中編6
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ROCNIN【1/6】

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家電量販店のフロアで大型テレビを眺めていた。

〝時給1250円の警備員”として随分と長く暮らしてきた。

母親が殴られるのを眺めながら育ったせいか、

自分の家庭を創ろうなんて希みは無かったにせよ、

AV機器を眺めては去る家族連れの幸せを、

心のどこかで祝福していた。

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左胸のネームプレートには、

『カムイ警備保障 ひらおか』

そう、この肩書こそが彼の望んでいたすべてなのだ。

肩書に従い、世間からハミ出さず暮らしている。

これ以上の安寧があるだろうか?

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今、ここに在るということ。

産まれて老いて病んで死ぬ。

そのあたりまえ、輪廻の内で、

もしできるならば幸せに、

その命を満たすことが可能なら。

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「これラベル無いんすけど、手打ちで良いっすか?」

いつものように笑顔の爽やかなスタッフが尋ねてきて、

「警備の仕事じゃないんだけどな。

じゃあそれ預かるから、新しいの出してあげてください」

いつものように労働時間が過ぎていく。

「わかりました。じゃあ新品を出せば良いんすね!」

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平岡武志はこの日も、

家電量販店のフロアで大型テレビを眺めていた。

〝時給1250円の警備員”として。

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六本木のマンションの床には、

いまだに父親の血痕が染みついている。

椎名会の直系である平岡組の組長であった父は、

津島連合との戦争の中途で愛人に殺された。

平岡武志はその日は、

ちょうどその殺人現場を目撃していた。

〝末端ヤクザの組長の息子”として。

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当日の深夜2時、隣室からうるさい喘ぎ声が響いてきたので、

ヘッドフォンをしてジャパニーズレゲエを聴きながら平岡少年は、

自室に吊り下げたサンドバッグを素手で叩いていた。

……うっさいんじゃボケ!

お前のせいで母さんがどっか行ったんじゃハゲ!

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ボクシングを始めた頃はすぐ拳の皮が破れたけれど、

右手が紫に腫れあがる経験を重ねる内に、

だいたいの喧嘩は右ストレートだけで済むようになっていた。

単純に拳が硬くなるのだ。

ボディ、ボディ、引いてジャブ、ダッキングからリバー。

仮想の父親を相手にサンドバッグを殴っていると、

唐突に部屋のドアが開いた。

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父の愛人が雪崩れこみ、血塗れの全裸で駆け寄ってくる。

「ねぇ、もう殺そうよ! 一緒に殺そ!」

色白の印象があった顔は、赤く染まってトマトのよう。

「黙れババア、なんなんだよ」

「いいから来いよガキ!」

父親もこの女も、どちらもゴミだ。

愛人の顎を蹴り上げて、リビングへ向かう。

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大理石のテーブルで仰向けに、

全裸の中年男性が開腹された状態で痙攣していた。

間接照明に破れた腸が、艶やかに血管を躍らせている。

放置しておけば勝手に死ぬだろうけれど、

一応は声を掛けておくことにした。

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「よぉ、ゴミ。

母さんがどんな気持ちだったかわかる?

ヤクザ隠して結婚してよ、

鉄砲玉の景気づけに犯されてよ、

お前は何様のつもりなんだ?

ヤクザなんてものはただのゴミだ。

ゴミはゴミらしく静かに死ねよゴミが……」

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痙攣しながら眼球を巡らせて声のあるじを探しているけれど、

おそらくもう視力は消失しているのだろう。

「そいつ殺すのあたしだよ!」

ついさっき蹴り飛ばした愛人が、

もう意識を取り戻して床を這っていた。

なんだか楽しくなって、

ちょっとしたイタズラを思いついた。

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父がサイパンから輸入した、

重いトラの置き物。

書斎から持ってきて父の頭部に落とす。

けれど、潰れた鼻の脇の頬骨からまだ呼吸の血の泡が噴出している。

これでも死なないのか。

「おい、お前が殺すんだろ? 早くしろや!」

ようやく脳震盪から回復して立ち上がった全裸の愛人に怒鳴ると、

「黙れガキ!」と返された。

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なんだかイライラしたので、

開腹されていた父の腸にトラの置き物を落として、

左右にくちゃくちゃと掻き混ぜると、

気道からまるで笛のような高い声が出て、

どうやら絶命した。

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全裸で血塗れの愛人はようやく自分の仕事を思い出したようで、

「余計なことすんなやマジで!

あたしが殺したら一億って話じゃん!

お前それ払えるの? おおおおおおいガキいいいい!」

叫びながら彼女はキッチンにあった包丁で、

父の顔面を16回ほど刺した。

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おそらく父の愛人は、

敵対する津島連合に雇われた殺し屋だったのだ。

「あたしが殺したってことで良いよね?」

「いいけどお前、裁判で失敗したら10年じゃ済まないぜ?」

「サラリーマンの生涯年収は良くてもたったの1億程度なんよ?

あたしはそれをちょっとした懲役で超えるんだから!」

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それから、置き物の指紋を丁寧に拭き取った上に、

周辺にガソリンを撒いて自宅に火をつけ、

愛人の腕を引いて最寄りの警察署に向かった。

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裁判は平岡武志に有利に進んだ。

未成年だった彼は単なる保護観察処分。

愛人のほうは、殺人の直接の実行犯として有罪判決で刑務所に収監され、

裁判関係者の口座には秘密裏に多額の入金。

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ちなみにこの平岡組長の愛人は、

刑務作業中に数人の女囚に囲まれて、

針金を結った長い棒を両耳の穴に捻じ込まれ、

数十秒間に及び頭蓋内を掻き混ぜられたことによる、

小脳の損壊によって絶命した。

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平岡武志を縛るヤクザの芽は、

もう何も無かった。

父が殺されたこと、愛人が収監された際の証言によって組員が芋づる式に逮捕されたこと、

すべては彼が堅気になるために必要なことだった。

本部である椎名会もすでに平岡組を取り潰しにしている。

なんて嬉しい破門だろう!

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家電量販店のフロアで大型テレビを眺めていた。

〝時給1250円の警備員”として随分と長く暮らしてきた。

もう暴力の世界とは無縁の素晴らしい日常。

家電が並ぶ広いフロアを、白く明るい照明が見渡している。

人間は豊かさを追い求めてきたのだ。

これら輝く照明のすべては、

豊かにありたいという人間の願いそのものなんだ。

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平和なこのフロアに、

10月31日・午後3時40分、

目出し帽で拳銃を持った二人組が乱入した。

エレベーターを出てすぐに彼らは3度発砲し、

パナソニックの32型の画面及びウレタンの天井、

そしてスタッフの青年の肺に穴が空いた。

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さっきまで笑って尋ねかけてくれていた、

将来ある20歳ほどの新入社員のスタッフが撃たれた。

肺を撃たれた場合は激痛によるショック死の例が多い。

駆け寄ると、

もう脈が無かった。

くそが……!

あいつら殺してやる!

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二人組はレジで店員に銃を向けながら金を要求していた。

強盗だ!

薄汚い強盗どもが!

彼の未来を、みんなの幸せを撃ちやがって!

殺してやる! 殺してやる!

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強盗の背後から忍び寄り、

まず一人目を押し倒してレジ袋を顔に被せて窒息を狙いながら、

頸椎を折るために警棒で背部を8回ほど殴りつけた。

骨が砕けた手応えを感じたので死亡を確認するために目出し帽を脱がせると、

……まだほんの十代らしき少女だった。

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破裂音に驚いて振り返ると、

顔を晒した状態で、少女と同じ年代の少年が銃を構えていた。

平岡の右足親指あたりはどうやら撃たれたようで、

つま先が欠けている。

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「生きてんのか?」

「いや、殺したよ。もう処置できない」

「なんで……」

「お前がうちの人間、撃ったからだろうが。

こんなに若いって知ってたら……」

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強盗の少年は銃を捨てて呟いた。

「おれ、そいつと幸せになりたくて…

でも、もう無理だよな…無理だ

独りで生きていくなんて」

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なので平岡は銃を拾い上げて、

少年の頭部を撃ち抜いた。

零れる血液がサンプル用のルンバに降り注ぎ、

飛び散った脳を掃除するために動き始めた。

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以後の平岡武志の行方を、

誰も知らない。

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