これは俺、岳迫兼康(たけさこ・かねやす)の体験した話。
保守思想が苦手な人は、この証言を読んで気分を悪くなさらないで欲しいと祈る。
さて、学生の時分に金銭は無いが時間は有る、長期休暇に何をするかと言えば、朱に交われば赤くなるのちょいと悪い集まりであると、やはり肝試しが定番だろう。
動画サイトを観ると、最小単位は一人で最大だと4~5人位の男達が、廃墟で撮影を敢行しては、明らかに人間とは思えない存在に出くわしたり、かすかに聞こえる彼等以外の音声を、動画視聴者から指摘されたりしており、配備されているライト自体も眩しいのが多く、或る意味心強く映る。
俺達の持てるものと言えば、LEDライトの懐中電灯やスマホ………スマートフォンのライト機能だが、後者だとどうしても電池の減りが早い。
段ボールを引っ繰り返すと、電池式ながら結構眩しいランタン型のライトが出て来た。
単3電池の充電式を買って来て、充電し終わりセットするとかなり眩しい。もしもの時に、もう1セット充電式電池をバックアップ用に購入する。
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悪友の叶(かのう)、荒城(あらき)、紫乃山(しのやま)が俄然乗り気で、口々に「おう、絶好の場所知ってるぜ」だの「心霊写真撮らせて撮らせて」「俺、車出すわ」だのと或る意味頼もしい事を言ってくれる。
夏休み、地元には御盆過ぎに帰ると連絡して、アルバイトも休みの日を見計らった俺達は、何処からか収集して来た情報を元に、心霊スポットとやらに初めて踏み込む事にした。
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採石場の広めな場所に車輛を停めて、そこから草ボウボウの道を歩いて行くが、過去にエアガンで撃ち合うサバイバルゲームで利用した場所同様、虫に射される様な感覚も無く、妙に歩き易い場所だ。
「そう言えば、親戚でこんな感じの道に突っ込んで、バックと直進繰り返して、やっとこさ出られたオッサン居んのよー」
「うわマジかよー。どんだけ運転に自信有って、墓穴掘ってんのさー」
ゲラゲラ笑いながら歩くと、急に拓けた場所に出て、月明かりに照らされてボロ屋………と言うよりは古民家の様相を呈した建物が見える。
「うは~、やっべ、雰囲気有りまくりだし出まくりじゃん」
「うわうわうわ、良いわ~」
「誰か居そうじゃん」
「居る訳無ェじゃん兼(かね)やん、明かり無ェもん」
そう言えばそうだ。誰か居れば何らかの明かりが灯っている筈だし、今の季節を加味すれば夏の暑い盛(さか)り、こう言った家屋だと大体の持ち主が高齢者で、その人を訪ねて家族連れや親戚が来ると言うのが、定番であろう。
「よし、そろそろやっちゃうかなー」
叶や荒城が三脚にライトをセットし、バチンとスイッチを押す。非常に明るい。幾台か設置して眩しい程だ。奴等の家で、セットでも組んで撮影でもしているのかと思わされる位に、いやに本格的である。
「そしたら、フラッシュは要らないかもだね」
ニヤニヤしながら、紫乃山がデジタルカメラを取り出して、撮るポーズを取る。
「じゃあ俺のは要らないかな………」
「兼やん、ランタン型かよ。凄ェぞ格好良いじゃん。広い場所だからさ、奥なんか探索すんのに良いよコレ」
一瞬、「はあ~?」と言われるかと思ったら、存外良い反応が返って来た為、俺は安堵する。
「それと、こいつ。噂の機械」
「何だコレ」
更に荒城の取り出した、携帯ラジオに見える機械を俺達は覗き込む。
「スピリットボックスって言うんだ。これを使うと、幽霊の声が聞けるらしいんだけど」
「ええ~」
動画サイトで見た事は有ったけど、まさか購入していたなんて………
色々驚きが有りつつも、早速踏み込もうとする。
カッチカッチカッチカッチ………
「?」
前から動いていた………と言うより、まるで俺達が来たのを見計らう様に、音が響き始める。
「………柱時計?」
「だよな、今時の時計じゃ無ェよな、この音」
引きつった表情なのか、怖さが快感と共に込み上げて来たのか、叶が自分のLED懐中電灯を音のする方………囲炉裏の在る大広間の片隅に向ける。
シャー………バーン!バーン!バーン!バーン!
「ふひゃひぃぃぃ!」
紫乃山が間抜けな声を出す。
明らかにシャーと言う音は、時報の鳴り出す直前の機械の準備だし、バーンは明治~昭和の戦前辺りに製造された柱時計特有の渦リン打ちで、場合に依ってはうるさくも怖くも聞こえるサウンド。
「………やっぱり、八角形の柱時計か」
「何で詳しいんだよ」
思わず俺は言葉を漏らして、照らした叶が呆れる感じの返答をする。
「ちなみに、一体何時指してんだ」
紫乃山は自分の懐中電灯で時計を照らして、スマートフォンの時刻と見比べる。
「こっちが21:50で、柱時計は………11:00か23:00かな」
「確かに、どっち付かずだわな」
のんびりとした会話をしつつ、古民家と思われる廃墟を探索する。
「小綺麗だな。誰か住んでても良い様な」
「そしたら、俺達不法侵入で取っ捕まるぜ」
「だよなァ。でも、電気通ってないみたいだしな」
ポツンと建つ一軒家、古民家みたいで尚且ついきなり動き出して、鐘を打つ時計………そして、余りにも物が無い。無さ過ぎる。
「おい兼やん」
叶が俺の肩を叩く。
「え?あれまあ」
婆さんみたいなリアクションを取る俺、いきなり縁側付近に木彫りのかまくらを思わせる物体が、姿を現した。つまみが幾つか付いている。
「兼っち詳しそうだけど分かる?柱時計もだけどさ」
いつの間にやら俺の後ろで、紫乃山が警戒して、その物体を見ている。
「どう見たってラジオだよ。電源は入らない筈だ」
戦前~戦後の娯楽の一端を担った、大型のラジオ。
今のオーディオプレーヤーだったり、コンポの様な
高音質や電波受信の質は望むべくも無いが、TVが席巻する世迄君臨し続けた。
プツっ………シー………ガー………
「えっ??何で?あれ?」
荒城が突如、慌てながらワタワタし始める。
「荒ぴょんどうしたんだって」
呑気に構える叶に、青い顔になり小声でまくし立てる荒城。
「勝手にスイッチが入ったんだよ!スピリットボックスの」
「何っ?!」
「兼っちっ!!こっちもっ!!………」
紫乃山が尻餅をついて、俺の居る正面向こうを指差す。
「えっ!!」
ジー………ピー………カー………ガガ………
聞こえる。有ろう事か鳴る筈の無いラジオが動いている。
「電池じゃ無いよな!電池じゃ無いよな!」
「電池式でトランジスタラジオが出て来るのは戦後だ、真空管は電………気………」
『耐えがたきを………耐え………忍びがたきを………忍び………』
「うわはァァァァ───────────っ!!」
荒城が絶叫する。
「スピリットボックスとラジオが連動してる………」
縮こまり、ガタガタ震えている叶。
「おい見ろっ!!」
震えながら、縁側から庭先を見る俺達。
『陛下ァーっ!!私はっ!!誠にっ!!腑甲斐無いであります!かくなる上はっ!!腹を斬りっ!!詫びる所存であります!』
『馬鹿者ーっ!!貴様が腹を切って何になる!綺麗な奥さんと可愛い子どもを遺して、好き勝手死んでんじゃ無ェっ!!』
『ううっ………わああああ─────────っ!!』
白い影………いや、真っ白でありながら、ハッキリとモンペや軍服と分かる格好の人々が、玉音放送を聴き、敗戦を悟り自決しようとした軍人から短刀を取り上げて説得し、軍人が泣き崩れると言う流れを見せられている。
カチっ………シャー………バーン!バーン!バーン!バーン!
「!!」
真っ白な人々は、時報の音に反応したのか俺達を見る。
「うわっ!!バレたか!」
後ずさりする叶、俺は彼等が何か言おうとするのを聞き取ろうとする。
「………ハヤクデロ?早く出ろって?」
「うわわわっ!!ひゃあーっ!!」
俺は懐中電灯とランタン型のライトを持ちながら引き返し、外に飛び出すが早いか慌てて三脚にセットされた大型ライトのスイッチを切って、持って行こうとする。
「良いからっ!!」
叶が俺に叫び、俺は気絶した紫乃山とデジカメの無事を確認して、おぶって………
「家がァ───────────────っ!!」
目を見開いている荒城。
ガラガラガラガラ………ガシャーン!
古民家は派手に崩れ、跡形も無くグシャグシャになった。
「叶、ライトは無事………」
バツン!
柱時計の壊れる音がしたかと思うと、そこから赤黒い液体が流れて来る。
「ぎえっ!!時計の油って量じゃ無いぞ」
「ヒィ──────っ!!」
結局、俺がやろうとしたライトを持ち出す作業を再開し無事車輛に詰め込み、夜更けの道を走らせるに至る。
「兼っち大活躍だったなァ。一番叶ちゃんが………」
「馬鹿黙ってろ!」
ハンドルを握る叶が、紫乃山の茶化しに真っ赤になっている。
「ライト撤去の件は確かに大活躍だったよ」
先程のスピリットボックスと鳴らない筈のラジオとの共鳴に恐怖した荒城が、俺をねぎらってくれる。
「然し、まさか真夜中に玉音放送を聴くだなんてな。しかも、終戦の際の人々のリアクション迄見るだなんて」
「けどさ、無事で良かったよ。後は知り合いに一応皆御祓いして貰うから」
「心強いな」
紫乃山の提案で、怖い感じのは見たが、取り憑かれたり明らかに異形の存在に魅入られた感じでは無いと前置きしつつ、御祓いをして貰う事にした。
それにしても、不法侵入の俺達を怖がらせたりも出来たろうに、あの人々は何故に玉音放送の際の光景を見せたのだろう。
そして、その家の崩落も含めて。
────終戦の日に、平和への願いを込めて。
作者芝阪雁茂
動画サイトの廃墟を探索して、怪奇現象に遭遇する中身にヒントを得つつ、過去に創作した玉音放送を聴いて切腹しようとして周りに止められると言う中身を、怖い話に昇華させたらどうなるか?の実験作です。
そして、終戦の日に思いを馳せて………