中編4
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【ゾンビ入店お断り】

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兎角に人の世は住みにくい。

友人に乳井(にゅうい)という珍しい苗字のトロツキストがいるのだけれど、

そいつがうっかりゾンビになってしまったので仕方なく、

マンションの管理人に事情を説明して空き部屋を安く賃貸し、

タコ殴りにしながらワンルームに閉じ込めた。

乳井の腐った左耳が床に落ちてしまったが、

まぁ殺すよりはマシだろう。

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彼は毛沢東語録とジョージ・オーウェルを同時に愛せるような変人で、

資本論を朗読して落涙した直後にジェイムズ・ボールドウィンへ罵声を浴びせるような異常者だった。

石原さとみの大ファンで東京ドームでの始球式の動画をブルーレイに焼いて保存しており、

その延長で法華経を学び、輪廻思想に近づいていたのだけれど、

突如として声優の上坂すみれに鞍替えしてソ連に改めて傾倒していた矢先、

うっかりゾンビになってしまった。

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井の頭線の車輛内でのこと。

渋谷に到着する直前で、哀川翔によく似た中年女性が倒れた。

目撃者の証言では、

「哀川翔かと思ったらおばちゃんで本当に驚いた」

「え? あれ哀川翔じゃないんですか?」

などの恐怖が伝わっている。

それはともあれ、

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同乗していた乳井はその哀川翔に、間違えた、

その中年女性にすかさず駆け寄り心肺停止を確認。

その旨を周囲の人間に伝えて渋谷駅で救急搬送ができるように指示。

同時に心マを開始。

推し変に躊躇が無い彼ならではの迅速な対応。

けれど人工呼吸をしていると、

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「煮込みしかないクジラ屋で!」と叫びながら哀川翔が間違えた中年女性が起き上がり、

そりゃ書いてるこっちだって意味はよくわからないけど目撃証言ではそう叫んでいたっていうんだから仕方ないじゃないか。

「煮込みしかないクジラ屋で!」と叫びながら中年女性が間違えた哀川翔があ間違ってなかった中年女性が、

乳井のハムストリングスに噛みついた!

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ボディビルや陸上競技に携わったことのある人なら御存知だろう、

ハムストリングスとは半膜様筋・半腱様筋・大腿二頭筋の総称であり、

この部分が鍛えられることによって体幹の安定にも繋がるのだ。

だからどうした!

さて乳井はそこを深く噛まれてしまい、

動脈を損傷したのか周囲は血の海に。

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人体の総血液量はだいたい4L。

失血性ショック死は約1L前後の急激な出血で訪れる。

渋谷駅に到着してホームに担ぎ出された頃、

乳井はすでに死亡していて、

当該の中年女性は偶然居合わせた広瀬すずによって拘束された。

女優業の傍ら、わりと前からキックボクシングを習っているらしい。

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さて救急車の中で乳井は、こう叫びながら起き上がった。

「プチブル急進主義なのよ!」

そりゃ書いてるこっちだって意味はよくわからないけど目撃証言ではそう叫んでいたっていうんだから仕方ないじゃないか。

「プチブル急進主義なのよ!」と叫びながら乳井は救急隊員一名の喉仏を掴んで千切り、

バックドアを蹴り破り青山通りへ躍り出た。

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私はといえば『海ゆかば』を観た反動で丸山眞男から北一輝に流れており、

『we shall overcome』か『麦と兵隊』のどちらを部屋のガットギターで弾いてみるか悩んでいたところで、

日本国旗で包んだドナルド・トランプのソフビ人形を欧米主義に毒されたカップルどもに投げつけるという運動を思いつき、

ちょうど宇田川のあたりで決行していた。

そこへ友人の乳井がうろうろと現れたのである。

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灰色の顔つきに不安がよぎり声を掛けてみると、

「世界同時革命……」と苦しげに呟いたので

(あ、いつもどおりじゃん)と安心して、

ちょうど死体洗いのバイト代もたくさん入っていたのでタクシーで吉祥寺へ。

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本場広島の美味しいラーメンを出しているお店の評判を聞き及んでいたので、

「資本主義の豚どもが…燃やしてやる……!」と叫び続けている彼を連れて訪れた。

すると店員さんにこう言われた。

「ゾンビ様の入店はお断りさせて頂いております」

不思議に思って乳井をよく観察してみると、

眼球を突き破ってウジ虫がぽろぽろと床に落ちていた。

なるほどこれはゾンビだ。

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私は激怒した。

必ず、この邪知暴虐のラーメン屋を社会から除かねばならぬと決意した。

「ゾンビで何が悪い!あと裸になって何が悪い!」

草彅剛は何の関係も無いのに流れで余計なことを言ってしまったが、

店員がひるんだのですかさず条件を出した。

「ゾンビ入店拒否なんてことをするならTwitterに書くからな!

いやならラーメン食わせろ!」

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しかし店員の野郎は、

「申し訳ございません。

ゾンビ様はお断りしております」

なんて言いやがる!

お客様は神様だぞ!

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ふふふ、Twitteで流してやる。

あとコワバナってサイトにも書いてやる!

おれのフォロワーが黙ってないぞ……

ふへへへへへ!

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後日談:

この手記の筆者は自身と同じマンションにゾンビを匿い、

しばらく世話を見ていたという。

ラーメン屋での揉め事に関しては、

実際にSNSにこの事実を流し、

その影響で店は休業に追い込まれた。

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けれど彼は、

彼が妙な義憤によって守ろうとした当の友人によって、

頸椎を粉砕されて世を去った。

台所で味噌汁を作っていた夕方に、背後から。

彼は噛まれもしなかった。

ただ邪魔に思われていたのだろう。

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追記:

兎角に人の世は住みにくい。

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