A子は大学進学のため、東京でひとり暮らしをはじめた。彼女の両親は一般的な公務員。仕送りで両親に負担を掛けたくないA子は、毎日学校帰りに3時間だけ最寄り駅の隣にある駅の居酒屋でバイトをしていた。

夜9時過ぎにバイトが終わり、帰路についていたある日のこと。

自宅のある駅の改札を出ると、薄暗い脇道で小さな折り畳みデスクを前に、30代、40代の女性たちが4〜5人で「幼いかすみちゃんの心臓移植の手術が成功しますように●●をお願いしま~す」と、通行人たちに呼びかけていた。

A子は大学でも社会福祉学を専攻し、ボランティアに積極的だった。女性らに話を聞いてみると、難病のかすみちゃんという少女に千羽鶴を送るため、街頭で折り鶴の作成をしているとのこと。

それならば、とA子は手渡された手のひらサイズの折り紙を、優しそうな40代女性に丁寧な指導されつつ折った。すると、折り鶴を受け取った女性から、「ありがとうございます。よろしければ、ご住所とご連絡先とお名前を頂戴したいのですが…」と鉛筆とノートを手渡されたという。

少し戸惑ったA子さんだったが、ノートにはすでに多数の名前が書かれていたこともあり、正直に記入してしまった。

その後、駅前で彼女たちを見かけることもなく、A子は折り鶴を折ったことさえも忘れかけていたのだが、突如、彼女の携帯電話に女性の声で、「何をしているの!明日までに折り鶴10個折って●●まで送りなさい!」と強い口調で連絡があった。

突然のことに戸惑うA子だったが、電話の主は続けざまに「入院中のかすみちゃんに早く元気になってもらいたいでしょ!!」と怒鳴ると、一方的に電話を切ったという。

怖くなり、すぐに大学内の友人たちに相談してみたものの、「そんなの無視しなさいよ」「着信拒否すればいいよ」と、あまり力になってくれなかった。

A子はひとまず、かかってきた電話番号を着信拒否設定にし、様子を見ることに。しかしA子の携帯電話には、次から次にさまざまな電話番号から
「明日までに折り鶴20個作りなさい!」「折り鶴、30個。なんで早く作らないの!」と連絡があった。

また、かかってくる番号が変更されるたびに、強要される折り鶴の数が増えていった。さらに「こっちは住所も知ってんだからね、明日までに折り鶴を100個折りなさい」と、脅された。

A子は部屋へ乗り込まれるかもしれないという恐怖心で、ドアをノックされるだけで身体が震え、眠れなくなってしまった。携帯電話を買い替えたいが金銭的にそんな余裕もない。心身ともに疲れ果て、学校もバイトも休みがちになり、A子さんは食事も喉を通らなくなった。

それでも途切れずに電話は続き、留守電にも「早く折り鶴を折りなさいっ!」と金切り声でメッセージが残される。そして、聞いた瞬間にそのメッセージは消えてしまう不思議な現象が起きた。業者に見てもらうが、携帯電話本体には一切、故障らしき故障はないというばかり。

警察の生活安全課に相談しても、話は聞いてくれるものの犯罪が起きない限り行動出来ないと、あまり力にはなってもらえなかった。

ついには電話の着信音にさえも恐怖を感じはじめたA子は、両親からの電話さえも出られなくなってしまった。心配した両親が上京してみると、そこにはすっかり身体を壊し、痩せ細ったA子さんが部屋の隅でうずくまっていたそうだ。

A子の様子を見た両親は、すぐに実家に連れ戻し、近所の心療内科クリニックに彼女を入院させた。

A子が入院した部屋は二人部屋で、先に30半ばの女性B子がいた。摂食障害で入院しているというB子は、とても明るく親切にAさんに話しかけた。彼女と交流をはかるうちに、A子の精神状態も安定してきたという。

さらに地元の友人たちも頻繁にお見舞いに来てくれて、入院してから1週間後にはすっかり体調を取り戻した。地元に戻り、両親に携帯電話を新しく買い換えてもらってからは、あの女性からの連絡もなくなったという。

体調もすっかり回復し、退院を翌日に控えたA子は部屋を片付けつつ、お世話になったB子にお礼を述べた。すると隣のベッドに横になっていたB子は、ゆっくり身体を起こして、笑顔で「これで、またかすみのために折り鶴を折ってやってくださいますね」と一言告げたという。

その後A子は、退院を取りやめ別の病院へ転院したそうだ…。