鈴の音が聞こえる―クロ―最終話

中編4
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鈴の音が聞こえる―クロ―最終話

俺達猫のネットワークは、人間が思うよりもずっと凄いものだ。

たった二日足らずで 三つ四つ程の町の全ての猫に、俺達の伝えたい事は広まったはずだ。

『血の匂いのする人間を捜せ』

伝える事は、それだけで十分。

ただの血の匂いじゃない。

殺した相手の血を浴びた者は、時間が経とうが体を洗おうが、それを隠す事はできない。

その血には恨みが混ざっているのだ。

人間にはわからなくても、俺達猫の鼻はそれを敏感に感じ取る事ができる。

あとは待つだけだ。

俺とポウが空き家の庭先に寝そべっていると、向こうからグレイの毛並みが美しい、一際目立つ猫がやってきた。

『私も協力する。』

そう言って来たのは、かつてここで暮らしていた猫のココだった。

『ココ!久しぶりじゃないか!』

『お久しぶりね、ポウ。元気だった?』

『見ての通りさ。ココも元気そうだな。』

『ええ。おかげさまで 今では三匹の子猫のママよ。クロ、あなたは全然変わってないのね!』

『そうか?』

ココはあの頃俺らの中では一番チビで、よくメソメソと泣いていた。

それが今では母親か。

泣き虫どころか堂々とした立たずまいは、男にはない強さが感じられた。

『早速だけど』

ココは、一呼吸置いてから口を開いた。

『見つけたわよ。匂う人間を。』

俺達三匹は、西の町外れのマンションの2階へ来ていた。

そこの ちょうどいいコンクリートの出っ張りに、俺達は下を見下ろしながら座っている。

いや、ここにいるのは俺達だけではなかった。

よく見ると あっちにもこっちにも様々な場所に猫がいるのがわかる。

次の伝達事項は『見張れ』だ。

そう、ただ見てるだけでいい。

『お、出て来たぜ。あれか?』

ポウの目線の先には、下の階から出てきたばかりの男がいた。

青白い顔に、目だけがギョロギョロと忙しく動いている。

『あれだな、間違いない。』

だいぶ離れているにも関わらず、男から発せられる匂いが鼻をついた。

『しかし臭い奴だな。鼻が曲がりそうだぜ!』

『ホントね。でもこの匂いは……』

『これは同族喰、だな。』

同族喰……それは遠い昔から、一部の生物を除いて禁忌とされてきた事だ。

同種を喰ってはならない……。

それが、生きている者の血に刻まれた約束事なのだ。

『あいつ、喰ったのか!?』

『思い出してみろ。あの霊は体から血が吹き出し苦しんでいただろ?

あの男は喰ったんだよ。生きたまま、少しずつな……。』

俺達が話している間にも、周りにはますます猫が増えていく。

俺達はそれから六日もの間、ただただ男を見続けた。

ただ見ているだけ。

ただし、何百という猫の目が奴を逃がす事はない。

どこにいても 何をしていても、常にたくさんの目が男を捕らえて離さない。

最初の頃は男も、抵抗したり追い払ったりしていたがすぐに引きこもるようになった。

だが それさえ男には安らげるものではなかっただろう。

猫は『どこにでも』いるんだから。

とうとう六日目の晩に、男は何か喚き散らしながら部屋を飛び出し、マンションの屋上から飛び降りて死んだ。

なんとも呆気ない幕引きだ。

猫の目には魔性が宿るという。

ならば、何百という魔性の目に見つめ続けられたあの男には、普通の人間には見えない何かが見えたのかもしれない。

俺達と同じように……。

その後俺達は割れた窓から男の部屋の中に入り、彼女の体の一部でも、と探したが見つける事は出来なかった。

その代わり 血がつき錆び付いた鈴をポウが見つけた。

『これ、あの場所に持って行ってあげてもいいかな。』

俺とココはもちろんと答え、そのまま赤い屋根の空き家へと急いだ

俺達が待つまでもなく、女の霊は現れた。

相変わらず、顔を手で覆い泣き続けている。

しかし、ポウが口にくわえた鈴を霊の足元へそっと置くと 女は鈴を拾いあげた。

そして、愛おしむようにそれを胸の前で握りしめてから、俺達の頭を順番になでていった。

錆び付いていたはずの鈴は、彼女の手の中でチリチリと美しい音をさせている。

もう 体から血を吹き出させる事もなく、彼女は霧のように消えていった…。

『なぁ、なんで俺があの人を気にしていたかって言うとな。

なんか……前の飼い主にちょっと似てたんだよな。』

帰り道で ポウが呟いた。

ポウが言う前の飼い主とは、ポウの事を「捨てた」飼い主の事だ。

ポウはその事を恨んだりしていない。

ただ悲しいだけだ。

『知ってたさ。』と俺は答えた。

ココも頷いていた。

ポウは 『そうか』と一言、照れ臭そうに言っただけだった。

それからしばらく何も言わずに歩いていたが、唐突に俺は恐ろしい事に気がついてしまい 立ち止まった。

『おい、大変だぞ!

俺達、家に帰ったらめちゃくちゃ怒られるんじゃないか!?』

二匹ともハッとした顔で立ち止まる。

霊や殺人鬼よりも怖いもの……。

それは飼い主だと気づいた三匹であった。

終わり

怖い話投稿:ホラーテラー 桜雪さん  

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