私がまだ20才だったある雨の日、仕事の帰りに子猫を拾った。
1人暮らしのマンションに連れて行き汚れた体を洗ってやって、初めて三毛猫だと気付いた。
頭の一部に黒と茶色の斑点があり、尻尾は黒。それ以外は全て真っ白でとても綺麗な子。
コンビニで買った猫缶を『うにゃうにゃ』と食べ、古着でこしらえた寝床に入ると安心したようにスヤスヤ眠る。
スーと名付けたそのメス猫は、大人しくて利口で、そしてとても優しかった。
辛い事があり私が1人ベットで泣いていると、心配そうに覗き込んで私の首に腕を乗せ、まるで抱きかかえるように寄り添ってくれる…そんな子だった。
一年後、私の結婚が決まりスーも一緒に新居に越した。
妊娠して無事娘が生まれた時、周りから『赤ちゃんはお乳の匂いがするから猫は危ない』『赤ちゃんの顔に乗って窒息させた話を聞いた』などと言われた。
でもスーは娘をとても大事にしてくれた。
いつも娘の側で丸くなって眠る姿は、まるで娘を守ってくれているかのようだった。
ある時 スーの変化に気付いた。食欲が落ち元気もない。
病院に連れて行き検査を受けた。
後日結果を聞きに行くと、白血病だった。
治らない、と。
スーが死んじゃう。
スーが居なくなる。
スーが…。
どれだけ泣いても涙が溢れてきた。
大好きな、大好きなスー。
薬を飲み始め食欲が戻ってきたスーを見ていると、白血病なんて嘘なんじゃないかという気にさせられた。
スーに毎食飲ませている薬は治療の為の薬ではなく、白血病の進行を少しでも抑える為の薬だったけど、それでも治るんじゃないかという期待は捨て切れなかった。
2ヶ月ほど経って、突然スーがいなくなった。
窓の網戸が少し開いているのを見て、スーが自分の意志で出て行ったのが分かった。
猫は飼い主に死に目を見せないと聞いた事がある。その時がきたんだ…そう思った。
スーはずっと室内飼いで、外に出た事がなかった子だから。
気付いてすぐあちこち探し回ったけれど、結局スーは見つからず、そのまま二度と帰って来なかった。
出来る事なら私の側で、私の腕の中で逝かせてあげたかった。1人ぼっちで逝く道を選んだスーに『なぜ?』と聞きたかった。泣きながら心の中でスーを責めた。
あんなにずっと一緒だったのに。
涙が枯れる頃、やっと気付いた。
スーの白血病を知ったあの日、スーを抱き締め声を上げて泣いた私。
薬のお陰で元気を取り戻しただけなのに、治るんじゃないかと期待した私。
そんな私をスーは見ていた。
だからきっと『これ以上悲しませちゃいけない』…
そう思ったんじゃないかと。
死に目を見せるより、姿を消す事でどこかで元気に暮らしてると思わせたかったんだ…
スーは優しい子だから。
それから一年ほど経ったある日、風邪で微熱気味だった娘が突然ひきつけを起こした。
慌てて娘を抱きかかえ病院へ連れて行くと、診断は熱性けいれん。
微熱から一気に高熱が出ると稀に起きるけいれんで、心配はいらないとの事。
ただ、もしけいれんを繰り返す事があればすぐに病院に来てくださいと言われ、帰宅後も安心出来なかった。
何しろ娘はまだ2歳前だったし、私自身も育児経験は浅く母親としてもまだまだ未熟で娘がけいれんを起こした事にショックを受けていた。
だから心配ないと言われても、その夜は一晩中寝ずに娘の側に付いていた。
時間ははっきり覚えていないけど、多分深夜の3時頃だったと思う。
眠っている娘の横で育児雑誌を読んでいた私の視界の端を、白っぽい物が横切って行った。
ほんの一瞬だったけど、それは娘の枕元の辺りへ移動して行き、そこで止まったようだった。
その時の私は、ごく自然に『あ、スーか』と思った。
まるでスーが居た頃と同じ様に、なんの違和感もなく。
そして次の瞬間、
『えっ!?』と気付き、それまで目の端でしか見てなかった娘の枕元に顔を向けた。
同時にそこに置いてあったぬいぐるみがパタンと倒れる。
もちろん、そこにスーは居なかった。
でも私は、ぐっすり眠る娘と倒れたぬいぐるみの間に、さっきまでスーが座っていたの見た。
視界の端に見えてから、ぬいぐるみが倒れるまでほんの2、3秒だったけど、それでも私にはスーが居た、と確信出来た。
恐怖心は全くなく、むしろこの手で触れて抱き締めたかった。
スーは心配して来てくれたんだ。
娘と私の為に。
翌朝すっかり熱が下がった娘は、もう二度とけいれんを起こす事もなかった。
スーが守ってくれたんだな…と心から感謝した。
あれから月日が流れ、今、娘は18才。もちろんスーの記憶はない。
だから今でも私は大切な家族だったスーの話をする。
スーの写真を一緒に眺めながら
『本当に優しい子だったんだよ』と。
怖い話投稿:ホラーテラー 如月さん
作者怖話