まずお断りいたしますが、これは怖い話ではありません。
そもそも、自分は怪奇の多くを信じていません。
理由の半分は理屈に合わないからで、もう半分は本当だったら怖いから。
そんなスタンスですので、肝が冷えるような物語をお求めなら以下の本文をスルーしてください。
私が語るのは、金縛りにまつわる体験談です。
金縛りというのは大雑把に説明すると、体が沈静状態にあるのに脳の意識をつかさどる部位が活発化して起こるそうです。
経験者には共感できるかもしれませんが、まず麻痺するような圧迫感に始まり、全身の脱力感、呼吸不全、視界が利かないにもかかわらず屋内をイメージしたり居もしない存在を感知してしまったりといった症状を呈します。
その日の金縛りは非常に執拗でした。
身体の状態でありながら執拗という言葉を用いるのは違和感を感じられるかもしれませんが、そう表現するのがふさわしい一晩でした。
まず、一向に状態が改善しない。
いつもなら、数分~数十分の煩悶ののち、心身ともに覚醒状態となり、寝返りのひとつかふたつもうてば治まります。
ところがその日に限ってその症状がやけにしつこい。
意識が半眠状態におちるたびに身体の上面に硬い圧迫感を感じる。
呼吸が苦しく、聴覚がやけにざわつき、眉間に物理的でない刺激を感じて覚醒に引き戻される。
ずいぶん消耗しながら、深夜布団に包まり、闇の中自分を圧迫する存在を探りました。
ほかの方はどうだか知りませんが、自分の金縛りは、圧迫感がやけに具体的で、仰向けのときなどまるで胸部に正座されているように感じます。
一度そう認識してしまうと、次に来るのは恐怖感です。
脳が勝手にひねり出して作成した胸の上の人物が、不気味でなりません。
これは幻覚だと言い聞かせても、無論圧迫は収まりません、勢いづいた想像は坂道を転げ落ちるように加速します。
胸部の圧迫面積から小柄な人物を連想し、耳元のざわつきはしわぶいた年寄りの声となり、眉間に感じる触覚でない刺激はその人物が叱責交じりにぴしゃりとやる体罰に思えてきます。
ここまでの情報で連想したのは、体躯の小さい老婆。
結局この老婆にどれぐらいでしょうか、体感で数時間ほども苦しい思いをさせられてしまいました。
ずいぶん消耗させられ、その明け方に何とか眠りにつきました。
その翌々日だったと記憶しています。
だしぬけに、父方の伯母から電話がかかってきました。
当時すでに古臭かった黒電話の受話器を取り上げ、何事かとたずねますと、
「先日のおばあちゃんの一回忌、あなたも来られるって聞いてたから連絡してみた」
と言うではありませんか。
ここではっと気づき、寒気が背筋を駆け抜けた……とでもなれば様になったのですが、金縛りで感じた老婆の気配と祖母の一回忌、私がその二つの出来事に関連性を見出したのはそれから5年程も経ってからでした。
それも昼日中の列車内、準急列車のロングシートに腰掛けながらですので、怖気は一瞬で足元を抜けて消え去り、後に残ったのは「あちゃあ」という遣る瀬無さであり、次に来たのは「おばあちゃんに悪いことしちゃったかなあ」という悔恨の念でした。
当時祖母は父の兄一家と住んでおり、自分も専門学校に通うためその近隣に一人暮らしをしておりました。
成人し、引っ越してからは離れた距離の分精神的にも隔たりができ、伯父一家とは疎遠になっていました。
不義理の手前、今さら祖母の墓参りする気にもなれず、以後祖先に手を合わせる機会がある度に生前交流薄いながらも優しかった祖母を悼んでおります。
まだ予定はありませんが、いつの日か墓前に参りたいと思っています。
まとまりのない長文の投稿、失礼しました。
怖い話投稿:ホラーテラー 陽光さん
作者怖話