どうしよう・・・・!!」

由紀の表情は蒼白だった。

「とにかく、ドアを開けて、その瞬間走り出すんだ。

二手に分かれるぞ。

3・・・、2・・、1・・・・」

ドアが開くと同時に、二人は外へ飛び出した。

その瞬間、二人が先ほどまでいた車体は、猛突獣の突進によって、衝突実験のように一瞬にして潰された。

「ああぁぁああああっ!!」

石田は全速力で、大破した建造物の、瓦礫の陰へ走った。

そして素早くその後ろへ身を隠す。

出遅れた由紀は、猛突獣の次の標的に定められた。

「きゃああああぁっ!!」

猛突獣は、ふしゅうと息を噴き出すと、大きく踏みこんだ。

剛速球のように、巨体が由紀の目の前に迫った。

猛突獣は目の前の全てを、砂でつくったモニュメントのように砕いた。

由紀は身をかがめ、その場に硬直していた。

あと数センチ右にいれば、突進を直撃し、由紀は肉塊と化していただろう。

[ぶるるるるるっ]

瓦礫から身を起こした猛突獣は、水浴びから上がった犬のように、頭部を小刻みに震わせた。

ゆっくりと由紀のいた方へ向きなおすと、次の突進の態勢に入った。

しかし由紀は身がすくんで、その場から根をはったように動けない。

次こそ、死ぬ。

しかしその時、猛突獣にも、そして由紀にも、予測していなかったことが起きた。

放物線に投げられたそれは、猛突獣の頭上に影を落とした。

[ぐおおおおおおおお!!]

火炎瓶は外骨格との衝突で白い破片を飛ばし、猛突獣の頭部は炎で包まれた。

猛突獣は痛みに悶え巨体を揺らし、地面を震わせた。

そして続けざまに、もう一撃が猛突獣をとらえる。

頭部が炎に包まれた猛突獣は、唸り声をあげながら火炎瓶が飛んできた方向を睨んだ。

その先にいたのは稀人だった。

こんなものでは猛突獣は殺せない。

しかし足止め程度にはなるだろう。

稀人はビシュラの笛を携えると、勢いよく吹き込んだ。

猛突獣は次の標的を稀人に定めたようだ。

助走をつけながら、猛突獣は稀人に一直線に飛び込んできた。

稀人はそれを、すんでの所で、横に跳んでかわす。

猛突獣が体勢を立て直している間に、稀人は瓦礫の入り組んだ場所に走り、ビシュラの笛を鳴らした。

猛突獣は、容赦なく突進をしてくる。

瓦礫は打ち上げられた砂のように宙を舞い、ばらばらと地面を打った。

武器といえるものは、さっきの火炎瓶で出尽くしてしまった。

打つ手をなくした稀人は、次の展開に向けて思案を巡らせた。

自分を猛突獣が捉えるのも時間の問題だろう。

「おーいっ!!稀人!!」

猛突獣の背後から、赤城の声がした。

「おい、稀人がやべぇぞ!!」

猛突獣と、それに向かい合うようにして立つ稀人の姿をとらえると、赤城は叫んだ。

「稀人を助けるぞ!!」

赤城のその声に、駆け付けた仲間たちが答える。

間髪おかず、方々でビシュラの笛の音が上がる。

突然増えたビシュラの笛の音に、猛突獣は立ち往生するように足踏みした。

「稀人、逃げろ!!」

稀人は踵を返し、崩れたコンクリートの壁に身を隠す。

そして投擲部隊によって投げ出された「クラスター」が、猛突獣の眼前で炸裂する。

[ごおおおおぉおお!!]

閃光と破片によって視力を奪われた猛突獣は、呻くように鳴き声を上げた。

「やれ!やれ!!確実に仕留めるぞ!!」

何も見えず、動きのとれない猛突獣に、たてつづけに「ボックス」が投げ込まれる。

強固な外骨格でも連続攻撃には耐えきれず、巨体が揺らぐ。

そして立ちつくすように絶命した猛突獣は、スローモーションで倒れ込んだ。

「どうだ、やってやったぞ!!」

赤城は、援護に参加した投擲部隊、誘導部隊に向けて、ガッツポーズを見せた。

「無事か、稀人!!」

赤城たちは、稀人の方へ駆けつけた。

「ありがとう。

助かった。

だがどうしてここが分かったんだ?」

稀人は礼を述べると、少し不思議そうな顔をした。

「どうしても何も、猛突獣のでかい足音が聞こえなくなったと思ったら、突然お前が走り出したもんだから、俺たち急いで後に続いたんだよ」

「なるほどな・・・・」

稀人は猛突獣の足音が突然止んだ時、由紀たちに起こった異変を察知し、救助へ向かったのだ。

「大丈夫?稀人」

由紀は息を切らせながら、稀人の方へ走ってきた。

「ああ、問題ない。

それより怪我はないか?」

稀人は、由紀の左腕から血が流れているのを見た。

「出血しているようだな。

患部を消毒して止血しないと」

稀人は膝に手を尽き、腰を上げた。

「いいよ、こんなの!

かすり傷だし・・・・」

由紀は傷をしていない方の手を振って、遠慮するように断った。

「いいから・・・・」

稀人は誘導部隊の一人を呼び寄せ、メディカルキットとして用意しておいた器具を取りださせた。

「そんな、薬品とかって結構貴重なんでしょ?」

「・・・・誘導部隊も貴重な戦力だ。

整備を怠るわけにはいかない」

稀人は急に事務的な口調になり、手当を始めた。

消毒を済ませると、殺菌した布で、由紀の負傷した腕を巻いた。

「これでよし・・・・。

・・・・そろそろ引き上げるか」

稀人は周りにいた部隊に引き上げを命じ、一回目の狩りは幕を閉じた。

コロニーから帰ってきた稀人たちと、その獲物である猛突獣の死体を見て、帰りを待っていた人々は驚きの声を上げた。

「大収穫だな、稀人。

さすがにこんだけ人数が増えりゃあ戦力も倍増だな」

赤城ははしゃぐように、稀人に話しかけた。

「まあお前たちが助けに来なかったら危なかったけどな」

「お、なんか今回やけに素直じゃん」

赤城が稀人の肩を軽く小突いた。

稀人たちは、早速仕留めた獲物の解体に取り掛かった。

すると通りかかった中年の女性三人が足音とめ、一様に怪訝な顔をした。

「たべるの?

それ?」

まるで汚いものでも見るような目付きだ。

「なんか文句あんのかよ!?

ああ!?」

赤城は、お前らは狩りに参加せず、俺たちが命がけで獲物をしとめたことを知らないからそんなことが言えるんだ、と言わんばかりに抗議した。

しかし赤城の言葉を意に介さず、主婦の一人が呟いた。

「ちょっと前まで生きてたものを・・・・よくそんな風に、開きみたいにして・・・・。

私じゃとてもできない」

何の気なしに言ったその言葉は、赤城の堪忍袋の緒を切れさせた。

赤城は今にも飛びかかりそうだったが、同じくらい怒りをたぎらせた由紀が、主婦たちに激しい剣幕でまくしたてると、赤城は後へ退いた。

「そんなに食べなくていいなら食べなくていいよ。

それで飢え死にしても知らないから!!」

主婦たちは出すべき言葉を失い、たじろいだ。

由紀が無言で睨むと、主婦たちは時折こちらを振り返りながら、もといた方へ歩き出した。

「お前、キレると怖いタイプだな」

思わず自分まで由紀の剣幕に押された赤城が、自らの言葉を代弁してくれた彼女を称えるような口調で言った。

そして由紀は、だんだん冷静さを取り戻すと、取り乱してしまったことを恥じた。

「ありがとう。

口論はどうも苦手でね。

助かったよ」

稀人は由紀にやさしい言葉をかけた。

由紀は喜んでいいのか、それとも恥ずるべきなのか、少し複雑な心境で苦笑いした。

稀人が解体した肉のいくつかは、人数分に分けられ、それぞれに配られた。

さすがに狩りに参加した当人たちも、食べるのには少し抵抗があるようだ。

ビシュラの肉はあまりといえばあまりにもグロテスクだった。

「今日、俺たちは命を奪い、そしてそれを糧とする」

まるでキリスト教徒が食前で述べる口上のように、稀人は言った。

そして呟くように小さく「いただきます」というと、稀人は皆に示すかのように、肉にかぶりついた。

少しためらったが由紀もそれに続き、皆は食事を始めた。

ビシュラの肉はその見た目と裏腹に、美味といってもいいほどの味だった。

さすがにお代りを催促する者はいないが、皆この味にそれなりに満足したようだった。

久し振りの食事にありつけたことが、由紀にはありがたかった。

皆が寝静まった後も、稀人は何か作業を続けていた。

その照明の光を目にすると、由紀は部屋に入った。

「何してるの?

稀人」

「新しいトラップを作ってる。

『ジャベリン』と名付けた。

このジャベリンには二本の導火線式雷管が組み込まれている。

導火線は同じ長さのように見えるが、一方は薬品をしみこませて、点火までのスピードが速くなるように調節してある。

導火線を二つ同時に点火すると、綿火薬が先に爆発する。

これによってジャベリンは直線を描き、打ちだされる。

そして打ち出されてしばらくした所で、もう一方の導火線が完全に点火し終わると、点火ブースターである黒色火薬を爆発させる。

そして誘爆した硝安油剤爆弾は・・・・」

由紀は懸命に耳を傾けていたが、稀人の解説は、口頭で聞くには複雑すぎた。

「ごめん。

いっぺんに話しても分からないでしょ」

稀人は先ほどの説明的な口調と打って変わって、本来の少年らしい言葉遣いになった。

「いや、なんとなく分かるよ。

もう完成するの?」

「ああ。

五つ作り置きしてこうと思う。

実戦導入はまだあとだけど・・・・」

ここで会話が途切れた。

稀人は雑談を長続きさせ、饒舌に冗談を飛ばすような技能は持ち合わせていなかった。

「・・・・今日はありがとう」

由紀はずっと用意していた答えを口にするように、言った。

「?」

「助けてくれたでしょ、昼間。

お礼言い損ねちゃったから」

由紀は言いたかったことをやっと話せた、という様子だ。

そういえばそうだな。

稀人は思い出した。

「いいよ、礼なんて」

誰かに感謝されるのは、どうも苦手だ。

「・・・・二度目だね。

翼竜の時と、猛突獣の時。

ねぇ、稀人はどこでそんな技術を学んだの?

あの、ビシュラに対抗するような」

稀人は言葉を濁した。

しかし正直に話すことにした。

自分が妄想にとらわれたこと。

そしてそれに駆り立てられるようにして、自らを鍛え上げたこと。

「どうかしてるだろ?」

稀人は自嘲気味に、同意を求めるように言った。

「そんなことないよ、だってそれは現実になったもん。

きっとそうしなきゃいけないって分かってたんだよ、その時から・・・・」

由紀は自分を、無条件で認めてくれる。

それは稀人にとって、今までにない経験だった。

「あのね、私も地震が起こる前はずっと日常が嫌だった。

・・・・稀人には話すよ、私の事」

そういって由紀はリストバンドを外し、その手に残る傷痕を稀人の前にかざした。

「・・・・」

「やっぱり、普通引くよね・・・・」

由紀の表情が暗くなる。

稀人は少し言葉を閉ざすと、服の袖をまくった。

「もうだいぶたったから目立たないけど・・・・。

俺もリストカットしてたんだ」

そう言って稀人が見せた腕には、リストカットの後の薄い線があった。

「・・・・どうして?」

「俺も裏切られたんだ。

現実に・・・・そして自分自身に。

・・・・実を言えば俺も由紀と同じで、地震があったことに心のどこかで感謝してる。

もしあの日常が襲撃されなかったら、俺は惨めな人生を送るはずだった」

稀人は懺悔するように言いきった。

「稀人も同じだったんだね」

私たちは二人とも、日常に裏切られ続け、そして地震によって、大きな転機を迎えた。

由紀は稀人に一種のシンパシーを覚えた。

そして自分が、稀人に好意を抱いていることに気付いた。

そんな感情は久しぶりだった。

稀人は遠い日に、日常に置き去りにした、自らの片割れのような気がした。

そして由紀は、今まで自分に訪れなかった奇跡が、稀人と自分を出会わせてくれた、そんな気がした。

「稀人・・・・」

「?」

「・・・・生きて、日本を出ようね・・・・」

「・・・・当たり前だ。

俺が率いてる部隊なんだ、負けるわけがない・・・・」

稀人は由紀を、そして自分を勇気づけるように言った。

生存競争は格闘技に似ている。

繰り出す一撃一撃が、あと少しで、相手の息の根を止める決定打となる。

傍から見れば殺しあいとそう変りないだろうが、しかし闘っている当人たちは相手を殺すことなど望んでいないわけで、むしろ互いの命を最大限尊重している。

闘うこと、そのものが目的なのだから。

相手を殺してしまえば、闘う相手を失い、調和のサークルからはずされてしまう。

ではビシュラ達はどうだ?

思うままに進化を遂げ、好き勝手に領土を拡大している。

それは確かに生物の本来の姿ともいえるだろうが、調和のなかにある生物の意向としては、極めて異例で、そして不自然だ。

そんなことを、目の前の翼竜の死体を眺めながらセシルは考えていた。

セシルは翼竜そのものだけでなく、他の生物の調査も始めた。

生物の生態は、他の生物とのかかわりの中からも知ることができる。

そしてセシルが見つけたのは、大量の虫の死骸だった。

昆虫やその他節足動物は、ビシュラ同様強固な外骨格に覆われ、まるでビシュラのミニチュアのようだった。

しかし一様に、ほとんど外傷もないまま、命を絶たれている。

まるで魂だけを、綺麗に抜き取られたようだ。

逆にミミズを代表する環形動物は、通常では考えられないサイズまで肥大化し、尋常ではない数にまで増えていた。

セシルはふと思い当たる節があった。

原子力発電所の事故によって、放射能汚染したチェルノブイリだ。

セシルの父親はその時、調査隊に交じり、現地の生物への影響を調査していた。

どこか、この日本も似ている。

自然界では通常発生しない、外部からの干渉。

敵国のテロ工作、という線も考えたが、やはり可能性は薄い。

そうなるとやはり、この地震との関連性を検討するべきか。

しかし生物学者のセシルにとって、その分野は全くの畑違いだ。

セシルは同僚の地震学者、スティーブンに意見を仰いだ。

スティーブンはゲームをセーブすると、電源を切って説明を始めた。

「ボクは予兆がほとんど観測されなかったことから、直下型地震を考えた。

予想通り活断層の動きがあったことは分かったが、そこで一つの疑問が生まれた。

断層の動きは、これほどの大規模な地震を引き起こすようなものとは考えられない。

恐らく地震は二次的作用に過ぎない。

もっと別の、内的な営力による、ね」

スティーブンはその幼さとは裏腹に、確かな裏付けと、それに基づく仮説を立てていた。

「それはつまり?」

同じ学者とはいえ、分野の違うセシルは、もっとかみ砕いた説明をして欲しかった。

「原因はもっと内側にある、ってこと」

スティーブンは端的に述べた。

なるほど、もうひとつ謎が増えたというわけか。

しかし、セシルは核心に近付けた気がした。

推論はテトリス・ゲームに似ている。

そして今は、端の一列を残し、他のブロックを緻密に組み立てた、という所だ。

後は変数に数値を代入すれば、おのずと答えは導きだされる。

セシルがさらに脳内で今までの経過を整理していると、据え置きの無線機にコールが入った。

「ブラッドレイ博士、至急お越しください」

ダニエルからだった。

ダニエルのテントには、ヴァネッサや他の兵士が数名いた。

そしてその向こうには、観測機器とダニエルの姿が見えた。

「ブラッドレイ博士、先ほどレーダーが翼竜の居場所を探知しました」

レーダーの座標上には、翼竜の位置が、光点で示されている。

「翼竜は我々の射程距離にいます。

今なら兵士を総動員し、攻撃を仕掛けることもできるでしょう。

そこで博士には、あの『害虫』を駆除するにあたってアドバイスを頂きたいんですが・・・・」

ダニエルはセシルに意見を求めた。

翼竜を殺す?

とんでもない。

セシルはそれがいかに愚かであるか知っていた。

そして反論を始めた。

「いいですか、翼竜は産卵によって個体を増やすんです」

「それが何か?」

一体なんだというのだ、といった様子で、ダニエルは聞き返した。

「産卵によって数を増やしてるってことは、当然その卵を産むメスがいます。

ビシュラは蟻や蜂のような社会性昆虫のように、組織的なコロニーを作っていると考えられます。

連れ去られた隊員は恐らく、女王ビシュラ、とも言うべき生物の食糧として運ばれたのでしょう。

空を飛びまわっている翼竜は、働きアリや働きバチのように食料の運搬をしていると考えられます。

とすれば、その翼竜の後をつければ、巣の位置を割り出すことができ、根元から巣を叩くことができるんです」

セシルはできるだけ冷静さを失わぬよう、早口で言った。

「・・・・なるほどな。

一匹から巣ごと全滅ってわけか」

ダニエルが、害虫駆除用品のキャッチコピーのようなセリフをつぶやいた。

「分かりました、博士。

車両と人員を使い、翼竜を追跡します」

ダニエルはセシルの意見に従ったようだ。

ヴァネッサとそのほかの十人の兵士は、二手に分かれ、レーダーを搭載したジープに乗り込んだ。

目視とレーダーによって、翼竜を捕捉する。

追跡が、開始した。

ゴミに群がるカラス。

始めてみた印象はそんな感じだった。

だが奴らが群がっていたのは屍肉で、それも人間の死体だ。

だが不思議と、吐き気のようなものは感じなかった。

ただ稀人の目は、その様子を観察していた。

烏合の衆に見えたビシュラも、実は組織的な繋がりを持っていることが今までの観察から分かった。

まず奴らは一様に、食い漁った肉のいくらかを廃工場へ運んでいる。

血の滴る跡から、何匹ものビシュラが通ったらしい。

と、すると、奴らは「何に」それを献上しているのか。

一匹のビシュラを見失わないように後をつけ、廃工場の近くまで進むと、無造作に積まれたコンテナの残骸の隙間から、それが見えた。

まるで流れ作業のように、無数の卵がビシュラ達によって並べられ、縦横に列をなしている。

その様子は広大な農園のようにも見えた。

半透明の殻の中では、おぼろげな輪郭が時折僅かに動く。

不完全な命。

それはひどくおぞましい物に思えた。

今ここで、全ての卵が孵化する前に始末してしまえばどうだろう。

いや、駄目だ。

ここには大型のビシュラ達が群れをなして巡回している。

恐らく他のビシュラ、あるいは人間から卵を見張っているのだろう。

引き返そう、と思った時だった。

不意に歌が聞こえた。

それは澄んだ、少女のような歌声だったが、聞いていくうちに何故か眩暈がした。

耳をふさいでも、旋律は両手を擦りぬける。

稀人は踵を返し、走り出した。

生存者の拠点である校舎跡では、由紀たちが帰りを待っていた。

「おかえり、稀人。ずいぶん遅かったね」

「ああ・・・・。それより・・・・報告しておくべきことがある」

稀人はそう言うと、人々の前に進んだ。

「報告ってなんだよ?」

赤城が眉を上げた。

「今回俺は、新たに狩り場を広げる為、より広いエリアを下見した。

そしてビシュラの行動を観察するうち、奴らが組織的なつながりを持っていることも明らかになった」

「組織的なつながり?」

そこで初めて元江が口を開いた。

「一言で言うと、『会社』だ」

稀人は短く答えた。

「『会社』だって?

奴らは定時に出勤して、残業してるとでも言いたいのか?」

赤城が口を挟むように言った。

「ああ、その表現で的を得ていると言っていい。

ビシュラは組織的に出産、食料の運搬、消費、狩猟を行っている。

そしてその全ては、『女王』に管理されている」

「女王・・・・っていうのはつまり、出産の可能な個体を指すのか?」

元江が確かめるように訪ねた。

「ああ。『女王』は繭に包まれ、身動きが取れない状態にあるが、他のビシュラが食事・排泄・出産の後処理をすべて世話している。

工場の生産ラインのようなもんだと思えばいい。

そして女王の周りには、無数の卵が取り囲んでいる」

「つまり『巣』を拠点に活動しているってことか」

赤城が端的にまとめた。

「それで、その巣はどこにあるんだ」

まずそれを聞かせろ、と元江が訪ねる。

「ここから北西にある工場跡。

そこに奴らは巣を構えている。

迂闊に近づけばたちまち食料にされるだろう。

狩りに参加していない女子供はもちろん、腕に覚えのある奴も近付かない方がいい。

今後、廃工場に近づくのは厳禁だ」

稀人は言い終えると、その場を後にした。

深いまどろみに包まれる刹那、稀人は奇妙な声に目を覚ました。

初めは悲鳴のように聞こえたが、それは歌声だった。

由紀の部屋からだ。

と、するとあの歌声は由紀か。

そして唐突に、旋律は止んだ。

訳もなく、不吉な予感を覚える。

たまらなく不安になり、ノブに手を掛ける。

「由紀!!」

部屋の真ん中に、膝を抱えて由紀はうずくまっていた。

「どうしたの・・・・?」

由紀が視線だけをこちらに向ける。

顔の下半分は腕に覆われて、死角になっている。

「いや、別に・・・・なんとなく心配になったから・・・・」

稀人は自分自身、由来の知れない動機の説明に戸惑った。

「そう、心配してくれるの・・・・」

そこで由紀は、口を閉じた。

「・・・・由紀・・・・?」

数秒間の沈黙が流れ、ゆっくりと由紀はこちらに首を向けた。

仄暗い明かりの中、汚れたその口元はどこか怪奇じみていた。

そして由紀の背に隠れていた影が、姿を現す。

それは、人だった。

赤城だ。手を投げだした格好で、地面に伏せている。

だが宙を仰ぐようなその首に、繋がっているはずの胸元はない。

脊髄と、赤い筋肉の繊維が露わになり、既に事切れている。

その奥には、昼間に工場跡で見たように、無数の卵が並んでいる。

「あ、あああっ、うぅっ・・・・」

稀人は耐えきれず、後ずさる。

「ねぇ、どうして、どうしてなの?」

由紀は這うようにして、稀人に歩み寄る。

その差し出された手は、血に塗れていた。

「来るな、来るなっ」

重心が崩れ、足を滑らせる。

だが後ろにあるはずの壁に打ち付けられることもなく、稀人は床に叩きつけられた。

その拍子に意識は覚醒へと向かっていく。

「大丈夫・・・・?稀人・・・・」

眼前に迫った由紀の顔に、稀人は声を上げそうになる。

「何驚いてんだお前」

どこからか、赤城の笑い声が聞こえた。

「まだ、寝ぼけてるんじゃないのか?

すごい悲鳴だったぜ、ったくどんな夢見てたんだよ」

普段あまり表情を崩すことのない元江が、珍しく笑っている。

そうして稀人は、ようやく現実を取り戻した。

「ひどい夢を見た・・・・」

稀人は頭を抱えた。

「きっと体調が悪いからだよ」

由紀が笑みを浮かべながら言った。

「体調が悪い・・・・俺が・・・・?」

稀人怪訝そうに、首をかしげる。

「そうだよ。部屋を出て行ったあと急に倒れたんだもん。

急いで駆け付けたらすごい熱でさ、ずっとうなされてたんだよ」

由紀は手短かに今までの経緯を説明した。

「多分過労だろ。狩りとか拠点の運営とか。

しばらくはゆっくり休めよ」

元江は気遣うように声をかけた。

「もう大丈夫だ・・・・熱もだいぶ引いてるらしい」

稀人は額に手を当てた。

「相変わらず熱心だな」

赤城はどこか呆れるようだった。

「それで、どんな夢を見たの?」

由紀は稀人へ視線を向けた。

「・・・・歌が聞こえた。

その声のする方へ行くと、女が屍肉を漁っていた。

・・・・女だけじゃない、数え切れないほどの卵があったんだ、ビシュラの」

「なかなかヘビーだな」

赤城は少し口元を引きつらせた。

「これは何かの予兆かもしれない・・・・。

この地震の時だってそうだった。

まるで予知夢のように、全てが見えたんだ」

稀人は深く息を吐いた。

「確かに、直感も無視できないファクターかもしれないな。

震災後の環境に、お前がいち早く順応できたのだってその予知夢のおかげなんだろ?」

元江は少し表情を険しくした。

「これは恐らく、拠点防衛に努めろ、って啓示だと思う」

稀人は呟くようだった。

「拠点防衛?」

赤城が聞き返した。

「ああ。ビシュラ達は、成体は手強いが、孵化する前の卵はとても無防備だ。

奴らは安全に出産できる場所を探している。

工場が巣になっていたのもそうだ。

周りを壁とコンテナに囲まれ、卵は厳重に守られていた。

そして・・・・」

「?」

「この校舎跡・・・・俺たちの拠点も危ない」

「どういうことだ?」

元江は眉根に皴を寄せた。

「地震であちこち損壊したとはいえ、この地震の中これだけきれいに残ってる建築物も少ない。

コンクリートの壁は外敵から卵を守るのに最適だろう。

それにここには大量の食糧が運び込まれている。

俺達が備蓄してる分と・・・・俺達自身。

今になって考えれば、この校舎跡がビシュラの巣になっていなかったのが不思議なくらいだ」

「確かにな・・・・」

赤城は大きく頷いた。

元江は考え込むように指を唇にあてた。

「実際にこの拠点が襲撃されたときの対策を考えないとな・・・・」

「それなら、既に用意はできている」

稀人は身を起こし、奥へと進む。

そして木箱に掛けてあった布をはぐった。

「迎撃システムだ」

「?」

木箱の奥には、黒い包みが見えた。

「俺はこれを『ジャベリン』と呼んでいる。

由紀には既に説明したが・・・・このジャベリンには二段式の導架線が組み込まれている。

簡易ミサイルってところだな。

起爆剤と重量の関係から、直進はしない。軌道は放物線を描く」

「ミサイル・・・・」

赤城が目を見開く。

「ストックしてある数は少ないが・・・・これを拠点に三つ配備する」

稀人はジャベリンの一つを手に取った。

「まさかここまで完成させてたとはな・・・・」

元江は驚嘆の声を上げた。

「ここまでって・・・・元江は知ってたのか?」

赤城は二人を交互に見回す。

「これは俺と元江の共同制作だ」

「なんで黙ってたんだよ?」

赤城は語調を強めた。

「聞かれなかったからな」

元江の口調はどこか白々しかった。

稀人は弁解するように口を開いた。

「本当は実戦投入する予定はなかったんだ。

だが・・・・状況は変わりつつある」

具体的には言い表せないが・・・・予感がするんだ。

全てが・・・・終局に向かいつつある」

「?」

三人は、稀人の言葉の真意を掴め取れずにいた。

元江が口を開こうとしたその時だった。

不意に、どこからか歌声が聞こえた。

「歌・・・・?」

由紀は辺りを見回し、人差し指を口の前にあてた。

「違う・・・・」

[ああああぁぁああっ]

「悲鳴だ!!」

稀人たちは、悲鳴の聞こえたグラウンドの方へ走った。

[ぶるるるるるるっ]

[ひゅうぅぅうう]

瓦礫の陰の向こうに、月明かりに照らされ、輪郭が動く。

[あ、あああっ]

現れたのは、男だった。

何かから逃げるように、一瞬後ろを振り返る。

しかしその外形は、たちまちのうちに音を立てて崩れた。

「ビシュラだ!!」

赤城が叫ぶ。

[ひゅぅううおおおっ]]

[ひゅぉおおおおおっ]

四方から、咆哮が上がる。

「どこだ!?」

元江は、辺りを見回した。

低く唸るような声とともに、足音が近づく。

そして一瞬視界の端に見えた影を、稀人は見逃さなかった。

ほとんど反射的に、その方角へナイフを投げる。

ビシュラの巨躯は不自然な動勢を描き、地面へ倒れる。

[痛い・・・・いたい]

ビシュラは呻くように、人の言葉を発した。

そして痛みに耐えるようなその表情は、人間のそれだった。

頭部は人、四足獣のような脚、翼竜の胴体。

まるでキメラだ。

「何だ、人間か、コイツ・・・・?!」

赤城は表情を失った。

キメラの胴体に乗ったその頭は、ひどく不細工ではあるが人間の顔だ。

[どうして、どうして?]

恨めしそうな声を上げ、キメラは身を起こす。

キメラは体勢を整え、背をバネのように丸めた。

「来るぞ!!」

先程まで、赤城がいた場所に、キメラの巨体が突っ込む。

とっさに身をかわした赤城は、後ろに倒れた。

そこへ追い打ちをかけるようにキメラは腕を振り上げる。

「赤城、伏せろ!!」

稀人は大型のナイフを、ブーメランのように放りだす。

キメラは身体を大きくそらし、すんでの所でそれを避ける。

「意外と身軽だな」

稀人は少し意外そうだった。

[ひゅるるあああぁあっ]

キメラは深く踏み込むと、空へ飛び上がった。

[ひゅおおおおおぉっ]

先程の咆哮に応えるように、もう一体のキメラが姿を現す。

二体は旋回するように、拠点の周りを飛び回る。

「対空戦か・・・・」

元江の目は、キメラを捉えていた。

「ジャベリンは使えそうか?!」

元江は後ろの稀人に呼び掛ける。

「調整はしてないが・・・・、多分二匹とも仕留められる」

「なら早速反撃開始だな」

二人は稀人の部屋に戻り、ジャベリンを取り出した。

「俺は赤城と敵を引きつける。

お前は迎撃に適したポイントで待機してくれ」

「分かった」

稀人たちは二手に分かれ走り出した。

突然の襲撃者達に、校舎にいた他の人間はおののいていた。

そこへ由紀が駆け込んでくる。

「迎撃部隊の人は早く来て!!稀人が呼んでる!!」

由紀は息を切らしながら言った。

「何が起こったんだ?」

男の一人が訪ねる。

「拠点が襲われてるの、稀人たちも闘ってる!!」

「!!」

「とにかく、グランドへ急いで!!」

二匹の羽音に耳を澄まし、稀人は射撃ポイントを探していた。

間もなく稀人は、貯水槽の上にジャベリンをセットする。

そこへ赤木の声が飛び込む。

「おい、稀人!!今からそっちに行くぞ」

元江の操縦するバイクでは、その後ろで赤城がビシュラの笛を携えていた。

キメラは二人の乗ったバイクを追うように、低空飛行を始めた。

それと同時に、キメラはジャベリンの射程距離に入る。

着火とともに、発射用の点火線は燃焼し、放り出されたジャベリンはキメラの胴体を捉える。

そして起爆ブースターから本体の硝安油剤爆弾へと、次々に誘爆する。

[ぐおおおおぉぉおおおおおおおおっ]

爆轟によって、紅蓮の炎が空中でキメラを焼き尽くす。

そして爆風は、遥か前方のバイクの車体を揺らした。

二段攻撃。

ジャベリンは、本体の衝突と、圧倒的威力の爆轟によって対象を確実に仕留める。

「まず一匹」

稀人は勢いよく飛び下りた。

由紀の呼びかけから、三組の誘導部隊が駆け付け、もう一体のキメラへ向かっていた。

キメラはグラウンドを走り回る三台の車を確認すると、その内の一台に飛びかかった。

運転者は急カーブを掛けるが、キメラは素早く腰を落とし、両腕で車体を掴む。

そしてそのまま、上空へと舞う。

少しした所で、キメラは大きく手を開いた。

悲鳴を上げる間もなく、中にいた人間は車体ごと高所から落下する。

遠巻きにしていた他の誘導部隊たちは恐れをなし、二台の車はUターンを始めた。

「おい、逃げんなお前ら!!」

赤城がとがめる声に耳を貸さず、二台は逃げるように走っていく。

間を置かず、キメラは二台の後に着き、両方の手で一台ずつ、車を持ち上げる。

キメラは加速をつけると、車体を瓦礫の山に叩きつけた。

こうして12人の迎撃部隊は瞬く間に壊滅した。

「くそっ、このまま皆殺しかよ?!」

赤城は空を仰ぎ叫ぶ。

「そうはさせない。さっさと仕留めるぞ」

元江は振り返ることなく諭した。

キメラの次の標的となったのは二人のバイクだった。

キメラは身体を傾けると、地面すれすれに飛び始めた。

そして物陰から、ジャベリンを携えた稀人が飛び出す。

稀人はジャベリンを、角度をつけてセットし、点火する。

弧を描き、ジャベリンはキメラの方めがけて飛んでいく。

しかしキメラは素早く身を翻し、対象を失ったジャベリンはしばらく飛んだ所で爆音を上げた。

「くそっ」

稀人は素早く二発目の準備に取り掛かる。

「おい、逃げろ!!」

「?!」

気付いた時には遅かった。

急接近したキメラは、鍵爪のような腕で稀人を貫いた。

鋭い痛みと、熱した金属の棒をねじ込まれたような熱さが傷口を伝う。

キメラの攻撃は急所を外したが、多量の出血を伴うその攻撃は、大きな痛手を与えた。

痛みのあまり、意識が遠のく。

「稀人!!」

赤城がそう叫んだときには、キメラは上空に飛びあがっていた。

そしてキメラは北西の方へ飛び立ち、やがて見えなくなった。

由紀はただ、それを茫然と見ていた。

「稀人が・・・・連れて行かれた・・・・」

由紀にはまだ、信じられなかった。

だが確かにこの目で見た。

キメラは稀人を掴んだまま、飛び立ってしまったのだ。

ビシュラの巣がある、あの北西の工場跡へ。

嵐の後の静けさだった。

三人はただ、全ての残骸を前に立ちつくすほかなかった。

やがて元江が口を開いた。

「稀人が・・・・やられた・・・・」

「まだそうときまったわけじゃないだろ?!

連れていかれたんだよ、奴らの巣へ・・・・」

赤城は悔しそうに、キメラの飛び立った方を見た。

「どうする?」

「えっ?」

元江に突然訪ねられ、由紀は我に帰る。

「追いかけるに決まってんだろ!!」

赤城は、由紀の答えを聞かずに叫んだ。

「無茶だ。

部隊の半数近くがつぶされ、稀人もいないんだ。

こんな状態で奴らの巣へ行っても返り討ちにされるぞ」

元江は諭すように言った。

「だったら見殺しにするってのか?!」

赤城は激しい剣幕で元江に詰め寄る。

「行きたいんだったら一人で行け。

ただし他の奴は連れて行くなよ。死人が増えるだけだ」

「くっ・・・・」

赤城は言葉を失い、頭を掻いた。

「・・・・もちろん俺も、見殺しにするつもりはない。

今はまだ夜も深く、視界が悪い。夜明けまで待ち、作戦を立てた上で、稀人を救出するんだ・・・・」

しばらく沈黙が流れた後、由紀が口を開いた。

「他の人たち・・・・」

「?」

「他の、非難してた人たちは?

どうなったんだろう・・・・」

由紀は不安そうな顔をした。

「まさか、キメラに襲われたんじゃ・・・・」

赤城は人々の避難していた場所へ走った。

襲撃の後、狩りに参加していない他の人間は教室に避難していた。

「どうやら無事みたいだな」

元江は胸をなでおろす。

「そういえば由紀は?」

赤城は人々の間に、由紀の姿を探す。

「そういえば居ないな・・・・。どこ行ったんだ?」

元江も辺りを見渡す。

その後全員で辺りを捜したが、由紀の姿は見当たらなかった。

そして、元江の後ろにいた赤城が呟いた。

「・・・・ジャベリンがない・・・・」

「?」

元江は赤城の方へ振り返った。

「最後に、稀人が使わなかったジャベリンがあるだろ?

それが見つからないんだよ」

赤城はそこら中の瓦礫をひっくり返しては、ジャベリンを捜してまわった。

元江はしばらくして、何かに気づいたように舌打ちした。

「まさか・・・・あいつ」

「どうしたんだ?」

「・・・・夜明けを待たず、単独で乗り込む気だ。由紀は」

「?!」

「ジャベリンは恐らく由紀が持ち出した。

それでどういう勝機があいつの中にあるか分からないが、由紀は稀人を助け出す気だ」

元江は片方の手で頭を抱えて、二、三言悪態をついた。

「・・・・やっぱり待てるわけねぇよ・・・・」

「?」

「俺は行くぞ。一人でも。

・・・・由紀と、稀人を助けに行く」

赤城は決意したように言い放った。

そして赤城は、北西の工場へ走りだした。

元江はその姿を目で追いながら、呆れたようにため息をついた。

しばらく走ったところで、聞きなれた駆動音が聞こえた。

バイクを取りに行った元江は、出発してすぐに赤城に追いついた。

「乗れよ。

その調子じゃ由紀に追いつけないぞ」

元江は赤城の脇にバイクを止めた。

「ほらっ」

元江は勢いよく、赤城の方へバッグを投げた。

「・・・・武器も持たず、よく救出なんかに行こうと思うよな」

赤城は答える代りに、バイクの後ろにまたがった。

バイクは二人を乗せ、再び走り始めた。

もうどれくらいの間歩いたのか。

歩き始めたのがついさっきの事のようにも思えるし、もうずいぶん歩いているような気がする。

ジャベリンはそれほど大型の武器ではなかったが、素手で長時間持っていると、手がひりひりと痛む。

しかし歩みを止めるわけにはいかない。

そして由紀はたどりついた。

北西の工場跡へ。

稀人はここにいるはずだ。

確かにキメラは、この工場の方角へ飛び立っていったのだ。

由紀は工場の奥へと進んでいく。

階段を下りる最中、悪臭が鼻をついた。

発酵した空気が、行き場をなくして淀んでいるのか。

そしてコンテナの奥に、ひと際大きい女王ビシュラの姿が見えた。

繭に包まれ、キリスト像のように壁と一体化している。

そしてその腹からは、絶え間なく卵が産み落とされる。

見ているうちに、生理的悪寒に包まれる。

繭に包まれていたのは、女王だけではなかった。

無数の人間達が、壁を覆いつくすように、繭によって張りつけられている。

その中には、死後からかなり時間のたったであろう死体も多く並んでいた。

思わず胃液が逆流し、吐きそうになる。

そして無数の人間の中には、稀人もいた。

蒼白な表情で、うつろな目をしている。

今はようやく生きているが、ほとんど虫の息だ。

早く止血をしなければ・・・・。

そこで突然、静止しているだけに思われた女王に、動きがあった。

大きく首をもたげると、壁に頭を近付け、昆虫のような顎を左右に開いた。

女王の口内では、ミミズのようなヒダがのたうちまわっている。

そして死体の幾つかを口に含むと、耳障りな音を立ててそれらを咀嚼し始めた。

腐汁の滴る音に、由紀は耐え切れず耳をふさぐ。

そして焦りに駆られる。

早くしないと、稀人も同じように、女王の食糧にされてしまう。

急いで準備に取り掛かり、ジャベリンをセットする。

その時だった。

壁に口をつけ食事をしていた女王が、その頭を左へずらしたのだ。

一瞬の事だった。

踏みつぶすような音ともに、稀人は他の死体同様、肉塊となった。

訳が分からない。

どうしてそうなるの

か。

どうしてこんなことになるのか。

私はどうしてここにいるのか。

何かが内側から崩壊する。

繰り返し何度も止めを刺される。

そして終わりは突然現れる。

大勢のビシュラが由紀を取り囲み、由紀に後ろから食らいつく。

しかしまだ夢から覚めない。

点火装置には既に火が付いていた。

[ぐおぉおおおぉおおおおっ]

耳をつんざくような音ともに、地面が轟く。

「何があったんだ?」

赤城はバイクから降りるや否や、工場跡へ走りだした。

工場内ではコンテナはいくつも倒壊し、ビシュラの卵もほとんどがつぶされていた。

「由紀!!稀人!!」

赤城はひたすら叫ぶが、帰ってくる声はない。

声だけが空しく木霊する中、地面に亀裂が生まれた。

先程まで地面だと思っていたそれは女王ビシュラを覆う堅固な繭であったが、今は爆撃によって表層部は壊死している。

それらを引きはがすように、女王は地面から身を起こす。

全身に無数の傷を負い、多くの同胞を殺された女王は、憎悪の念を全身から発散させているようだった。

やがて繭に埋まっていた六本の脚は湿った音を立て、胴体を持ち上げた。

[おぎゃあぁあああぁああぁああっ!!]

その咆哮は、産声のようにも、悲鳴のようにも聞こえた。

そして赤城はその眼に射すくめられ、半ば死を受容しかけていた。

しかしそれは、閃光によって遮られる。

翼竜を追跡していたヴァネッサ達は耳をつんざくような爆音ともに、対象の放つシグナルが途切れたことに困惑した。

かつて工場であっただろうその場所は、粉塵と火の粉が舞いあがり、ビシュラの巣の残骸が広がっている。

そして巨大なビシュラが咆哮を上げる。

他の隊員達が尻込みする中、真っ先に切り込んだのはヴァネッサだった。

部隊全員の銃には、固い外骨格を持つビシュラにダメージを与える為、貫通弾が装填してあった。

それはセシルの指示によるものだった。

覚醒から間もない女王に、容赦なく銃弾が降り注ぐ。

やがて全隊員はその対象に火力を集中させ、外骨格を失った女王は瞬く間に粉粒ともつかぬものに還っていく。

上空を飛び交う銃声が止み、赤城と元江はただその場にへたり込むしかなかった。

朱色の炎が薄い衣のようにゆらゆらと揺れていた。

卵の残骸は、跡形もなく焼き尽くされていく。

火の粉が鬼火のように空を舞った。

巣を強襲したその部隊は、全てを残らず焼却していた。

赤城は空を仰ぎ、目を閉じた。

それはまるで何かに祈るようだった。

日本で確認された二十四名の生存者は、米軍のヘリによって保護され、

日本を飛び立った。

今はもう、小さくなってしまったかつての祖国を、大輔は、窓の外から見下ろしていた。

そしてとうとう、その小さな島国は見えなくなってしまった。

一方で、向こう側に陸地の輪郭が現れ始めていた。

もう一度振り返り、何故か切なくなってくる。

僕はこれからどこへ行くのか。

それはまだ分からない。

物語りは終わりを告げる。一応の決着を告げる。

だけど僕は終わらない。

僕の人生は終わらない。                  

                                                                                                  

怖い話投稿:ホラーテラー プロジェクトカオスさん 

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