長編8
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『14歳』

 4人の少年たちはみな13歳の中学生だった。

 みんな概して小柄で繊弱な美しい少年たちで、勉強も大変よくできた。

教師達はこんな優秀なグループをむしろ推賞し、出来ない生徒を励ます種にさえ使っていた。

 少年たちは放課後は度々、彼らの首領である少年Aの自宅の物置きに集合し、人間の無用性や、生きる事の全くの無意味などについて討議した。

 少年Cが興奮した口調で言った。

「聞いたかい。R市で男が人ごみに車で突っ込んで、通行人をめった刺しにした話は。実にすばらしい。少なくとも僕達にはできない。」

「それが君の理想の英雄かい?」

 

 首領である少年Aは、赤い薄い唇をゆがめて冷笑した。

「僕たちはそいつよりもっと残酷で美しいことが出来るに決まっている。 この世界には不可能という巨きな封印が貼られている。

 それを最終的に剥がすことができるのは僕たちだけだということを覚えておきたまえ。」

 少年たちは畏敬の念に打たれて、黙ってしまった。

「君の親は」と今度は首領は少年Bに向かって言った。

「あいかわらず、君に空気銃を買ってくれないんだね。」

「ああ、絶望的だよ。」

と少年Bは自分をいたわるような口調で答えた。

「危険だからというんだ。」

「くくくっ」と首領は夏だというのに青白い頬に、深い笑窪を凹ませた。

「大人たちは危険の定義がわかっていない。

 危険とは、実体的な世界が傷つき、血が流れ、新聞が大騒ぎで書きたてることだと思っている。

 それが何だというんだ。

 本当の危険とは、生きているということそのことの他にありゃしない。

 生きているということは存在の単なる混乱なんだけど、存在を一瞬ごとにもともとの無秩序まで解体し、その不安を餌にして、一瞬ごとに存在を造り変えようという本当にイかれた仕事なんだから。

 こんな危険な仕事はどこにもないよ。

 存在自体の不安というものはないのに、生きることがそれを作り出すんだ。

社会はもともと無意味な、カオスそのものだ。学校はその雛型だ・・・。

 それで僕たちは絶えず命令されている。

 盲らどもが僕達に命令するんだ。

 奴らが僕達の無限の能力をボロボロにしてしまうんだ。」

 少年Dが持参してきた段ボール箱の封を開けた。

 中には毛並みの綺麗な一匹の白い仔猫が入っている。

「さあ、まずは、いつもの儀式を始めよう。

 コレに繰り返し慣れることで、僕らはどんなひどいことでもできるようになるだろう。」

 首領は前々から、世界の空洞を充たすにはこんな行為が必要なことを主張してきた。

 ほかのどんなものでも埋められない空洞は、殺すことによって、丁度鏡が一面の亀裂に充たされるような具合み充たされるだろう。

 彼らは存在に対する実権を握るだろう。

 少年Dは思い切り仔猫を振り上げ、材木の上へ叩きつけた。

 指の間に挟まっていた温かく柔らかなものが、空気を切って、飛び去るのは素晴らしかった。

首領は静かに命令した。

「まだ死なない。もう一度。」

 4人の少年たちは、物置の薄闇の中、仔猫を注視して、動かぬ眼を光らせていた。  

 少年Dがもう一度つかみ上げたものは、それはもう猫ではなかった。

輝かしい力が彼の指先まで充ちていて、彼は今度は自分の力が描く明快な軌跡をつまみあげ、それを材木に何度となく叩きつけるだけだった。

 自分が素晴らしい大男になったような気がした。

 二度目にたった一度、仔猫は短い濁った叫びをあげた。

 白い猫は口と鼻孔から赤黒い血を流し、ひきつった舌は上口蓋にしっかり貼りついていた。

「おい、みんな寄れよ。これからは僕がやる。」

 首領はいつのまにかはめたごみ手袋に光る鋏を持って猫の屍の上へかがみこんだ。

 少年Bは、この美しく、冷たい威厳をもった鋏ほど、首領にふさわしい兇器はないと、うっとりと見とれていた。

 首領は片手で猫の首をつかむと、鋏の刃先を胸に当てて、咽喉までやわらかに切り上げ、両手で皮を両側へ押し開いた。 皮をむいた筍のような、つややかな白い内部があらわれた。

 猫はただ表面だった。 この物体はただ猫という生命のふりをしていただけだと少年たちは思った。

 次第に露わになっていく猫の内臓は半透明で美しかった。

 肋骨が透いて見え、更に大網膜の下に温かく家庭的に動いている腸が透いて見えた。

 

 血はほとんど出なかった。

 首領が鋏で薄皮を切り裂くと、大きな赤黒い肝臓が眼に映った。

 それから彼は白い清潔な小腸をほどいて繰り出し、湯気がゴミ手袋にまつわって立った。

 彼は腸を輪切りにして、そこから檸檬色の汁を絞り出して見せた。

 少年たちは物憂い魂の恍惚の絶頂にいた。

 彼らは陶酔の最中、ぼんやりと仔猫を見つめていた。

 猫の紫色に白斑の浮いた死んだ瞳。

 凝結した血がいっぱい溜った口。

 牙の間にのけぞるひきつった舌。

 彼らは脂に黄ばんだ鋏が、肋骨を切ってゆく軋みを聞いた。

 首領がその中から手探りして、小さな心嚢を引っ張り出し、そこから可愛らしい楕円形の心臓をつまみ出して、わずかな残りの血を迸らせるのを詳さに見た。

 血は彼のゴム手袋の指を何筋もの線を描いてつたっていった。

 儀式の終わりに、首領は叫んだ。

「ああ、よくやった。僕たちはこうやって、いっぱしの、まともな人間になっていけるのだよ。

・・・それにしても血を見ると、なんて晴れやかな気持ちになるのだろう!」 

 それから何カ月かした後、少年たちは緊急会議を開いた。

「どうしても救えないかな。」

「救いようがないな。かわいそうだけど。」

 4人の少年たちはしばらく黙りこんだ。

 それを勇気の欠如だと感じた首領は、乾いた落葉を指先で粉々にしながら、言いだした。

「僕らは天才だ。そして世界はみんなも知っているとおり空っぽだ。

 何度も言ったけれど、このことをよく考えてみたことがあるかい。

 その結果、僕たちにはあらゆることが許されている、と考えるのはまだ浅いんだ。

 許しているのは僕たちのほうなんだ。

 教師や、学校や、父親や、社会や、こういうあらゆる塵芥溜めを。

 それは僕達が非力だからじゃない。

 許すということは僕たちの特権で、少しでも憐れみを持っていたら、これほど冷酷にすべてを許すことはできないだろう。

 つまり僕たちは、いつも、許すべきものでないものを許している。

 許しうるものは実はほんの僅かだ。 

 たとえば僕らがターゲットとして目を付けた、あの小さな、人形のような・・・。」

「そうだ。そして、そんなごく少数の許しうるものを、僕らが慈悲深く、美しいまま永遠のものにしてやるんだ。そして僕等は英雄になる。」

少年Bは断言した。

「僕たちは今まで何もしなかった」

と少年Cが口を挟んだ。

「いつまでも何もしないわけじゃない。」

と首領は清々しい声で機敏に応じた。

 彼は更にあっさりといった。

「あの子の処刑を断行する。それが結局あの子の身の為でもあるんだ。」

 首領は指示した。

「明日は中学は午前中で終わる。僕たちは、小学校の下校時刻に、あの子が一人になるのを狙って、巧くここに連れてくるんだ。

 僕は睡眠薬の入った飲料水とメスを持っていく。

 Bは、登山用の太さ5ミリの麻縄。

 Cは目隠しの布と猿轡用の手拭いを持ってきてくれ。

 それから各自、好みの刃物を持ってきてよろしい、ナイフでも鑚でも好きなものを。

 要領は、前にも猫で練習したから、同じことだよ。

 何も心配はいらない。 猫よりも一寸大きいだけさ。

 それに猫よりも、ちょっとばかり臭いだろう。」

 

 みんな押し黙って下を向いている。

「B、君は怖いのか。」

Bは辛うじて首を振った。

「C、君は?」

Cは急に寒くなったように、制服のポケットに両手を入れた。

「D、どうした?」

Dは小さく震えて答える事が出来なかった。

「全くお前らは。いざとなるとからきし意気地がないんだ。

 安心させてやろう。

 そのためにこれを持ってきた。」

 そう言うと首領は、自分の鞄から、六法全書を取り出して、目指す頁を器用にめくった。

「いいかいよく聞けよ。

十四歳ニ満タザル者の行為ハコレヲ罰セズ。

 刑法にしっかりとこう書いてあるんだぜ。」

 彼は六法全書のその頁を少年たちに廻し読みさせながら、言葉を継いだ。

「これが、大体、大人どもが、彼らが信じている架空の世界が、僕らのために決めてくれた法律なんだ。

 この点については、彼らに感謝していいと僕は思うんだ。

 これは大人たちが僕らに抱いている夢の表現で、同時に彼らの叶えられぬ夢の実現なんだ。

 大人達が自分で自分を雁字搦めにした上で、僕達には何もできないという油断のおかげで、ここにだけ、ちらと、僕らの素晴らしい可能性を、絶対の自由をひとかけらをのぞかせたんだ。

 それはいわば大人たちの作った童話だけど、ずいぶんと危険な美しい暗黒童話を作ったもんだな。

 まあ、いいさ。

 今までのところ、なにしろ僕たちは、可愛らしく、か弱い、罪を知らない児童なのだからね。

 僕とCは来月14歳に、BもDも3月までには14歳になるよな。

 僕達全員にとって、今が最後の機会なんだ。

 このくだらなき混沌たる世界から、赫奕たる太陽の向こうへと、飛翔するための。」

 

 首領はみんなの顔を窺ったが、少年たちの顔から恐怖が薄らいでいくのが分かった。

 嫌悪してやまない現実という名の、外側の仮構の世界から、自分たちは手厚く温かに守られている・・・。

「これが最後のチャンスなんだ。」

と首領は重ねていった。

「このチャンスを逃したら、僕らは人間の自由が命ずる最上のこと、世界の虚無を埋めるために是非とも必要な行為を、自分の命と引き換えの覚悟がなければ出来なくなってしまうんだ。

 死刑執行人という特権を持つ僕達が、相手を殺すことに自分の命を賭けるなんて不合理なことだもんな。

 今を失ったら、僕たちは一生、殺人という名の人間の自由を証明する行為は何一つ出来なくなってしまうんだ。

 蔭口と服従と、おざなりとおべんちゃらと、妥協と恐怖の中に、来る日も来る日もびくびくしながら、隣近所の目を気にする大人になるんだ。

 結婚して子どもを作って世の中で一番醜悪な父親になるんだ。

 血が必要なんだ!人間の血が!この空っぽの枯れ果てた世界に流血のう潤いを!

 今だ!今だ!僕等の季節が終わる前に。」

・・・首領こと少年Aは、幼き少女の身体にメスを入れるその瞬間を想い、美しい無垢な目で、陶然と微笑んだ。

 

 

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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