パラレルワールドへ行ってきた話

よく聞く話ですよね、パラレルワールド。
私も間違って行ってきてしまいました…。

その時私は、最悪の気分でした。
好きだった人と、関係が最悪になったんです。
片想いかと思ってたら、なんとその人にデートに誘われ…。
そしてすぐに仕事上のことでケンカです。

すると彼から、仕事上の嫌がらせが始まったのです。
こんな態度の豹変って…。
私は、彼の幼稚さにゲンナリし、それでも彼に未練が残っていたので嫌いになることもできず、
最悪の気分でした。

そして、年末年始の冬休みに入り、私は最悪の気分を引きずったまま、
実家に変えるために深夜の高速バスに乗りました。

高速バスは、サウナかと思うほどの蒸し暑さ。
がっちり防寒対策をしてきた私は、更にゲンナリしてしまいました。
しかし、疲れと心地好い車の揺れも手伝って、いつしか眠りにつきました。

ふと気付くと、私はとある会社の建物からでてくるところでした。
私は、その会社と取引のある会社の社員のようです。
その建物は製薬会社のようでした。
バシッとスーツを着た私は、足早に歩きながら、一緒に歩いている男の人に
「後ろを振り向くな、絶対に。怖がっていると悟られないで。」
と小声で話していました。
無言ですが、その男の人も、それを心得ているようでした。

そして、私たちの少しあとを、その製薬会社の人たち、
約5~6人くらいが歩いてついてきます。
建前上はお見送りをしようとしてくれているのですが、
隙を見て、私らを拉致しようとたくらんでいます。
それを、お互いが分かり合っているのです。
かなり緊迫した状況です。

そして、私たちは自分の車のあるところに辿り着くと、連れの男の人が運転席に乗り込み、
私は助手席に乗り込みました。
そして、製薬会社の人たちは、その様子を車の周りでじっと見つめています。
そしてお互い挨拶をするでもなく、車は動き出しました。

動き出した車の中で、私は「彼がいてくれるはずだ」
そう思いました。
すると、後ろの座席から、ピョコンと彼が顔を覗かせました。
それは、こちらの世界で私が思いを寄せている彼でした。
しかし、私が知っている彼とは雰囲気が違います。
彼は、どうやら大学院生のようで、普段の彼の好みとは思えない、
スポーツチームの、かなり着こんだポロシャツを着てニコニコと笑っています。
現実の彼は私と同じ会社の社会人で、しかも大学はでていないのです。
また、ブランド物が好きな人です。

その顔をみると、ほっとすると同時に、
「ああ、やっぱり彼がいてくれたんだな」
そう思いました。
運転席にいる男の人も、彼が後部座席に潜んでいることは知っているようでした。
そして彼が、今まで見たことのない優しい顔で
私を見つめています。
どうやら、彼は私に好意を持っているよう。
でも、その世界で私は彼を特に異性として好きではなく、この命がかかった状況で
彼が必要なため、巻き込んで悪いと思いつつ、彼に仕事を手伝ってもらっている様子…。
そして、彼をとても頼ってもいるようでした。

その時、急に体がジーンと痺れる感覚があって、私は自分が目を閉じている事に気付きました。
ひどい耳鳴りがし、それに耐えていると、急に自分が生まれたときから今までの記憶が、
すごい速さでダウンロードされている感覚がありました。
そう、まさしく走馬灯のような…というのは、このことだと思います。
一気に今までの記憶を、脳味噌に再ダウンロードしたような感じでした。

驚いた私は、自分の名前、生年月日、年齢、出身地、などなど…。
自分で自分に自問自答しました。

そして、自分が正気だという核心を得ると、
ゆっくりと目が開けました。そこは高速バスの中でした。
ああ、そうだ、実家に帰る途中だった…。
配られた毛布に、いつのまにかしっかりと包まっていた私は、その暑さに辟易しながら、
毛布をを剥ぎ取りました。

後にこの話をとある霊能者の人に言うと、
幽体離脱して、魂だけパラレルワールドに行ったみたいだね、とのこと。

あの世界はどうやら、恒久的な企業間戦争状態というか、経済の仕組みは成り立っているのですが、
企業の利益のために、人を殺しあうのは日常的に起こっている世界のようでした。
そして、それは皆が当たり前だと思っているようでした。

かなり殺伐とした世界です。
しかし、どうやらこちらの世界でいうところの世界大戦がない歴史の世界らしく、
そのため、あのような社会機構となっているようでした。

あれは、夢だったんでしょうか?
もし、記憶の再ダウンロードの経験がなければ、私もそうだと思っていたと思うのですが…。
ちなみに霊能者の人曰く、こちらの世界にいたくないと思うくらい辛い事があると、
本当に、違う世界に行ってしまうらしいです。
そして、
「戻ってこれないこともあるよ。気をつけて。」

会社での彼は、相変らずです。
もはや、私と口をきく気もないようです。
でも、陰では私の悪口を言いふらしているとのこと…。

そして、そんな彼の行動に反比例して、
次第に私は、パラレルワールドで会った方の彼のことが気になりだしました。
あの優しい目が忘れられないのです。
あの優しい眼差しで、私を見つめていた事が忘れられないのです。
こちらの世界の彼は次第に嫌いになっていきましたが、
パラレルワールドの彼に、もう一度会いたいと、
強く思うようになって行きました。

でも、それは危険なことです。
会いたいと強く思っていたら、またパラレルワールドに行ってしまうかもしれない…。
向こうの彼を思い出すたびに、その思いに蓋をするようにしていましたが…。
それでもやはり、会いたいのです。
「彼は今、何をやっているんだろう…。」
「今も、危ない仕事、手伝ってるのかな…。死んでないといいけど…。」

時が過ぎ、私は会社を退職しました。
そしてとある休日、吉祥寺に遊びに出かけました。
久しぶりの休日を、街歩きをして楽しもうと思っていたのですが、
突然、耐えられないほどの眠気が襲ってきたのです。

それは歩くのもままならないほどの、強烈なものでした。
気を抜くと、その場に崩れ落ちてしまいそうなほどのものでした。
ナルコレプシーにでもなったのかな…と思いつつ、
私は、すぐに家に帰る事にし、駆け込むように電車に乗り込みました。
車両の中は、私だけです。
私は椅子に座りながらも、眠ってしまわないように必死に堪えていました。

すると、いつのまにか目の前に、彼が座っています。
「あれ?彼かな?」
そう思いましたが、じっとこちらを見ていて、特に私に話しかけるでもない様子…。
「人違い…かな?」
朦朧とするほどの眠気の中、彼をじっと見つめました。
喉がいがらっぽくなって、私は咳払いをしました。
すると、彼もそれに答えるように、咳払いをします。
「ああ、彼だ…。」
なぜか私は、人違いかどうかを確認すると、あとはどうでもよくなり、
自分が降りる駅まで、ずっと目を閉じていました。
時々、目をあけると、彼がとてもやさしい表情で私を見つめています。

自分が降りる駅につき、眠気ですっかり重くなった体を引きずるようにして電車を降りました。
そして、文字通り体を引きずって家に辿り着くと、コートも脱がずにベットに倒れこみ、
そのまま小一時間、深い眠りにつきました。

そして目が覚めてから、よく考えてみると…。
あの優しい笑い方は…。
そう、それはパラレルワールドの彼の笑い方でした。