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中編6
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見えなかったもの

私は肝試しを怖いと思ったことが無い。

学生時代、友達と旅行した再などに何度か肝試しをしたが、一度も怖いと思ったことが無い。

真っ暗の田舎の山道を歩いても、ただ暗いなと思うくらいだ。

誰かが暗がりからいきなり脅かしてきても、その前に気配を察してしまって驚くことも出来ない。

女なんだからキャーとか悲鳴を上げて怯えるべきなのかもしれないが…。

それは理由は、たぶんもっと昔、私が幼い頃に経験した肝試しがあまりにも怖かったからだろう。

その時の肝試しに比べれば、他のどんな肝試しもただの子供騙しにしか感じなかった。

その肝試しは私が人生で経験した初めての肝試しだった。

それは私がまだ小学校に上がる前の話だ。

おろらく私がまだ5歳くらいのときだった。

そんな昔の話を覚えているのは変だが、その肝試しの記憶だけは今でも鮮明に思い出せる。

それほどまでの圧倒的な恐怖があったのだ。

私が行っていた保育園では、年長組みになると夏の毎年キャンプにいく。

親は付いてこない。

ほとんどの子供たちにとって、それは親から離れてどこか知らない場所に泊まるという、初めての体験だっただろう。

私もそうだった。

その肝試しはそのキャンプの夜に行われた。

私はそのキャンプでの出来事を、肝試し以外でよく憶えていない。

ただ単に忘れたのだ。

そう…あの夜、私達園児はキャンプ場から離れた何処かの山で肝試しをさせられた。

バスで連れてこられたのは、山の麓の広場のような場所だった。

そこには電灯もあり、明るかったが、私以外の子供は怖がり始めていた。

私は普段は泣き虫でいじめられっ子だったが、そのときはまったく怖いという感覚がなかった。

ただ初めての肝試しで酷くワクワクしていた。

肝試しの内容はたいしたことはなく、二人一組で懐中電灯を持って、今居る山の麓から山道を上って、上で待っている先生のところまで行くというものだった。

上で待っているのは、H先生という女の先生で、私の組の担当の先生だった。

「一番最初に行きたい人は手を挙げましょう」と先生が言ったとき、誰も手を上げなかった。

「手を上げた人は、一緒に行く子を選べるよ?」と先生が提案して、私は迷わず手を上げた。

驚いたことに、私以外はやっぱり誰も手を上げなかった。

先生は私に誰と一緒に行きたいか聞いた。

私は迷わずA君の名前を言った。

A君は、当時私が好きだった男の子だったから、二人きりになれるチャンスを逃す手はないと思った。

今思えば、A君には本当にすまないことをしたと思う。

きっとA君は怖かっただろう。

それでも、女の子に行こうと言われて、嫌だとはA君も言い出せなかったのだろう。

私とA君は一つの懐中電灯を持って山道を登りだした。

山道といっても、険しいものではなく、勾配もゆるやかで砂利っぽい道だった。幅も2メートルくらいあった気がする。

私はワクワクしながらその道をA君と登った。

懐中電灯はA君が持ってくれた。

私は嬉しくてスキップをしたい気分だった。

実際していたかもしれない。

山道は真っ暗だった。

途中民家のような建物があったが、かなり朽ち果てていて、廃屋みたいだった。

しばらく歩いていくと、山道が道が二つに分かれているところにH先生が居るのが見えた。

私は、なんだこれで終わりか、と多少落胆した。

歩いてきたのはそれほど長い距離ではなかった。

幼稚園児なのだから当たり前だ。

しかし、H先生に近づくうちに、何かおかしいことに気が付いた。

H先生は道にしゃがみ込んだままガタガタ震えていた。

夏のキャンプなのだから寒いわけが無い。

私とA君ははH先生のところまでいって、話しかけた。

「H先生どうしたの?」

「ここはダメだ。危ない。直ぐに帰らないと」

H先生は震えた声で何度もそう言っていた。

H先生はお化けが見えると、前に聞いたのを思い出した。

だけど、そのとき私は、H先生が私達を脅かす為にわざとそんなことを言っているんだと思った。

だからまだ怖いとは思わなかった。

一緒に居たA君は怯え始めていて、H先生にくっついて泣きそうになっていた。

H先生は「先生はもうここから動けないから、下まで降りて他の先生を呼んできて」と言った。

だけど私は下まで降りる気なんかさらさら無かった。

山を降りたらそこで肝試しは終わってしまう。

「あたしも怖くてここから動けない」と私は怯えた不利をして嘘を付いた。

そして、何があるのかH先生に聞いた。

H先生は二つに分かれた山道の左側を指して「あっちに良くないモノが居る」と言った。

そっちを道を見てみたけど、真っ暗で何も見えなかった。

そのとき、A君が悲鳴を上げた。

「居る!居る!動いてる!」

A君はそういってH先生にしがみ付いていた。

私はもう一度、そっちの暗闇を目を凝らして見てみたけど、やっぱりただ暗いだけで何も見えなかった。

「何が見えるの?どんなもの?」

私がH先生とA君に聞いても、二人は「今動いてる」とか「こっちに来てる」とか言うだけで、具体的にどんなものが見えているかは教えてくれなかった。

自分だけがその何かが見えないということが、私は面白くなかった。

もうA君のこともどうでもよくなっていた。

「わかった。じゃあ私が見てきてあげる」

私はそう言って、その左の山道を懐中電灯も持たずに登りだした。

その暗闇の中に何があるのかどうしても確かめたくなったのだ。

後ろで、H先生が必死に引き止める声が聞こえたけど、無視した。

どうせ何も無いのだろうと思った。

でも、何かあったらいいと、内心ワクワクしていた。

電灯も無く懐中電灯も持って居なかったから、本当に真っ暗だった。

暗闇に体が吸い込まれるような感じがした。

都会育ちの私は、そんな濃い闇を初めて見た。

だけど、私が実際登ったのはせいぜい20歩ほどだったと思う。

暗闇の中、急に足が動かなくなった。

冷たい汗がさぁっと全身から噴出すのを感じた。

わけがわからなかった。

恐怖という感覚が麻痺していたのかもしれない。

だけど、私は初めて怖いと思った。

何も見えないし、何も聞こえない。

ただ、ざわざわと鳥肌が立って、先に進もうと思っても足が動かないのだ。

直感というのか、野生の勘とでも言うのか。

これ以上進んだら不味いと、私の中の何かが訴えていた。

だけど見てみたという好奇心もあった。

登りたい、だけど何故か足は横か後ろにしか動かなかった。

そんなことは初めてだった。

テレビでやってるマジックの暗示みたいだ。

後ろで、H先生が泣き叫ぶように私の名前を呼んだ。

私はびっくりして、少し迷ったけど、H先生が居る所まで引き返した。

H先生のところまで行くと、先生は泣きながら私を抱き締めた。

そして、そのまま他の先生達がくるまで、私を放さなかった。

結局、私以外の他の子供達は誰も手を上げなかったから、他の園児全員と先生が一緒になって私達のところまで登ってきた。

H先生が他の先生に事情を説明して、直ぐにみんなで下山することになった。

男の先生がH先生をおんぶして歩いた。

怯えて泣いている子も何人か居た。

全員、無事にキャンプ場に帰ることが出来た。

私は今でも思う。

あのとき、もしもっと先まで進んでいたら。

もし、足が動いていたら。

私は何処に行っていたのだろう?

そしてH先生とA君には何が見えていたのだろうと――。

怖い話投稿:ホラーテラー snowさん  

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