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バンイップとは、オーストラリアの先住民族、アボリジニに伝わる伝説の生物である。別名をバニープ、ヤーフーなどとも呼ぶ。アボリジニの言い伝えによると、バンイップは川や湖といった水辺に棲むとされる。あまり人間に対して友好的ではなく、すみかや縄張りを荒らされると襲い掛かってくるという。特に女性や子供を狙って水中に引きずり込むとも言われており、アボリジニたちは無闇に水辺に近づかないようにしていたという。一部の部族では“悪魔”と呼んでいたそうだ。
その姿であるが、アボリジニの描くバンイップの姿は、体中が深い毛で覆われているといったものから、ワニのように鱗で覆われているといったもの、キリンのように長い首を持つといったもの、ゾウのような長い鼻を持つといったものというように千差万別で、はっきりしない。日本における鵺に似た性質を持っていると言えるかもしれない。
しかし、言い伝えの中だけのとらえどころのない存在とされていたバンイップであったが、19世紀ごろから、なんと目撃情報が出始めた。特に1812年、「シドニー・ガゼット」紙がバンイップの存在を報じてからは目撃証言が急増した。また、1847年にはバンイップのものとみられる奇妙な生物の頭蓋骨が発見された。この骨は、下顎は咀嚼が困難に思えるほどに発達し、眼窩は一つのみ、という非常に奇怪な形をしている。発見の翌年博物館でこの頭蓋骨が展示されたが、一般知名度が上がり存在が身近になった為か、それ以降奇怪な声や奇怪な動物の姿を見たとする人々が立て続けに現れたという。この一連の騒動を受け、後に学者による鑑定が行なわれた。その結果、この頭骨は既知の生物(馬や牛など)が奇形として誕生したものとして結論付けられた。その後この頭蓋骨は紛失してしまったと言われている。
オーストラリア大陸東南部のニューサウスウェールズ州や北東部のクイーンズランド州、特にジョージ湖やバサースト湖では生体の目撃情報が多数寄せられている。だが、この目撃情報にも形態に大きくばらつきが見られる。体長は1~2メートルほどと共通している。現在、代表的なバンイップの姿といえば「馬ないしはブルドッグに似た頭部を持ち、体はアザラシを巨大化させたようであり、黒い毛に覆われ4本のヒレで行動する」といったものであるが、これは1977年にニューサウスウェールズ州のマグガイア川付近で目撃されたバンイップとされる生物の姿を基にしたものだ。「ブルドックのような顔を持つ、アザラシに似た生き物が威嚇しながら水に潜っていった」とのことだ。また、この生物が目撃された現場周辺を調査してみたところ、周囲に異常な悪臭が漂い、奇妙な足跡と引きちぎられたような子羊の死体が残されていたという。
現段階では、バンイップの正体は謎のままだ。バンイップの目撃証言が出始めた19世紀は、オーストラリアに移民が入ってきて間もない頃である。新大陸に棲む多くの有袋類の姿は、彼らの目にどう映っただろうか。初めて目にした生物へのおそれと好奇心が、先住民の伝説の生物バンイップと結びついたのか。それとも本当に、未だ発見されていない新種なのか。真相が待たれる。