中編6
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入ってこようとしたもの

俺には四つ年上の姉がいる。

昔から不思議な体験をする姉だが、その体験談から一つ聞いてほしい。

夏の話である。

高校を卒業した姉が進学のために引っ越し、S市で友人とルームシェアをしていた頃の事だそうだ。

女の一人暮らしは何かと物騒だという流れで、姉は友人のAさんとルームシェアをしていた。

Aさんは一つ上の先輩で、通っていた学校は別だったものの、部活関係でとても親しくなったのだそうだ。

ちなみにAさんはその頃、社会人として働いていた。

わりと新しいアパートの1階の角部屋。遊びに行った事もあるのだが、2DKにロフト付きでなかなか広く、当時まだ実家で勉強に忙しかった俺は羨ましく感じたのを覚えている。

その日、姉は体調が悪くてそのアパートの寝室で寝込んでいた。

学校で風邪をうつされ、もともと喘息体質な姉は咳き込みが酷くなってしまい、完全にダウンしていたそうだ。

熱も高く、咳も酷い。同居人のAさんはとても心配し病院へ行くことを進めたが、姉は「咳風邪は慣れているから大丈夫。寝てれば治る」と、とっととAさんを会社に送りだしたそうだ。

ものすごく身体は辛かったそうだが、幸いにして食事を摂る元気はまだ残っていたそうで、おかゆとリンゴ、ヨーグルトなどを食べ、治るまでゆっくり眠ろうと決め込んで、姉は午前の内に眠りに落ちた。

そして、ふと目を覚ましたのだそうだ。

見渡すと辺りはすっかり暗い。深夜かと思ったほど暗かったそうだが、Aさんが帰ってきた気配はまだ無い。

そして、何故か急に目を覚ました割にはものがはっきり見えたそうだ。

「なんか、真っ暗なのに、視界が青っぽくぼうっと光ってる感じ?」

後に聞いた時、姉はそんな表現をしていた。

とにかく不意に目が覚めた。

目が覚めたからには多少活動しないと駄目だなと、休息をとりだいぶ楽になった身体を起こした。

「あぁ、そういえば洗濯物干しっぱなしだな。夜だしもう湿気っちゃったかな」と、などと考えていたそうだ。

寝室にはエアコンの音が静かに響いていた。

起きた姉は、ダイニングキッチンとリビングを兼ねた部屋と移動した。

扉に手をかけて開き、姉は違和感を覚えてそこで立ち止まった。

隣室も真っ暗、なのに、姉はベランダに続くガラス戸がわずかに開いて、今まさにそこから部屋へ侵入しようとする真っ暗な人影を見たのだ。

真っ暗な影、寝起きか恐怖感は一切感じなかったそうだ。

先に声を発したのは姉。

「誰?」

声を聞くなり、その真っ黒な影は激しい足音を立てて逃げ出した。

「物盗りかな」と姉は思ったそうだ。

そこまではいいが、何を思ったのか姉は反射的に相手を追いかけたのだそうだ。

正直ありえないと思う。

とにかく、姉は追いかけた。

「足音が大きかったから、追いかけるのはさほど難しくなかったよ」

ぽつりぽつりと電灯が灯る中、たぶん男だと思われる影が見え、30mくらい先の大通りまで出たところで急に姿を見失なったのだそうだ。

大きく響いていた足音もぱたりと途切れていた。

仕方なくすぐに家に戻り、きっちり施錠して警察に電話をかけた。

返り道、家々の明かりが結構灯っているのが見え、さっきはすごく暗かったのになあと思ったそうだ。

時計を見ると、真夜中だと思うほど暗かったのに、まだ夜の7時半頃だったことに姉は首を傾げた。

10分もせずに警察が到着し、盗られたものは無いが一応現場検証ということになったそうだ。

「あなたは隣室で眠っていたんですね?」

「はい」

「何か物音でもして気づいたんですか?」

「いえ、偶然です。たまたま目を覚まして、隣の部屋に行こうとした時にはちあいました」

「部屋に侵入しようとしていた?」

「はい。窓がちょうど警察官さん一人ぶんぐらい開いてて、そこに手をかけて、片足を窓縁にかけてて、まさに入る瞬間、って感じでしたね」

「犯人の顔とか、服の特徴とかは何か覚えていませんか?」

「体格からいって男性だとおもいます。暗かったので、顔や服は見えませんでした」

「明かりをつけてたから犯人が見えたんじゃないんですか?」

「いえ、明かりのスイッチは部屋の入り口側にあるので、その時は真っ暗でしたね」

「・・・・・・そう、ですか。真っ暗なのに人影だとわかったんですね?」

「はい。真っ黒な影で、体格からいって男性なのは間違いないです」

「手と、足をかけていた場所も見えた」

「はい」

警察官は顔を見合わせ、姉が犯人の手と足が触れたと指した箇所を、ドラマで見るような指紋検出の粉?のようなものをはたいたり、テープを貼ってはがしたりと証拠になりそうなものを集め、その夜は帰ったそうだ。

家に報告の電話が姉から入った時、それこそ俺は飛び上がるような勢いで驚いた。

「何で追っかけたりしたんだよ!!あぶねーだろ!!信じらんねぇー」

「なんでかねー、反射的に追いかけちゃったんだよねぇ」

俺は頭を抱えた。普段用心深いくせに、何でそういう時大胆な行動をとるんだこの姉は。

後日警察から、犯人はまだ捕まっていないが、確かに指紋が検出されたこと。男性のスニーカーらしき靴跡も指摘されたところから土がついた形で確認できたこと。窃盗などは1階が狙われやすいから、特に女性は戸締まりに気をつけてほしいと電話があったそうだ。

「早く捕まるといいよな、犯人」

盆に姉が帰省した時、俺はご愁傷様と姉に声をかけた。

すると、「捕まえるのは難しいかもよ」と不可思議な事に姉は笑ったのだ。

「指紋とか証拠出てるなら、捕まえられるだろ。警察だし」

「言ってなかったことがあるんだよねー」

「?」

「私はお前も知ってのとおり用心深い性格だ。戸締まりには常日頃から注意しているし、まして風邪で弱ってる時に鍵をかけ忘れるなんてヘマはしない」

「え?でも、鍵開いてたんだろ?」

「ガラス戸で割られていないし、確かにあの時は開いてたね。寝る前にちゃんと閉めたけど。ついでに言うと、真夜中の暗さと夜7時半の暗さを間違えるほどおかしい感覚はしてないよ」

「・・・言ってる意味がよくわかんねぇんだけど」

「警察官が不思議な顔をしたって教えただろう?」

「うん」

それはすでに聞いている。

「鍵は閉めていた。外から強引に入られた形跡は無い。その時は夜7時頃だったにも関わらず、真っ暗だと思ったほどの暗さだった。にも関わらず、私は絶妙なタイミングで目を覚まし、ソイツに遭遇した」

「うん」

「ソイツは背格好から男だと思われるし、足音も確かに聞いた。けど、真っ暗だと認識しているなかで、私はどうやってソイツがどこに手をかけていただの、足をかけていただの、そもそも人影をはっきり認識できてたのはどうしてだろうなあ?」

「・・・・・・・・・・・・」

「明るくなった大通りで見失ったのは何故か。うまく隠れたから足音と人影が消えたことは説明がつくとしても、追いかけた時と帰って来た時で、明るさが違うように感じられたのは何故だったんだろうか?そもそも、私は何故そんな説妙なタイミングで目を覚ませた?普通なら押し入られて盗られた後か、鉢合わせて殺された後か、もしかすると女だからもっと酷い目にあったっかもしれないなぁ」

姉は昔から不思議な体験をする人間だ。

「人間にせよ、人間じゃなかったにせよ。暗がりに立った私の『誰?』の一声の方がよっぽど怖かったんだろうなあ。こっちがナニカと間違われたかな?」

不思議な体験をして、それが人間の仕業なのか、それ以外の何かなのかあえて追求はしない。

愉快そうに笑う姉を見つめていると、一言、姉は言った。

「入ってこようとしたのはなんだったのかなー。やっぱ人間の物盗りかなあ?人間が一番怖いってのが私の持論だしなあ。まあともかく」

にこりとお盆棚に酒をお供えする、姉はやぱり不可思議な人だと思う。

「守ってくれた何かがいるなら感謝様々だ」

犯人は、未だに捕まっていない。

姉が遭遇したソレが何だったのかも不明なままだ。

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