数年前、トイレの入口で掃除のおばさんに呼び止められたことがあった。
 おばさんは、閉まった大の扉を指さしながら、愚痴った。
「ずっと入ったまま出てこないんだよ。 それでトイレットペーパーを流し続けて、詰まらすんだから。」
 そんなことがあるのか。 しかし、そう言われただけでは、何ともしがたい。
 本当だったら、オペラ座の怪人 ならぬ ベン座の怪人 だ。

 後日、この話を知人にしたところ、ああ、それは隣のビルにいる職員だよ、と教えられた。
 精神を病んで、こちらのビルまでやって来ては、籠ってそのようなことをするのだと。

 なんと正体は判明しているのか。 でも、可哀想なだけに手をこまねいているんだろう。

 ただ、それからしばらく、ベン座の怪人の話を聞くことはなかった。

 ところが最近、突然トイレに張り紙がされた。
 トイレットペーパーを一度に大量に流すと詰まるので、止めるようにと。

 実際に、清掃スタッフが排水の詰まりをとっているのも見かけるようになった。

 ベン座の怪人の復活か、同じような境遇の別人か。
 あなたの職場や学校にも、この怪人は現れるかもしれない。