短編2
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父の焼き飯

私は、チャーハンが食べられない。

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そう言うと、大抵は不思議がられる。

具材が苦手なわけでも、アレルギーがあるわけでもない。

……チャーハンを食べると、決まって夜中に、母が夢枕に立つからだ。

子供の頃のことだ。

休みの日、母が近所の生け花教室に行く日だけ、父の焼き飯が振る舞われた。

父がよく作ってくれたのは、お醤油がじゅっと焦げた、ネギとハムくらいしが具のない、よくかき混ぜられてねっとりとした焼き飯だった。

不思議なもので、それは子供だった私に特別美味しく感じられた。もちろん、母の作るふわっとした卵やカニカマ入りのチャーハンも美味しいと思っていた。

けれど、夜勤や残業で滅多に家にいない父の作る焼き飯だから、特別に思えたのだろう。

私は、誕生日のご馳走のひとつに、父の焼き飯をお願いした。

と、その途端。

shake

「そんなものご馳走じゃありません!!」

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母が突然、金切り声を上げた。

たかが焼き飯、されど焼き飯。

私のねだりは母の自尊心や主婦としての矜恃を、大変に傷つけてしまったのだ。

この出来事は子供心にも深く残り、同時に母には大きなしこりを残した。

私は母の気配を伺い、母を傷つけないように必死になり、その意見をくみとろうとしたのも、母には辛いことだったと晩年に知った。

あれからもう、60年がすぎた。

母が6年前に亡くなって、久々に私はチャーハンを食べた。

その日の夜だ。

母が夢枕に立ち、私をじっとみた。

その口から、べっとりとした、父の焼き飯が出てくる。

「そんなもの、ご馳走じゃありません」

ぼたぼたぼた。

ぼとぼと。

床に落ちる焼き飯に、私は飛び起き、そして胃の中のものを全部吐き戻した。

それ以来だ。

チャーハンを食べると、母が夢枕に立つ。

そして父の焼き飯を、吐く。

父はあの出来事以来、焼き飯を作っていない。なのに、確実に父の焼き飯だと、私にはわかった。

今もまだ、私はチャーハンを食べられない。

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@天津堂
コメント、ありがとうございます。
人にとって大切なものが、誰かの1番とは限らない。そういう確執を感じていただけましたら、何よりでございます。

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