ジェヴォーダンの獣

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 一頭の狼でも集団の狼でも、特にきわだった害悪を与えるものがと或る地方に現れる。
 中世ヨーロッパの民衆の間で、それはともすれば「ベート」と呼ばれた。超自然的な、悪魔のような動物――ベートに関する最初の記述は年代記作家ヴァンサンによるものである。
「ジュネーヴ領で世にもまれな大きさで獰猛な狼が、老若男女三十人の人々を喰い殺した」(1148年)さらに三百年後のパリ郊外には「クールトー(尾なし)」と呼ばれる狼が出現した記録が残っている。
『ジェヴォーダンのベート』は、この中でも最も有名なものである。
 時代はプロイセンとの七年戦争(1756年~1763年)の直後。当時、フランスの国家財政は荒廃し国民が困窮にあえいでいた時代だ。
 1763年に、この獣をはじめて目撃したのはジェヴォーダン地方のランゴーニュの農婦である。獣は樹間からまっすぐに彼女にむかって走り出てきたが、農場の角をつきあわせた雄牛たちによって事なきを得たという。
 証言によればこの獣の外見は「牛のように大きく、胸はとても幅が広い。同じく幅広の頭とグレイハウンドのように尖った鼻面をもっている。後肢は前肢よりやや長く、尾はライオンのような毛皮の房で覆われている。毛皮は全身が赤みがかっており、黒い縞模様が背中の長さ分だけあった」。
 実際のオオカミという動物の特徴と、この形質は一致するところが少ない。
 同年7月1日、ランゴーニュ近く、レ・ウバックの村で十四歳になる少女ジャンヌ・ブルが殺害されているのが発見された。これを皮切りに、やがてこの獣の起こす事件は当時のフランス全土でセンセーショナルな話題となり、多数の絵物語や街頭ビラなどによりその存在が喧伝されることとなる。
 当時のことゆえ以降の正確な犠牲者の数を推し量るのは難しい――が、確認されたところではその襲撃は198回を数え、死者は88人、負傷者36人。また別の資料によれば襲撃は306回、死者は123人、負傷者51人ともいう。
 この生き物の特徴的な行動としては、獲物の頭部を的に選ぶことがあげられる。一般的に、オオカミが狙うのは逃げる獲物の行動を封じるための脚や、食いつきやすい急所である喉笛である。そのセオリーを無視しているのはその「牛ほどもある」と言われた巨大な体躯のゆえだろうか。被害に遇ったのは主に女性と子供で、かれらは農場で一組、ともすれば一人で農作業にいそしんでいるところを狙われた。
 ルイ15世がこの獣に個人的に興味を惹かれたのは1765年1月12日、ジャック・ポトルフェらが獣を追い払ってのことである。この獣を殺したものには6000リーヴルの賞金が与えられると触れが出された。
 当時にはこの獣がオオカミであると考えられていたため、王からジェヴォーダンの獣の追跡令を承ったのはジャン=シャルル・ダンヌヴァルと息子ジャン=フランソワである。彼らはノルマンディで1700頭に及ぶオオカミを狩った、専門のオオカミ猟師であった。
 1765年2月から彼ら父子は訓練されたブラッドハウンド犬とともにヨーロッパオオカミを狩り続け、また同地方の農民2万人による大々的な追跡猟が行われたが「ジェヴォーダンの獣」が彼らの手に落ちることはなかった。
 獣の襲撃は続き、1765年6月、彼らと交替を命じられたのはフランソワ・アントワーヌ中尉である。同年9月20日に彼はとりわけ巨大なオオカミの捕獲に成功。体長およそ170cm、体高80cm、体重60kgにも及ぶこの獣をしとめるに至って、アントワーヌは公式に宣言した。『我々はこの手で獣を仕留めたことを宣言する。これと比較される大きなオオカミをもはや見ることはない。さらに、この生き物が恐ろしい獣となって多大な被害を引き起こしたのはなぜか、我々は判断ができない。』
 しかし、獣による襲撃は再び起こる。
 1765年12月2日、ラ・ブッスイル・サン・マリーの少女が『名前も姿も正確には言えないような』野生動物に襲われたと証言した。このわずかのち、森に運ばれた8歳の少年が瀕死の重傷を負い、さらにその後も12人以上の死者が出たという。

 この真偽さだまらぬ「ジェヴォーダンのベート」騒動は1767年6月19日、地元の猟師ジャン・シャストルによって収束したとされる。大規模な狩猟団に参加した彼は、一家の伝統だからと聖書の朗読と、祈りの時間とを主張した。一般的に、獣は視界に入った獲物をすぐさま襲うことで知られているが、かの獣は祈るシャストルをじっと見つめ、彼が祈りを終えるのを待つようであったかという。
 なお、事件当時からすでに、ジェヴォーダンの獣には悪魔に憑かれた獣、もしくは野獣の毛皮をまとった希代の殺人鬼である、などという風評が囁かれていた。当時の風潮と相俟って、人狼伝説とないまざったこの不可思議な生物による被害の状況はしかし、一頭もしくは複数の大型動物によるものだということを示唆している。"