中編7
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若きウェルテルの悩み

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雲ひとつない快晴を、

踏切の鐘が巡っていた。

iPhoneが震えて確認すると、

また新しい伝言が届いている。

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「肩コリ酷太郎 様

初めまして、そして、

あけましておめでとうございます。

近頃のあなたの作品はまるでやる気がなくなったみたいで全然面白くありません。

もしかして幸福になったんでしょうか?

死について今、どのようにお考えですか?」

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自殺を主題に扱っていると、

共鳴の(あるいはお叱りの)メッセージを頂くこともある。

誤解されることもあるけれど私は、

“死にたくなってあたりまえ”とは書いても“死んであたりまえ”とはまったく考えたこともない。

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「僕があなたの話を好きなのは文学気取りの鼻につく綴り方だからじゃありません。

人がちゃんと死んでくれるからです。

あなたは今まで幾らの登場人物を殺しましたか?

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刺し殺し、

溺死させ、

飛び降りさせて首を吊らせて、

自動車事故でバラバラにしたこともあれば、

電車に轢かせたこともありましたね。

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いつもすごく楽しみにしていたのに、

近頃はあんまり殺してくれない。

もっともっと殺してくれないと、

我慢できなくなってしまいます。

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この意味がわかりますか?

わざわざ創作で満足してやってるんだから、

お前はもっともっと殺さないといけないんだよ。

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殺せよ。

殺せ殺せ殺せ殺せ」

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ちょうど同じ頃、

新宿で首吊り騒ぎが起きていた。

あの南口周辺では以前にも、

ほとんどまったく同じ場所で焼身自殺が図られている。

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フィクションの殺人小説なんか必要じゃないくらい、

この世界は絶望に塗れている。

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“命のはじまり”はどこか?

身も蓋もない言い方をすればそれは、

精子と卵子が結合した瞬間だ。

遺伝子が絡み合い、タンパク質が練り込まれ、

細胞分裂が繰り返されることで人体の生成が進行する。

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いのちの定義は科学と哲学の本来的な課題だが、

どうやら今のところ「自己複製が出来る」ものを“生命”と呼称している。

私達は脳が造形される遥か以前、

心の在処の彼方から、

“生きる”ことを指向して存在を始めた。

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生きる意味、そうして価値とは、

思考の外側から前提として投げつけられている。

言語の裏、論理の向こう、イデオロギーの届かない遠くで、

私達は既に位置づけられていたのだ。

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“これ以上、考えてはいけない”という断崖がある。

ヒトの思考の限界値。

生命とは何か?

その価値は、意味は?

踏み留まれない者達が、飛べない空へ落ちていく。

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雲ひとつない快晴を、

踏切の鐘が巡っていた。

iPhoneが震えて確認すると、

また新しい伝言が届いている。

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「肩コリ酷太郎 様

さっき忘れてましたが、

訪れて欲しいところがあります。

○○県の××市、▽▽村、

僕の出身地です。

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この時期は酷く凍える土地ですが、

駅を降りてすぐの□□食堂のアジフライは絶品です。

帰省すると僕はよくそこで、

刺身と熱燗に時間を潰したものでした。

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地元民に“跳び箱”は何処か尋ねてみてください。

そこであなたを、

いつまでも待っています」

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で、行ってみた。

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××市の無人駅を出るとすぐ定食屋に出会う。

アジフライを注文して、ついでにビールも頂いた。

揚げたての食感は絶品で、冷えた指にぬくもりが戻る。

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店主は張りのある40代くらいの男性。

“跳び箱”について訊くと、

「誰に教わったか知らんがやめときや」

と苦笑いで言われた。

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“跳び箱”って何なんだ?

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遥かやまなみのさんざめく、県道をとぼとぼ歩く。

“分け入っても 分け入っても 青い山”

やおら山頭火、喉にわだかまる。

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右の後輪がボコボコと異音で軋めく軽トラをヒッチハイク。

70代くらいだろうか、前歯が4本しか無いおっさんと交渉。

缶コーヒー1本で“跳び箱”まで連れて行ってもらえることに。

助手席には古いエロ本が300冊ほど積まれていたので、

荷台に乗って空を眺めた。

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運転席のカップホルダーにワンカップが置かれているのを目撃した時点でかなり不安だったのだが、

案の定、およそ80キロ超の速度で県道をうねうねとかっとばしていく。

飛ばされないだけで精一杯で、生き延びるという他には何も考えられない。

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荷台の外枠を掴んで耐えるのだけれど、そもそもその枠が振動していて上手く掴めない。

荷崩れ防止に使うゴム紐が枠に残っていたのでこれを手首にぐるぐると巻いて踏ん張った。

ちょっとした旅でこれほど命の危険に曝されるとは。

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“跳び箱”に到着。

おっさんはとっとと帰ってしまった。

そこは、県道から少し外れた山奥の神社。

すぐ隣になぜか灯台が建っている。

海からはずいぶん離れているのに。

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木造の小さな神社で、

境内に入るとすぐ責任者らしき人物が現れた。

初老でジャージ姿の男性だが、神主らしい。

「どんな御用ですか?」

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「ちょっと待ち合わせをしていまして。

“跳び箱”ってのはどちらですか?」

「……じゃあ、あなただったんですね」

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それから神主が私に見せたのは、

ジップロックに保存されている、

干からびた“耳”だった。

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「先日、亡くなった佐藤様です。

あなた、怖バナというサイトの投稿者ですよね?」

「え…あ、はい」

「もし訪問があれば必ず御案内するよう頼まれていました。

本体のほうは棄てましたけどね」

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そのようにして私は、佐藤という人物が亡くなった場所へ案内された。

高さ20メートルほど、寒風流る灯台のてっぺん。

周囲は冬山が連なるばかりだ。

手摺りを掴んで地上を覗き込むと、

薄汚れたコンクリートの溝があった。

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神主さんが投げやりに言うには、

「いっそのこと、すべて暴露して欲しいんです」

とのことで、

確かにその灯台の立地はどう考えてもおかしかった。

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海岸線まで最短25kmは離れているということもまず疑問だけれど、

輪をかけておかしいのは真下のプール。

灯台のぐるりに幅4メートルほどの浅い溝があり、

そしてそのプールのコンクリには赤黒い染みが広がっている。

一昨日の雨が溜まっていないので、おそらく排水口が設置されているのだろう。

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「佐藤さんはここで亡くなったんですよ。

あなたを呼んだ理由は知りませんけどね」

……そうか、この灯台が“跳び箱”だ。

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謎の灯台、そして汚れの流しやすいプール。

神主の告白によると、

この土地は自殺志願者には非常に有名らしい。

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「誰も止めないんです」

そうして驚くべきことに、

老人を突き落とすこともあるという。

地元警察は気づかないフリを続けている、

何十年も昔から。

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不思議なことに、

突き落とされることが明白であるにもかかわらず、

灯台への道で老人はまったく抵抗せずまるで当たり前の散歩のように世間話を広げるそうだ。

これは信憑性の高い情報で、何故ならば、

神主の両親はそのようにして、彼自身が殺した。

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およそ9年前、とある女性タレントがドアノブで首を吊った。

当時この国での一日平均の自殺者数は84人程度だったが、

彼女の訃報が流れてしばらくは120人以上に膨れあがった。

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この灯台はおそらく、バレてはいけない場所なのだ。

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神主の教えてくれた次第では、この“跳び箱”で死ぬのは一年で200人ほど。

最も多いのは20代~30代の女性、次が中年の男性。

灯台のプールへ身を投げると高確率で死ねるけれど、

死に損ねた際には地元の者が発見次第、

耳に鉄火鉢を刺して脳を掻き混ぜる。

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死に損ねても殺して貰える。

大人気の理由だ。

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年間200人、当然“利用者”が重なることもある。

連休明けの火曜日に自殺者が3人、列を成して待機していて、

結果的にその夜、神主は、二桁の遺体を処理したそうだ。

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たいていはダムへ沈めるが、

場合によっては山に埋めることもある。

死体さえ見つからなければ村は安全だ。

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うんざり。

もう帰ろうと歩き出すと、

「いつでも警察に連絡してくださいね」

と神主が笑顔で言うから、

「てめぇでやれよ」と返すと、

「めんどくさいんです」とのことだった。

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私の産まれる85年前、

関東のとある地方、ひとつの滝でひとりの学生が死んだ。

彼が『巌頭之感』と称し木に彫りつけたのは以下の遺書である。

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×××

悠々たる哉天壤、遼々たる哉古今、

五尺の小躯を以て此大をはからむとす。

ホレーショの哲學竟に何等のオーソリチィーを價するものぞ。

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萬有の眞相は唯だ一言にして悉す、

曰く、「不可解」。

我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。

既に巌頭に立つに及んで、胸中何等の不安あるなし。

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始めて知る、大なる悲觀は

大なる樂觀に一致するを。

×××

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“これ以上、考えてはいけない”という断崖がある。

ヒトの思考の限界値。

生命とは何か?

その価値は、意味は?

踏み留まれない者達が、飛べない空へ落ちていく。

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飛べない空へ落ちていく。

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