中編4
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テレクラ

昔、テレクラの受付でアルバイトをしていた時の話。

当時の俺は、いろいろと個人的な事情があり高校を一年で中退したのち、少しの間、ニート生活を満喫したあと、先輩の誘いで地元のとある建築会社で働いていました。

同じような系統の方ならわかると思いますが、そういう世界は上下関係があり得ないくらいに厳しいので、「先輩の言うことは絶対!」。逆らえばどんな仕打ちが待ってるのか、想像したくもありません。

ある日、半ば強引な形で先輩が経営するテレクラに連れていかれ、その日から俺の受付生活が幕を開けました。

一応、説明しておきますが、その日の夜、三週間続いた現場が終わりを迎え、「打ち上げでもするか!」という先輩の一言で皆が集まり、バーベキューを囲んで呑んでいたところ、「行くとこあるから着いてこい!」、その一言でノコノコと着いてきてしまったわけです。先輩、顔こわいから。

バイトといっても給料みたいなものが出るわけではなく、ただ毎日の飯代とタバコ代は保証されていました。

逃げようにも地元から大分離れた場所に連れてこられた事もあり、道もわからなければ足もありません。

何より、そんな事をすればどんな目に合うか、俺にはそんな度胸はありませんでした。

「家に帰りたい」

毎日、この言葉ばかり頭の中で繰り返していました。

仕事自体は比較的簡単なもので、一日中受付に座りながら待機をし、客が来れば店のシステムを淡々と説明し、前金を受け取ったあとで飲み物とお絞りを渡し、部屋番を伝えて終わり。

備え付けのテレビでAVを鑑賞しながら暇を潰し、客が少ない時間帯は代わりに俺が電話に出て(いつでも客が居て、繁盛している店だと思わせるため)、女の子を退屈させないように当たり障りのない会話をしながら頃合いを見て電話を切り、客が来るのを待つ。そんな毎日でした。

客層はいろいろなんですが、一度、小指に生々しい血の滲んだ包帯を巻き、目が血走った明らかに「あっち系の人」が訪れた事があり、ビクビクしながら対応を済ませ、その方が帰ったあとの部屋を片付けに行ったところ、血の付いた注射器が置いてあってビックリした事がありました。

でも、それ以外ではこれといって大した事件も起こらず、「いつになったら帰れるんやろ……」と、そればかりを考えながら毎日淡々と受付の業務をこなす、そんな日々が続いていました。

そんなある日の夜、時刻は12時を少し回った頃だったと思います。

「カランカラン……」と、入り口のドアにぶら下げてある鈴の音が客の訪問を伝え、受付の前にくたびれたスーツ姿の男が現れました。

客の事情を考慮し受け付けのカウンターは低く作られてるので、胸元より上は見えません。

男は激しく咳払いをしていました。

俺は、事務的に「いらっしゃいませ」とだけ言うと、料金や注意書などが書かれた用紙を手に取り、淡々と店のシステムを説明し始めましたが、その言葉を遮るように男は激しく咳払いをし、時々「おぉぉぉ」と声にならない声を漏らしながら体を大きくガタガタと震わせていました。

「気味悪い客。こんなとこ来る暇あったら病院行けよ」

そう思ったのですが、来る来ないは客の自由と割り切り、時間分の料金を受け取ったあと飲み物とお絞りを渡し、部屋番を伝えると、男は咳払いをしながら奥の部屋へと消えていきました。

それから、しばらく何事もなく時間が過ぎ、暇潰しのAV鑑賞にも飽きてきた頃、チラッと時計を見ると男が受付を済ませてから一時間が経過。「そろそろか」と思い、一回大あくびをしたあと、お楽しみ中の男にタイムアップを告げるため、薄暗い廊下を進みながら男の部屋の前で立ち止ました。

「お客様、時間です」

返事はありません。

もう一度、ドアをノックし確認しましたが、やはり返事はありません。

シーンと静まり返る店内に、空調設備の機械的な音だけが不気味に響きます。

「咳してないし、寝てんのかな?」

そう思い、もう一度だけ返事がないのを確認したあと、ドアをゆっくりと開けました。

男と目が合いました。

「うおッ!」と声をあげ、床に崩れ落ちた俺が見たものはドアの前に立つ男の姿。顔に血色は無く、まるでマネキンを見てるようでした。

そのマネキンの目がギロッとこちらを見ます。

その瞬間、男の口が開き

『おおおおおおおおおおおああああああああああああ!!』

と、男とも女とも区別がつかないような声を出しました。

「うああああー!」

あまりの恐怖に我を忘れ、俺は全速力で入り口へと駆け出しました。

『おおおおおおおあああああああ待てええええええああああああああああああ!!』

なんとか外に飛び出した俺は、直ぐ様、先輩に電話をかけました。

「やばいです!まじ、やばいですって!」

それから、20分くらい経った頃でしょうか。

ようやく先輩が乗った車が到着したので、俺はありのままを伝え、先輩を先頭に恐る恐る店内に戻り、中を確認しました。

薄暗い廊下を抜け、先ほど男が立っていた部屋の前に到着し、中を覗いてみると、もぬけの殻で誰も居ません。むしろ、何もありません。お絞りも飲み物も。

そのあと、今日の売り上げを調べたのですが、一人分足りない事がわかり、「猫ババしたんちゃうんか」と身体検査をされたあげくに、少し殴られました。

あの男は一体何者だったのでしょうか……

怖い話投稿:ホラーテラー マラムートさん  

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