これは祖父のそのまた祖父から聞いた話。
曾曾祖父が友人と酒を飲んでいると、ひょんなことから化け狸の話になったことがあるそうな。
なんでも近頃、こんな海辺の村で狸に化かされる者がでたらしい。
この前は向かいのじいさんが魚を取りに出て気がつけば木の上にいたとか、
その前は、隣の家の嫁が飯だといって泥だんごをだしたとか。
なんとも妙なことをする。
それでもって、最近辺りに狸がではじめた。
あぁ、こりゃ化かされてんだな、という具合に話が進み、まわりで飲んでいた連中も耳に覚えがあったのか、
会話に口を出してきた。
やれうちのかみさんが猫を洗って干そうとした、
やれ息子が誰もいないのに追いかけっこをはじめただの・・・。
あげくに気付けば財布の中身が空っぽだったなんて実のところが分らない話をし出す者までいて、
たいそう盛り上がったそうな。
だが酒がまわってくると余計なことを口走るようになる。
曾曾祖父の友人はその手の性質だったらしく、
狸なんぞに化かされるなど情けない
などと大声でのたまった。
これに気を悪くした連中もいたようで、
自分が化かされたことがないからと大口をたたきやがる。
などとケチが付き始め、危うく喧嘩になるというところで一人の男がこう提案してきた。
なんでもお山の寺に狸の巣があるらしい。そこで盗んだ酒を使い毎晩酒盛りをしてるとか、
化かされないというのならその宴会にのり込んでみろ、と・・・。
すっかり酔っぱらった友人は、狸が酒盛りなど生意気なと言わんばかりに飲み屋を飛び出していった。
ところが一刻もたたぬ内に顔面を真っ青にして戻ってくると、曾曾祖父に家まで送ってくれと頼み込んできた。
周囲の者は大声で笑ったが友人はおびえた様子で相手にしない。
何があったかを聞いても首を振るばかり。仕方なく曾曾祖父は友人を家まで送り届けたそうな。
翌日、友人の嫁が曾曾祖父の家に駆け込んできた。
なんと厨房にあった食いもの一切が消えてしまったという。それどころか、帰って以来布団で震えていた友人まで姿がないとか。
慌てて様子を見にいくと友人が家の前で呆然と立ち尽くしている。少々安堵して、今までどこにいたと尋ねると、
飲み屋を飛び出してそのまま路上でねてしまった。
などとぬかす。
そんな馬鹿な、昨日家まで送ってやったろ?
と聞くがそんなことは知らんの一点張り。どうにもおかしい。そこで気付いた、
こりゃ、化かされたかと。
友人はとんでもない目にあったが、酒のつまみにはおいしい話だと曾曾祖父はまた飲み屋に顔を出したそうな。
するとあの時話をした連中が声を掛けてきた。曾曾祖父がことの顛末を語ってやると、男が真面目な顔をしてこういった。
あの時の話だが、お山の上の寺などと言ったのは誰だ?この近くに寺なぞないぞ。
なんと、確かにその通りである。寺どころか山すらない。いくら酔っていたとはいえ、
こんなことにも気付かないとは。曾曾祖父も気恥ずかしかったそうだが、さらに飲み屋の亭主が口を挟んでこういった。
あの日のお客さんで、誰か飲み代払ってないやつがいるね。代わりに葉っぱなんぞ置いてきやがった。
亭主もいささか気味が悪そうだったが、曾曾祖父達も頭を抱えた。
なんともまぁ、どうやらそろいもそろって化かされた様子。
あまりのちょろさに狸も呆れたか、以降狸を見る者は居なくなったとさ。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話