【重要なお知らせ】「怖話」サービス終了のご案内

中編7
  • 表示切替
  • 使い方

佐藤

wallpaper:22

毎朝、テレビのニュース番組の占いコーナーを見てから出勤するのが俺の日課だ。

nextpage

「今日もっとも悪い運勢は、ごめんなさい、牡羊座のアナタ。突然のアクシデントに見舞われそう。今日は一日、身の回りに注意して過ごしてください。でも安心してください、そんな牡羊座さんの今日のラッキーアイテムは、イナゴの佃煮です!」

nextpage

また微妙なラッキーアイテムだな……。

今日一日最悪の運命を宣言された牡羊座の俺は、気を取り直して出掛けることにした。

あまり気にしないけど思わず見てしまう。占いとは不思議なものだ。

nextpage

wallpaper:51

最寄り駅に着くと、ホームは電車待ちをしている人々で混みあっていた。通勤時間帯はいつもこんな感じだ。

俺は満員電車をパスして、この駅始発の電車が来るのを待つ。ちょうど列の先頭になれたのがありがたかった。

nextpage

電車を待っている間、スマホをいじって昨夜の彼女とのメールのやりとりを読み返す。

ハア……。

俺が深いため息をついた、ちょうどその時だった。

-ードン!

いきなり背後から強い力で押され、危うく俺はホームから転落するところだった。

nextpage

「おい!何すんだ!」

振り返りながら思わず叫ぶと、高校生らしき男がヘラヘラしながら、

「あ、さぁせ~ん」

といい加減な感じで謝ってきた。

nextpage

後ろには彼の連れらしき男が二人ほどおり、

「おい佐藤、馬鹿、なにやってんだよ~」

と、同じくヘラヘラした口調で彼に話しかける。

「ざけんなよ、お前らが押すからだろ。マジむかつく」

佐藤と呼ばれた青年は、早くもこちらの存在など忘れたような様子で連れと絡んでいる。

『この野郎!人のこと殺しかけておいて、何だその態度は!』俺は思わず叫んだ。

心の中で。

だってコイツら三人とも柄悪そうなんだもの。

小市民な俺は、その場でそれ以上揉めるのは止め、大人しく会社に向かった。

nextpage

wallpaper:1456

いつも通りの時刻に会社に着くと、いやに人が少ない。スマホを見てみるとメールが大量に届いていた。

同じ部署の部長、同期、事務の女性からだったが、皆体調不良のため休む、という内容だった。

珍しいこともあるものだ。

「なんか風邪流行ってんすかね~?」

背後から部下の佐藤が気の抜けた声をかけてくる。

nextpage

「おい佐藤、スーツの襟(えり)が立ってるぞ。ネクタイも緩み過ぎだ。あと寝癖なんとかしろ」

-ーあ、いけね。

そう言って佐藤は頭をかく。

悪い奴ではないのだが、だらしなさが目立ってついつい口うるさく注意してしまう。

nextpage

「あ、そうだ。11時から取引先の担当が来社するから、悪いけど二人分コーヒー出してくれるか?」

いつもは事務の女性にお願いをしていたのだが、休みなので佐藤に頼んでおく。

-ー了解っす。

佐藤は手を額の辺りに当て、敬礼の姿勢をとると自分のデスクに戻っていった。やれやれ。

nextpage

11時になると取引先の担当者がやって来た。挨拶をしながら打ち合わせ室に移動する。商談前の軽い世間話をしていると、コンコン、とドアがノックされた。

nextpage

「失礼します」

佐藤がティーカップに入れたコーヒー、それと砂糖とミルクをお盆に載せて、部屋に入ってきた。

俺は世間話を切り上げて商談に入ることにする。

佐藤は受け皿にティーカップを載せて、担当者の前に置こうとしている。

nextpage

ーーカタカタカタカタ……

おいおい、やたら震えてるけど大丈夫か?こぼさないよう慎重になるのはいいけれど……。

って、なんでわざわざ縁までなみなみと入れてるんだ。表面張力の実験みたくなってるじゃないか。

ふるふるふるって……お、揺れが止まった。意外とバランス感覚がいいな佐藤!

nextpage

思わず感心していると、

ーーバシャッ

「あ……」

「うわっ熱っ!」

足をもつれさせて、担当者の顔に盛大にぶっかけた。

最悪だ。

nextpage

青ざめる佐藤にタオルを取りに行かせ、俺はとにかく担当者に頭を下げ続けた。

彼は口では大丈夫ですよ、と言っていたが目が笑っていなかった。

その後の商談も散々だった。

nextpage

肩を落としてオフィスに戻ってくると、他部署の女性から大声で名前を呼ばれた。

「○○商事の佐藤部長からお電話です!なんか怒ってるみたい……」

なんだなんだ次から次へと。

nextpage

「はい、お電話代わりました。いつもお世話にーー」

「おい!先日発注したアレ、今日の朝イチが納期だったろう!まだ搬入されとらんぞ!」

受話器から大音量の怒号が響いて思わず耳を離す。

「え、あの、おっしゃっている商品の納期は来週末のはずでーー」

「いいからとにかくこちらへ来てくれ!事情を説明してもらわにゃ!今すぐだぞ!」

ガチャン!

一方的に電話が切られた。

nextpage

そんな馬鹿な。

○○商事はお得意先で、間違いがないよう納期は再三確認したはずだ。それこそメールやFAXでも記録が残っているはず。そう思って確認すると、やはり来週末が正しい。先方の勘違いだ。

nextpage

しかし、○○商事の佐藤部長は一度頭に血が上るとなかなか冷静にならない質(たち)だ。

今すぐ来い、と言う以上、いくら電話をしても取り合ってくれないだろう。

ハア……

俺はため息をついて外出の支度をする。

nextpage

wallpaper:25

会社を出ると、最寄りのバス停に向かって小走りで進む。今なら次のバスにちょうど間に合うはずだ。

あの曲がり角を曲がればすぐにーー、

nextpage

キキーーー‼

曲がり角の影から大型のトラックがけたたましいブレーキ音を響かせながら突っ込んできた。

「うわっ!」

とっさのことに、俺は妙な格好のまま固まって、その場で立ち尽くしてしまった。

そんな俺の目と鼻の先で、車体を横向きにしたトラックが停止した。俺は腰を抜かしてその場にへたりこんだ。

nextpage

と、急ブレーキの影響で、荷台に乗っていた巨大な白い袋がグラリと傾いたかと思うと、俺に向かって落ちてきた。

呆然としている俺の肩に衝撃が響く。肩先に袋がかすったのだ。俺はその衝撃で後ろ向きに倒れ、道路に頭と背中を叩きつけられた。一瞬呼吸が止まる。

nextpage

それでもなんとか体を起こすと、さっきの白い袋は破れ、中から大量の白い粉が溢れ、道路を染め上げていた。

トラックのドアには「株式会社××砂糖」と書かれていた。

nextpage

辺りは一時騒然となった。

野次馬の誰かが119通報をしていて、ほどなく救急車が到着した。

事故を起こした運転手は軽症だったようだ。俺も目立った怪我はなかったが、倒れて頭を打っているので、病室に搬送されることになってしまった。

その前に○○商事に電話して事情を話す。さすがに佐藤部長も心配してくれた。加えて、納期も勘違いだったことを詫びられた。やれやれ。

nextpage

wallpaper:1063

しかし……

救急車の中で横になりながら、俺は朝からのことを考えていた。

自宅の最寄り駅で、ホームから突き落とされそうになった。犯人は佐藤と呼ばれた高校生。

会社で、取引先の担当者にコーヒーをぶっかけて機嫌を損ねる。犯人は部下の佐藤。

そしてさっき、交通事故に巻き込まれかける。きっかけは○○商事の佐藤部長の勘違い。それにトラックの荷台から落ちてきた砂糖に潰されかけるーー

nextpage

佐藤、佐藤、佐藤、砂糖……

最後のはこじつけっぽいが、いずれにしろ佐藤がらみで今日はひどい目に遭いすぎている。

朝の占いで言っていた今日の最悪の運勢は、「佐藤」という一定の方向から俺にもたらされるのか?

nextpage

まさか、な……。俺は自嘲した。

と、同時に救急車が急ブレーキ。俺の横に付いてくれていた救命士がバランスを崩し、俺のみぞおちに腕をめり込ませてくる。

ーーぐはぁ!

息が止まった。

nextpage

すみません、と慌てて謝ってくる救命士。ネームプレートには「佐藤」の文字。別の救命士が運転手に向けて声を張る。

「ちょっと佐藤さん!患者さんいるんですから安全運転してくれなきゃ困りますよ!」

nextpage

wallpaper:1443

病院に着くと、俺は頭を打っているということで、念のためMRIを撮ることになった。

そちらは問題なかったのだが、問題はむしろ先ほどの救急車内での腹パンで、しっかり肋骨にヒビが入っていた。そんな馬鹿な。

nextpage

急遽短期で入院をすることが決まってしまった。

そしてその後も、診察で他の患者のレントゲン写真と俺のを間違えて、「これは……」とか深刻な顔をして俺を怯えさせた医師の名前、佐藤。

他の患者と間違えて、検査のためと言いながら俺から大量に血を抜いていった看護師、佐藤。

トイレで転んで、検尿カップの中身を俺に浴びせてきた患者のじいさん、佐藤(カップに名前が書いてあった)。

nextpage

wallpaper:633

様々な災難に見舞われ、俺はぐったりしてベッドに横たわっていた。

ああ、ちなみに俺の隣のベッドで、今、大音量で音楽を聞いている迷惑な若者の入院患者も佐藤だと。

nextpage

時計を見ると、21時前。

あと3時間ほどで今日が終わる。

日付が変われば俺の今日の最悪の運勢(by佐藤)は終わるのだろうか……。

そんなことをぼんやり考えていると、病室の入り口に見舞い客らしき人影が現れた。

nextpage

ああ……。

それは同じ会社に務めている、俺の彼女だった。

直接連絡はしていなかったが、救急車で運ばれることになった時に会社に電話を入れたので、誰かから俺のことを聞いて来てくれたのだろう。

ありがたい。

nextpage

ーー俺の浮気がばれて、昨日の夜から彼女が鬼のように怒っている状況でなかったなら。

nextpage

ーー彼女の名前が、佐藤亜利砂でなかったなら。

nextpage

あと3時間。

今日が終わるまで、俺は無事でいられるだろうか……。

Normal
コメント怖い
24
44
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ

トド様、いつの間にやら大事になってまして……。

返信
表示
ネタバレ注意
返信

紅茶ミルク番長様、ありがとうございます!さぞお珍しいご本名なのでしょうか……。

返信

綿貫様はじめまして、怖話でも地味で静かな山田花子的存在の
紅茶ミルク番長です!

イナゴの佃煮をオススメされて、欲に負け、仕事をさぼって読みに参りましたw
(りこさんだったかな???)
そして怖面白かったですw
ちなみに私は、苗字・名前共にまだ同じ方と出会ったことがありません…w

返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信

mami様、そうですね。それさえあれば…。

返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信

これはww!
遺書を書くしかない怖さ!
いやー怖い(;´д`)

返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信

初めまして。佐藤さんいやごめんなさい。錦さん。羅漢です。
佐藤さん確かに多いですね。私も以前佐藤さんに、色々酷い目に遭った事思い出して読んでました。
怖くはありませんが、大変ためになる作品でした。ありがとうございました。

返信

ロビン様、か、書いていただけるなら……。

返信

ぞ、続編書いてもいいですか?…ひひ…

じょ、冗談です!安心して下さい♪

佐藤 M太郎より

返信
表示
ネタバレ注意
返信