あの日私は、仕事が忙しく、いつも乗っているバスに間に合わなかった。
1時間に一度しかこないバス。
そんな田舎に住んでいた私は、村の外れにある診療所に勤務していた。
毎日毎日、お年寄り達が意味もなく、ただ皆で楽しく過ごす毎日だった。
たまに子供が転けて怪我をしたり、お年寄りが風邪で熱を出したりするくらいだ。
そんなある日、夜9時を回り、診療所を後にし、バス停に向かって歩いていると、前から女の人が歩いてくる。
遠くから見ても、女の人は凄く大きく見えた。
段々距離が縮まっていく。
見たことも無い人だった。
身長が大体1㍍80ぐらい、細長い顔に、キツい狐の様な目、髪の毛はショート、綺麗な紫色の着物を着ていた。
私は何故か目が合わせられなかった。
何故かと言うと、歩く動作がどうも普通と違う。
ロボットが歩くような歩き方をしていて、何故か足音がまるで聞こえない。
田舎道で私と、その人二人だけなのに…。
距離が近づくにつれ、私の心臓の鼓動が早くなっていく。
足の指から来る鳥肌。
そしてすれ違う瞬間、私の心臓は破裂しそうだった。
何事も無かったように、すれ違う私。
女の人も、普通に横を通り過ぎていった。
そのまま怖くて振りかえれず、100㍍くらい下を向いて歩いていた。
何事も無かった為か、極度の安堵感に駆られていた。
もう居ないだろうと振り返った時、私は安堵感は恐怖感に変わった。
何故か10㍍ぐらい後ろに、さっきの女がこちらを向いて立っている。
首を斜めに傾けては、カクッと反対に傾ける。
その動作を繰り返している。
私はどうしていいか分からなくなり、取り敢えず早歩きで逃げた。
後ろを振り向く事さえ出来ない。
足音が聞こえないから、付いてきている事さえ分からない。
恐怖で涙していた私。
足も思うように動かない。
ガシっっっ!!
肩を捕まれた。
振り切ろうと思っても、力が強く無理だった。
ゆっくりと振り向いた瞬間。
『通りゃんせ通りゃんせ、ここは何処の細道じゃ、天神様の細道じゃ、ちっと通して下しゃんせ、御用の無いもの通しゃせぬ、この子の七つのお祝いに、お礼を納めに参ります、行きはよいよい帰りは怖い、怖いながらも通りゃんせ通りゃんせ。』
この歌を、唄っていた。
悲しげな顔で、か細い高い声で…。
私は歌が終わるまで聞かされていた。
歌が終わった。
女が口を歪まして言った。
あなた、生きている意味…あるんですか?
その瞬間気を失った。
気が付いたら、バス停の前にいた、雨が降っていたのか、びしょ濡れだった。
その日以降何も無かったが、私は直ぐに転勤要望を出し、今違う場所で診療所をやっている。
あの日以来、私はまたあの女が現れるか、毎日ビクビク暮らしている。
一体なんだったんだろうか。何が言いたかったんだろうか。
怖い話投稿:ホラーテラー チョコボール中井さん
作者怖話