Aさんは幼い頃から不思議な体験をする事が多かった。これは海で起きた出来事の話だ。
Aさんが小学4年生の時、母親と叔母と3つ下の弟と5つ上の従兄弟と人気のない海へ海水浴へ行った。
近くに民家などもなくまさにプライベートビーチのような貸切状態。
Aさん含め子供達は目一杯海水浴を楽しんだ。Aさんは弟と一緒に浜辺で砂遊びなどをしていた。するとさっきまで近くにいた5つ上の従兄弟の姿が見えない。
最初は用を足しに行っているのだと思ったが少し不安になり少し離れた場所でこちらを見ていた母親達に報告しに行った。報告して皆で辺りを見渡し少し沖の方に目をやると従兄弟が何故か真っ直ぐ沖の方へ泳いでいたのだ。
Aさん達は驚き大声で呼びかけた。
しかし声は海風でかき消され従兄弟には全く聞こえないようだった。ふとAさんが従兄弟が進む先に目をやると小さくではあるが人の頭のようなものがプカプカと浮かんでいる。
よく目を凝らすと性別や年齢は分からないが決してビーチボールなどには見えない。
Aさんはもしや溺れている子を従兄弟が助けようとしてるのではと思ったが大人たちはそれに気付いてないようでとにかく大声で名前を呼び戻って来いと叫んだ。
大声も届かずどんどん従兄弟は沖へ向かってしまい豆粒のように見えた。もう駄目かと思うと急にピタリと止まり後ろを振り返ってこちらへ戻ってきた。しばらくすると浜辺にたどり着き大人たちの安堵の表情とは裏腹に従兄弟本人は何とも微妙な表情を浮かべていた。
話を聞くとAさん達を近くで見守っていると、同年代ぐらいの同性の男の子が海の中で頭だけを出しこちらを眺めていたそうだ。人のいない海に男の子が一人と何だか変だなと感じていると「競争しようよ」と声をかけられた。
泳ぎに自信のある従兄弟はちょっとくらい良いだろと競争に参加しようとした。するとフライングでその男の子が動き出した。ズルいと思い急いで泳ぎ出したがなかなか距離が縮まらない。ただおかしいと思ったのが後ろを向きこちらを見ながらプカプカ浮かんでいる。なのに距離は近づかない。途中夢中だったが陸からだいぶ離れた所で我に返った。
男の子に競争はもう止めようと声をかけると
気を悪くしたのか表情が怒りに満ち何も言わずその体勢で凄まじい速さでもっと沖に向かい見えなくなったそうだ。従兄弟は何だか気持ち悪くなり急いで陸に上がったと言っていた。
大人たちはビーチボールを追いかけるのに夢中になり嘘をついているのだろうと叱ったがAさんは嘘だと思わなかった。何故ならその男の子らしきものが今度はAさんに「競争しようよ」声をかけてきたからだ。自分以外は誰も彼の存在に気付いていないようだった。
Aさんが返答せずにいると恐ろしいほど険しい表情でこちらを向いたまま沖へその男の子は向かって行った。あの子は何者なのだろうか。
作者夕暮怪雨