出張の帰り、私はとある小さな港からフェリーに乗ろうとしていた。
予定の便に乗り過ごし、次まで三時間ほどある。
かといって、車で帰るのは億劫であった。
まあ、たまには独り小さな港の待合室で、波音に耳を傾けながら、のんびり読書も良いだろう。
一時間ほどたったであろうか…。
読書にも飽きてきた私は、おもむろに煙草に火を点けた。
前方の席に女性がいる…。
席といっても座っていない。
背もたれの上部から顔だけが覗いて、まるで生首のようである。
どう見ても人間ではなかった。
私は、煙草をくわえたまま、呆然とそれを見ているしかなかった。
体が動かないのだ。
睨み付ける彼女の恐ろしい表情は、私から血の気を奪うのに余りある。
そうこうしている内に、生首は、背もたれの陰にゆっくりと降りて行き、見えなくなった。
そして、再び、ゆっくりと上がってくる。
ただし、今度は一列、私に近づいている事実が、更に私を絶望のどん底に突き落とす。
また、一列。
また、一列……。
そして、遂に、私の目の前の席の背もたれから、あの顔が覗く…。
私は恐怖の余り、全身から冷や汗を流し、ぶるぶる震えていた。
もはや、諦めの境地にいる。
だが、どうしようも出来ずに、ただただその顔を見ていた。
凄く長い時間に感じた。
そして、遂に女の生首がゆっくりと口を開く。
『…ここ、禁煙だよ!!』
…気が付きませんで…。
どうも、すみませんでした。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話