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1948年12月1日の朝。オーストラリアはアデレードの南に広がる砂浜で、男が死んでいると通報が入った。

駆けつけた警察は男が亡くなっている事を確認すると同時に、奇妙ないくつかの事実に首をかしげた。
半袖すら煩わしく思える暑い夏の盛りに、この男はスーツの上に分厚いニットのプルオーバーを着込んで死んでいるのだ。争った形跡もなく防波堤代わりの石を枕にして、ただ眠っているかのような穏やかさで死んでいる男。

当初、地元警察はこの事件がすぐに解決すると踏んでいた。奇妙ではあるが、大した事件ではない。この男はビーチを散歩中に何らかの急性的な病で倒れたに違いない。これは事件性のない、ただの自然死であろうと。
だが、その見込みは楽観的すぎた。

男の所持品にはその身元を特定できる物は含まれておらず、行方不明者リストにも存在していない。歯科の治療記録まで調べたが男が何者であるか特定できない。
やがて発見されたサマートン・ビーチにちなみ、男はサマートン・マンと呼ばれるようになった。

このサマートン・マンの代名詞として「ミステリー」が使われるようになるのは、彼が残した遺留品があまりにも奇妙であったためだ。
別の場所で見つかった遺留品のズボンに隠しポケットが縫い付けられており、その中に小さく巻かれた紙片が入っていた。

『Tamam Shud』

紙片にはこれだけ書かれていた。――タマム・シュッドとは?
捜査をしていた警察にもわからなかったし、報道していたメディアにもわからなかった。

さらにサマートン・マンが乗り捨てられたと思われる車の後部座席からもミステリーが見つかる。
それはある詩集の裏表紙に書き殴られた暗号とおぼしき一文だ。

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これは何を意味するのか。当時捜査に当たっていた警官たちには解けなかった。そして世界中の暗号マニアたちをしても、いまだに未解読である。

ただ紙片に書かれた『Tamam Shud』の意味だけは判明している。
それはペルシャ語であり、「tamam」は英語で「end」にあたり、「shud」は過去をさす、つまり英語にすれば「ended」または「finished」を意味している。日本語にすれば「終了した」「完了した」と訳される。

遺留品のほぼ全てから製造元を示すタグが切り取られ、残されたのは数多くの謎と不可解な暗号。そして意味深な「Tamam shud」の紙片。
サマートン・マンとは何者だったのか。

2009年になってから、新たに調査が行われた。
アデレード大学のデレク・アボット率いるチームが謎の男の遺体を掘り起こしてDNA鑑定をしようとしたのだ。 それによると遺体の耳の形状はとても希少な形で、実際にその耳の形をしている人は わずかに白人の1~2%しかいないとされている。
そのため、そこから彼の血縁をたどれないかと調査を始めた。 実際に血縁でないかと思われる女性も見つかったが、身元は明らかにされていない。
どちらにしても、彼がなぜ殺され、暗号は何が書かれていたのか判明していない。