これは、私がある女の子から聞いた話。
「ねえ、ホシガリサマって知っている?」
A子は私に聞いてきた。
中学校3年生の冬だった。公立の中学校に行っていた私たちは、高校受験も追い込みで、ピリピリとしていた。
私とA子は中学校1年生来の友達で、積極的なA子に誘われるがままにいろいろなところに遊びに行って、結構楽しく過ごしていた。
今日も、二人で図書室で受験勉強をしていた。たまたま私達以外の利用者がいない珍しい日だったので、私たちは他愛もないおしゃべりをしながら勉強をしていた。
「ホシガリサマ?」
私は知らない、と頭を振った。
「おまじないの一種なんだけどさ
○○神社、知っているでしょう?あそこの奥におキツネ様がいるの知っている?
お稲荷さんていうの?そこにある特殊なお参りの仕方をするとどんな願いでも叶うんだって」
「へえ・・・」
「で、そのお参りの方法なんだけど・・・」
A子は私に詳しくお参りの仕方を教えてくれた。○○神社は、この辺じゃちょっと有名な神社だった。
私もA子からそのお参りの仕方を聞いたけど、ここではある理由で詳しく書けない。
ただ、通常とは逆の順番でお参りをするような方法だとだけ言っておく(本当は幾つか用意しなければならないものがあるのだ)
「変なの。それで願いが叶うの?」
「そう、でも、一つだけ困ったことがあるの。
このおまじないをした男の子がいてね、
その子は最新のゲーム機が欲しくて、それをお願いしたの。そうしたら、次の日の夜、お父さんが「社内ビンゴの景品で当たった」と言って、そのゲーム機を持ってきたので、大喜びよ。でもね、その日から三日後くらい。あまりにゲームをやりすぎていたので、その子はお父さんに怒られちゃって。それで、言い争いになって「もうお父さんなんて大嫌い」みたいなことを言ったの。
その日、その子が眠ると、夢の中に和服を着た小さな女の子が出てきて、その子は小さな手を出してこう言ったの
『イラナイのだったら、アナタノタイセツナモノチョウダイ』
『オトウサン チョウダイ』って
その子は腹を立てていたので、「いいよ」って言ったの」
あ、なんかオチがわかった気がする。
A子は続けた。
「その夢を見た次の日、その子のお父さんは交通事故で死んでしまったの」
「ホシガリサマの困ったところはここなのよ。お願いした後、何かをいらないと思うと強引にそれを取っていってしまうの。ホシガルの」
「それって、怪談とか都市伝説みたいなものなんでしょう?」
A子は受験勉強で疲れたから気分転換にこんな事を言ったのだろうと私は思った。
「ふふ、面白かったでしょう?」
「でも、それなら、大事じゃないものをあげればいいんじゃない?」
私は言った。
「そう考えた女の子もいたのよ。その子は好きな男の子に振り向いてほしくて、ホシガリサマにお願いしたの。そうして、わざと特に大事じゃない物を、そうね、目覚まし時計を『いらない』って言ってから眠ったの。そうしたら、ホシガリサマが出てきた。
『ネエ イラナイならソレチョウダイ』って。
その子は「いいよ」って言った。
でも、ホシガリサマはちょっと怒ったように言ったの。
『コレ、ダイジナモノじゃない。ワタシもイラナイ。ワタシ、ベツのがいい』
そして、その「何か」は、よく聞き取れなかったのだけど、「何か」をチョウダイっていって手を出してきた。
その瞬間、女の子は汗びっしょりで起きたの。男の子の話を知っていたその子は慌てて家族の異常を確認したわ。でも、みんな生きていた。
ただね、」
A子の話には熱がこもっていた。私も思わず、ゴクリと息を呑む。
「ただ、飼っていた犬が、食中毒で死んでいたの」
「そんな…」
「つまり、大事じゃないものをあげようとすると、何か別の大事なものをホシガルの。多分、命をね。」
「こわ!」
私は怖がってみせた。
受験勉強の余興には丁度よかった。
その日、帰り道、私はA子と駅まで一緒に歩いていた。A子がふいに口を開く
「実はね、私、お願いしたことあるの。この話を知っていたのにね。お願いは他愛もないもの。その時、好きだった男の子と付き合えますように、って」
「え?」
私はA子が声のトーンを落として真面目に話すので、本当のことかと思った。でも、すぐに、冗談だと気づいた。さっきの話の続きで私を怖がらせようとしているんだ。
「冗談でしょう?」
「ううん、さっきの女の子は実は私の事。犬のメイ、大事だったのに死んじゃった。私、悲しかったんだ」
A子はまだ話し続ける。なんだか様子がオカシイ。
冬の日が落ちるのは早い。すでにあたりは真っ暗だ。コートを着ていても、冷気がしみてくる。
駅までの間の、少し寂しい道に差し掛かる。
「それも、お話なんでしょう?」
私はA子に言った。このなんだか嫌な雰囲気を変えたかった。
「私、思いついたんだ。ダイジナモノをなくさないで願いを叶えて貰う方法。大事じゃないものを大事にすればいいんだって。」
「私、どうしても行きたい高校があるの。その男の子が行く高校。あの人は推薦で受かってしまった。
私どうしてもその学校に行きたいの。だから、一昨日の日曜日。ホシガリサマのところに行ったの。」
街灯の下、A子は立ち止まる。私の方を見る、その目に前髪の影が落ちる。
「私ね、ホントはあなたのような子、あんまり好きじゃないんだ。暗いじゃない、あなた。
でも、あなたは私が友達でよかったでしょ?」
「何を…言っているの?」
「あなたのこと大事にしたわよ。色んな所にも連れて行ったし、最初はタイプじゃなかったけど、いいところもあるなと思ったの、ホントよ。」
「でも、あの人と同じ高校に行くことに比べれば
…あたなは『イラナイ』」
A子はニッと笑った。
「私、学校に忘れ物したから、先帰っていて」
A子は踵を返して暗闇に消えていった。
私は混乱した。A子は願いを叶えてもらうためにタイプでもない私をわざと友達にしたということ?
3年間大事に付き合って、ダイジナモノに仕立て上げて、それで、殺そうと。
私は怖くなって走り出した。でも、A子の話が本当なら、今夜A子が寝たら…。
その夜、私は眠るのが怖くなった、なかなか寝付けなかった。手足が冷たくなっていた。
結局、最終的にはA子の作り話だろう、と自分を納得させて、やっとウトウトと眠りについた。
果たして、次の日、私はちゃんと目が覚めた。体にも異常がない。
ほっとして、身支度して学校に行く。
私が学校についたとき、なんだかみんなが騒がしかった。
「どうしたの?」
私が聞くと、学級委員のB男が声を潜めて言った。
「A子が自殺した」
「え?」
「正確には分からないんだけど。朝、電車のホームから落ちて電車に轢かれた。でも、見ていた人は『自分で落ちたようだった』って言ってるんだ」
「あ、」
私は思った。
ホシガリサマ、A子にとって私が大事じゃないって、ちゃんとわかったんだ、って。
それで、代わりにA子にとって大事な命、A子自身の命を奪ったのだと。
彼女の話はこれでおしまいです。
このA子が彼女に話したホシガリサマの話は本当かわかりません。
その神社もおまじないの方法も私は知っていますが、きっと、そのオマジナイはしないほうがいいと思います。
作者かがり いずみ