祖母から聞いた話。
白浜町の見草という地区から、しばらく山の奥へ入っていくと小さな池がある。
その辺りは昔から人が寄り付かない、とても寂しいところだったそうだ。
nextpage
wallpaper:85
戦前の話らしい。
その池の近くに、田辺から一人の炭焼きがやってきた。
「こういう人気のない所の方が、上等な木ィが仰山ある」と考えたらしい。
小屋掛けをし炭焼き窯を拵え、早速仕事に取りかかったそうだ。
nextpage
昼間は辺りの木を伐り、伐った木に楔を打って真っ直ぐにする。それらを束にして窯の中に立てて入れ、窯に火を付ける。
普段ならば、それで立派な炭が出来ている筈だった。
nextpage
しかし、翌朝になって炭焼き窯の中を見てみると、入れておいた木は全て燃え尽き、灰になっていたそうだ。
やり方を変えて試しても、どうしても上手く炭にならない。
nextpage
wallpaper:187
ある晩、
「今日こそは成功させたるぞ」と、
いつも通り窯に火を入れてから、その前に座って不寝番をすることにした。
nextpage
やがて時間が経ち東の空が白んできても、窯に変わった様子は見当たらない。
「上手いこと行きそうや」
胸をなで下ろして、窯の中を覗いてみた。
nextpage
しかし、
これまでと同様、窯の中に炭は一切残っておらず、全て灰になっていたそうだ。
「おかしいなぁ」流石に男は首を捻った。
どうしても納得いかず、炭焼き窯の周りを見回してみると、
nextpage
小さい子どもの手や足の跡が、ペタペタと窯一面にびっしりついていたそうだ。
男は震え上がり、小屋も窯もそのままに、そこから逃げ出したということだ。
nextpage
wallpaper:1
separator
祖母が白浜町在住の友人(同年代)から聞いた話らしいです。
見草の辺りではよく知られた話で、今でも池の近くに炭焼き窯の跡が残っているそうです。
しかし、手や足の跡を付けた正体については、よく分からないとのことでした。
作者岩坂トオル