私は、チャーハンが食べられない。
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そう言うと、大抵は不思議がられる。
具材が苦手なわけでも、アレルギーがあるわけでもない。
……チャーハンを食べると、決まって夜中に、母が夢枕に立つからだ。
子供の頃のことだ。
休みの日、母が近所の生け花教室に行く日だけ、父の焼き飯が振る舞われた。
父がよく作ってくれたのは、お醤油がじゅっと焦げた、ネギとハムくらいしが具のない、よくかき混ぜられてねっとりとした焼き飯だった。
不思議なもので、それは子供だった私に特別美味しく感じられた。もちろん、母の作るふわっとした卵やカニカマ入りのチャーハンも美味しいと思っていた。
けれど、夜勤や残業で滅多に家にいない父の作る焼き飯だから、特別に思えたのだろう。
私は、誕生日のご馳走のひとつに、父の焼き飯をお願いした。
と、その途端。
shake
「そんなものご馳走じゃありません!!」
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母が突然、金切り声を上げた。
たかが焼き飯、されど焼き飯。
私のねだりは母の自尊心や主婦としての矜恃を、大変に傷つけてしまったのだ。
この出来事は子供心にも深く残り、同時に母には大きなしこりを残した。
私は母の気配を伺い、母を傷つけないように必死になり、その意見をくみとろうとしたのも、母には辛いことだったと晩年に知った。
あれからもう、60年がすぎた。
母が6年前に亡くなって、久々に私はチャーハンを食べた。
その日の夜だ。
母が夢枕に立ち、私をじっとみた。
その口から、べっとりとした、父の焼き飯が出てくる。
「そんなもの、ご馳走じゃありません」
ぼたぼたぼた。
ぼとぼと。
床に落ちる焼き飯に、私は飛び起き、そして胃の中のものを全部吐き戻した。
それ以来だ。
チャーハンを食べると、母が夢枕に立つ。
そして父の焼き飯を、吐く。
父はあの出来事以来、焼き飯を作っていない。なのに、確実に父の焼き飯だと、私にはわかった。
今もまだ、私はチャーハンを食べられない。
作者六角
チャーハンも焼き飯も好きです。