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日本では、死後の霊は山に登り、山神・山の神となり、特に盆や正月、または地域の信仰に応じて、山と里とを往来するものとされた。山神は、祖霊信仰の中核を成すと言っても良い。従って、山神に関する領域は広大で、派生した妖怪も数多い。
日本神話では、イザナギ、イザナミの子である大山祇神(オオヤマツミ)などが山神である。また、大山咋神(オオヤマクイノカミ)は比叡山の神であるように、特定の山に結びついた山神もいた。
伊賀では、正月七日に鍵引きと呼ぶ神事を執り行い、山神が宿る霊木に注連(しめ)縄を結び、頌文を唱えた。これは、山神を田畑に勧進するためという。山神は秋まで、山を降り、田畑を守護したのだ。
一般に、山神は女とされることが多かった。山に関する女神では、木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)が有名。天照大神の孫の妻で、富士山を神体山としている浅間大社で祠られている。火の中で産まれたとの説話から、火の神とされ、富士山に鎮座した。
祭への女性の参加は許されず、入山が制限されたのも、山神が女神だったからだ。
美濃国では、11月6日が山に入るのはタブーとされた。この日に山に登ると、老婆の山神に会うからだという。雪女と同様、たとえ山神と会っても、口外してはならない。もし話すと、命を落とすと恐れられた。
このバリエーションで、禁止された日に山では、白い狐を目撃すると言われている。この狐も、見たことを他人に伝えると、凶事が起きた。
女の山神は醜いという伝承もあり、山神より外見が醜いオコゼを、木こりや炭焼きが供える習慣もあった。「やまおこぜ」といって、魚類のほかに、貝類などをさす場合もある。
山神が男の場合もあり、幾つかの異婚譚が知られている。山神と結んだ女は、何とか逃れようとするストーリーが多い。
この関連では、龍や蛇、水の神との交婚もある。夜叉御前が、父母の泣いて留めるのも聞かず、独りで深山の水の神に嫁いだのも、山神だったという解釈も成り立つ。
「譚海」によると、ある僧の説として、年齡を重ねた猿が山神に変化するという。この僧の見た、山神の像は両面に顔があり、斧をかついでいたという。
猿の婿入りという伝承もあった。女が、一度は猿に連れられて山中に入って行くが、知恵をはたらかせて猿を自滅させ、無事に親の家に戻ってくる。餅を搗いて、臼の方を猿に負わせたり、臼を背負ったままで花を採らせたり、いろいろと無理な願いを言って、猿を危険に導くのだ。ひょうたんと針千本とを、あらかじめ親が持たせるという工夫は、龍神からの転用だろう。
山神と結んだ結果、鬼子が産まれる話もあった。「玄同放言」では、明応年間の獅子が谷の鬼子の例を引いている。
女が難産の果てにようやく生んだ鬼子は、生まれ落ちた時から、すでに三歳児ほどに成長していた。肌の色は赤く、しかも、三つ目だった。口は耳まで裂け、歯も上下、2本づつ生えている。父が恐ろしさのあまり、鬼子を槌で打って、殺してしまった。
父親は鬼子を、山際の崖の下に深く埋めたが、鬼子は死なず、土の中から這い出してくる。
父親は、大江山の酒顛童子などを思い起こして、鬼子の成長を恐れたのだろう。
「摂陽群談」には、その門弟とも言える茨木童子の出生が語られている。童子は生まれながらにして牙が生え、髪は長く、成人を超えた怪力を具えていた。親族一同、畏怖して、童子を茨木に棄てたところ、酒顛童子が拾い、自ら養育して、仲間の賊徒に加えたという。
しかし、両親が病床にあるの術をもって知った茨木童子は、心配をして見舞いに帰ったとも言われている。