下りのエスカレーター(短い話2)

中編3
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下りのエスカレーター(短い話2)

去年の夏の日曜日のことだった。

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彼女とT百貨店に行ったときのこと。

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T百貨店は火事で建物が半焼してから長く休業していたのだが、ようやく去年の初めからリニューアルオープンしたんだ。

火事は防火設備の不備もあって結構酷かったらしく、何十名かの人が犠牲になったそうだ。

新聞の社会面にも載るほどだったらしい。

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そんなことよりもなによりも僕らの目的は、リニューアルオープンを記念しての破格のセールだった。

半額は当たり前で、商品によっては7割引なんてのもあったりした。

館内は日曜日ということもあって、かなりごった返していたな。

朝から1階、2階、3階と、お目当ての品を探して一緒に歩き回り、昼頃には、僕と彼女の両手には、パンパンに膨らんだ紙袋がぶら下がっていた。

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「もう私、お腹ペコペコなんだけど、、、ねえ、そろそろランチでもしようか?」

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と言って少し疲れ気味の顔をした彼女が、僕の顔を見上げる。

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「そうだな。じゃあ、レストランフロアでも行こうか」

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僕の提案に彼女は嬉しそうに頷き、僕らは8階にあるレストランフロアに行くことにした。

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エレベーターは大変そうだったから、エスカレーターで行くことにしたんだ。

昇りのエスカレーターで彼女と二人、上がっている時だ。

ふと僕は、右側の下りエスカレーターに目をやる。

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ゆっくりと流れるように下っていく様々な人たちの中に、少し違和感を感じる人たちが目に止まった。

それは中年の夫婦と、小学生くらいの男の子。

というのは、季節はもう夏だというのに、真冬の格好をしているんだ。

3人ともグレー系の地味な厚手のコートを着てね、疲れているのだろうか、何か皆浮かない表情でうつむいている。

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「どうしたの?」

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左隣に立つ彼女が、心配げに見上げた。

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「いや、別に、、、」

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そう言って慌てて僕は彼女の方に視線を移したことを覚えている。

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それから5階、6階、7階と昇り、ようやく最後のエスカレーターを上がりだした時だった。

また何気に右側に視線を移した時だ。

ゾワリと腰から背中にかけて一気に冷たいものが走り、思わず「いや、あり得ないだろう、、、」と小さく呟き、ごくりと生唾を飲み込んだ。

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さっきの家族がゆっくりと下っているんだ。

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二度見したんだけど、間違いなく同じ家族だった。

しかも夫婦らしき男女が、じっとこちらに顔を向けている。

二人の顔は、、、どう表現したらいいのだろう、マネキンのように白くて、無表情で、、、

ただ無機質な瞳を、こちらに向けているんだ。

僕は怖くなり、慌てて目を反らした。

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その後は彼女とランチをして、街をぶらぶらした後、帰った。

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そしてあの日からごくたまになんだけど、何かの拍子にあの家族の姿が見えるときがある。

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交差点で信号待ちのとき、向こう側の歩道とか、

地下鉄待ちのときの、向かい側のプラットホームとか。

三人とも白い顔をして、あの時と同じ灰色のコートで何をする訳でもなく、じっと立っている。

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ただ最近ちょっと怖いのは、彼らの現れる場所が、少しずつ僕の住んでいるマンションに近づいてきているような気がするんだ。

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Fin

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