中編5
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サウナにて

お風呂の〇様。

なんと能天気な名前だろう。

まぁ、時間潰すにはちょうどよいか。

私は実に5時間も時間を潰さなければならないのだ。

スーパー銭湯はそれにはもってこいの場所だった。

お風呂の〇様…子どものころやっていたCMを思い出す。

『はーだーかのー王様が〜やって来た〜♪』

あれは入浴剤のCMだったか…??

王様役は誰がやってたっけ…??

下らないことを考えながら受付を済ませる。

幾多のお風呂に入ってきたが、初めて来るスーパー銭湯は心躍る。

浴室に近いロッカーに運良く空きがあり、荷物をつっこむ。

期待を膨らませながら急いで服を脱ぎ、いざ、浴室へ。

元々、ダラダラ長湯するのは好きだ。

巨大ジェットバスで全身をほぐし、絹の湯、露天風呂、小一時間かけて次々と入っていく。

5時間も待つなんて、正直、気が重かったけど、頭にタオルを乗せ湯船に浸かっていると、自分の中に溜まっている色んなモヤモヤしたものが弛緩し、汗と一緒に流れて行くようだ。

湯船を一通り堪能し、サウナに入ることにする。

ドライサウナにはおばちゃんペアが何組かいた。

昼間のスーパー銭湯はとにかく常連のおばちゃんが多い。

地域に関係なくどこに行っても同じ光景。

「ここよりも△のサウナの方が良いわねぇ」

そんな会話が聞くともなく耳に入ってくる。

常連である彼女達の話題も、面白いことに地域関係なく、似通っている。

大雑把に分けると、近くの同じような銭湯の話、健康の話、家族の話、のどれかだ。

「そうそう、ここは2時間入らないと汗かききらないけどあっちは…」

そして、皆一様にびっくりする程長い時間サウナに入っていることも共通点だ。

まるで、一定の年齢を過ぎたらスーパー銭湯で長湯し友人とこの会話をする、と遺伝子に組み込まれているような、正確さだ。

そしてもしそんなことがあったら、

確実に私の中にもその遺伝子は組み込まれている、とも思う…。

しばらくして、私の隣にいたペアと知り合いらしいおばちゃんが入ってきて、私の横に座る。

例に漏れず近くのスーパー銭湯の噂話に花を咲かせ始めた。

一言二言挨拶をして終わりかと思ったが、一人楽しんでいる私をまたいで続けられる会話は不愉快だ。

気持ち良くかいていた汗も、身体に纏わりついて気持ちが悪くなってくる。

仕方なくサウナを後にする。

身体を流し、しかし不全感があった私は塩サウナへ。

塩サウナは通常お店の用意した塩が使い放題だ。

『釜風呂』

木に墨字でそう書いてある。

入口は私の胸までの位置までしかなく、屈まないと中に入れない作りになっている。

塩サウナの注意書は書いてあるが、釜風呂?

中はどうやら暗く、水蒸気もひどく様子を伺うことはできない。

プールにあるようなスチームサウナをイメージしていた私は少々戸惑ったが、

おばちゃん地獄に嵌まるよりはと思い、中へ入る。

靄がかった室内は暗く、先程までいた能天気な雰囲気は一変した。

奥の方に小さな祠なんかがあってもおかしくない雰囲気。

さっきまでのザワザワしたサウナと比べると異空間のようだ。

洞窟風呂風のスチームサウナだと自分を納得させる。

しかし一人で静かにいられるのは有り難かった。

外の騒がしさも一切聞こえてこない。

期待していた塩は置いておらず残念だったが、

どうやらここの塩サウナは『塩を使ってよいサウナ』ということのようだ。

目を閉じ、腰を落ち着ける。

どれ位時間が経っただろう。暗くシーンとした靄のかかった中だと、時間感覚が鈍くなる。

ザーーーーっ

テレビの砂嵐の音。

キーンでもボーンでもない耳鳴りは初めて感じたが直ぐに止んだ。

ザーーーーっ

また耳鳴りがやってきた。湯中りしたか?

ふと目を開け入り口を見ると白いタオルで身体を隠した女性が中を覗き込んでいる。

一瞬ギョッとしたが、私もさっき同じことをしていたと苦笑いし、また目を閉じる。

ザーーーーっ

いつの間にか鳴りやんでいた耳鳴りが再発する。

もう出るかと思い入り口を見る。まだ先程の女性が覗き込んでいる。

はぁ、出れないじゃん…と舌打ちしたい気分に…ん?何かおかしい。

すぐに違和感の正体に気づく。

長いのだ。

胴体が。

見開き過ぎなのだ。

黒い目を。

サウナの前は二メートル程の通路になっている。

靄ではっきり見えないが腰を屈め覗き込んでいる腰の曲がりは…通路の向こう側にある…ように見える。

そんなわけない。

が、絶対に出られない。

冷静にならなければ。

そんな気持ちとは裏腹に、手足が冷たくなっていく。

サウナにいるというのに。

もう一度確かめる勇気が出ない。

次に目を開けた時にはいなくなっていることを期待して、ギュッともう一度目を閉じる。

ザーーーーっ

また耳鳴りがする。

恐る恐る薄目を開け入り口の方を見る前に、気付いた。

私が座っている対角線上の隅に白いワンピースの裾が浮いている。

あんなに緊張して張り詰めていたのに、全く気配なく入って来ている。

ワンピース…タオルだと思っていたのは洋服…?

ここは風呂だ。

大衆浴場だ。

その裾から、下を向いた洋服と同じくらい白い足の甲が覗き、

そこにある爪は黒に近い紫色をしていた。

足先は床から離れている。

私の頭も真っ白になる。

確実にこの世の者ではない。

気づいていることに気づかれてはならない。

そのことで頭がいっぱいだった。

電車の中で不用意におかしな人の近くに座ってしまった感覚に似ている。

直ぐにでも逃げ出したい衝動を抑え、目を閉じる。

永遠とも思える恐怖の時間。実際には1、2分だったか。

ザーーーーっ

耳鳴り。

次の瞬間大音量で

『…次のニュースです。本日未明、◯◯市のアパートで女性が首を吊って…』

耳をつんざくようににニュースの音声が流れる。

もう、限界だった。

わき目も振らずにサウナから脱兎の如く飛び出す

びしょ濡れのまま、脱衣所へ行く。

そこは拍子抜けするほどいつものスーパー銭湯だった。

さっきはあんなに鬱陶しかったおばちゃんたちにこんなにもほっとする。

本当はすぐにでもここからいなくなりたかったが、

びしょ濡れのまま駅で人を待つわけにも行かず、はやる心と先ほどの動揺を抑えつつ大慌てて髪を乾かす。

洗面所のTVが告げていた。

『…次のニュースです。本日未明、◯◯市のアパートで女性が首を吊って死んでいるのが発見されました…』

パッと振り返り見た、TVに映し出された場所は、私のアパートだった。

疑問、疑問、疑問。

何故私?

何故ここで?

何が言いたい?

塩がなかったのは…?

さっきの、『釜風呂』

本当にあったんだろうか…?

怖い話投稿:ホラーテラー かえるさん  

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