片隅にいた異形の者《昼間見る悪夢4》

中編6
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片隅にいた異形の者《昼間見る悪夢4》

俺の住んでいる部屋は時折揺れる。

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それはアパートが線路沿いに建っているからだ。

しかも築半世紀。

唯一の利点は最寄りの駅まで徒歩2分ということくらいだ。

その駅に電車が停まり出発する場合は、そこまで揺れない。

だが通過車両の場合は結構揺れる。

たまに地震か?と間違えるくらいに。

二階の部屋というのも、あるかもしれないが。

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俺の勤める会社は、その駅から数えて3駅めで降りたところの駅前ビルのテナントに入っている中堅の広告会社だ。

朝になると、俺は最寄りの駅から電車に乗り、会社に向かう。

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それは、

道行く人にちらほら長袖が見られるようになってきた初秋の頃のこと。

俺はいつもの通りグレーのスーツ姿で駅のプラットホームで列に並び、8時5分の普通電車が来るのを待っていた。

制服姿の女子高生や男子高生、制服姿のOL、カジュアルな格好の大学生、、、

様々な者たちが思い思いにホーム内を行き交っていた。

駅員のアナウンスの声が響き渡る。

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まもなく、貨物車両が通過します。

危険ですので、白線の内側までお下がりください。

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しばらくすると、遠くから通過車両が近づく音が聞こえてきた。それとともに警笛が響く。

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列に並んだまま何気に見渡していると、行き交う人の中に意外な顔があった。

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天然パーマの茶髪に色白な細い顔。

ひょろりとした長身の体躯に紺のスーツ。

それは会社の同僚の佐々木だった。

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佐々木と俺は高校時代からの友人で、同じ大学に進学し、同じ広告会社に就職し、おまけに同じ企画課に配属された。

大学時代の彼は、夏はサーフィン冬はスキーと、年中陽に焼けたリア充に足が生えたような男だった。

「人生楽しまなきゃ損」というのが、当時のあいつの口癖だったと思う。

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就職した当初はお互い意気揚々、互いに切磋琢磨し頑張っていたが、本当は性根の小さな男だったのか、複雑な社会の厳しさや矛盾を次々に目の当たりにしていくにつれ、佐々木はどんどん元気がなくなり、表情も暗くなり、学生時代とは全く違う人物のような陰キャラに変貌してしまった。

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佐々木はこの夏、俺と共に会社挙げての一大プロジェクトの一員に抜擢され、始めのうちは集中して頑張っていた。

しかし先月の重要な企画会議でプレゼン中に、課長からねちねちと叱責されてからというもの、社内にいる時はほとんどデスクのパソコンの前にいるようになり、時折ぶつくさと意味不明な一人言を言ったり、突然奇声をあげたりして、女子社員たちに気味悪がられるようになり、他の社員はもちろん、この俺ともコミュニケーションをとることがなくなった。

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そしてとうとう今月の頭に、佐々木は会社に来なくなってしまった。

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今は残された数少ないメンバーで何とか頑張ってはいるが、正直、佐々木の抜けた穴を埋めながら、なおかつプロジェクトを進めていくというのは、かなりハードなことだった。

本音をいうと、あいつには苦言の一言も言いたい気持ちだった。

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佐々木は何か思い詰めたようにうつむき、俺の右前方辺りに立っている。

通過車両はホームに迫ってきており金属の軋む音と警笛は既にうるさいくらいになっていた。

そして、いよいよホーム前を通過するかという時だ。

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「おい、佐々木!」

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紺色のスーツの背中に向かって思い切って声をかけると、佐々木は驚いたようにして振り向き、真っ赤に充血した虚ろな目で肩越しに俺の顔を見て、弱々しく微笑んだ。

その時俺はなぜだろう、背筋がゾクリとしたのを覚えている。

すると彼はいきなり走りだし、ホームの端から線路にダイブした。

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「あ!」と声を出した時はもう遅かった。

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鼓膜が破れるほどの不快なブレーキ音とけたたましい警笛の合間にドスンという嫌な衝突音が聞こえた。

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ブレーキ音が止むのには数分を要したと思う。

電車はホームから随分離れた位置でようやく停車した。

ホーム内は女の悲痛な叫びと男たちのどよめきに包まれ、辺りは一時騒然となった。

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事故現場は酷い状況だったらしい。

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遺体はバラバラな状態で線路やその周辺に散乱していて、駅員たちの回収作業は大変だったようで、電車が復旧するのに、かなりの時間を要した。

今となって思うと覚悟の上の見投げだったのか、発作的なものだったのかは分からないが、いづれにしろ、俺は、佐々木がこの世で見た最後の人間ということになるだろう。

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今も俺の脳裏には、あの朝振り向いた佐々木の、虚ろな目が焼き付いている。

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そしてそれは、事故後1週間が過ぎた、ある日曜日の昼下がりに起こった。

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その日午前中、部屋の掃除や洗濯をし、お昼にはコンビニ弁当を食べた後、急に睡魔に襲われた俺は電気を消すと、6帖の畳の間の真ん中に敷いた布団に、ごろりと横になった。

佐々木の件や連日の激務で疲れが溜まっていたのだろう。

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薄暗い天井をぼんやり眺めていると、時折思い出したかのように電車の警笛が聞こえてきて、部屋がユサユサと小刻みに揺れる。

何度となく寝返りを打ち、ようやく意識が微睡の沼に浸かろうかとした、その時だった。

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shake

プアアアアアアアン、、、

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今までとは比べ物にもならないくらいにけたたましい警笛の音が部屋中に鳴り響いた。

驚いた俺は思わず半身を起こす。

すると今度は、

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shake

キキキキキキキキーーー!!

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鼓膜が破れるくらいのけたたましいブレーキ音が鳴り響き、同時に床が激しく揺れだした。

その揺れはまるで直下型地震のようで、

左手にあるサッシ窓がカタカタと鳴り、壁際にあるタンスの上のものは全て床に落ちた。

ヒステリックな警笛音と不快なブレーキ音、そして激しい揺れが、次々に俺を襲った。

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shake

プアアアアアアアン、、、

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shake

キキキキキキキキーーー!!

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shake

プアアアアアアアン、、、

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shake

キキキキキキキキーーー!!

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俺は両耳を押さえ、芋虫のように布団の上にうずくまっていた。

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そして10分くらいが過ぎた頃だろうか。

突然全ての喧騒がピタリと治まった。

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…………

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ようやく訪れた静寂に、ホッとため息をつき俯くと額の汗を拭う。

それから顔を上げ何気に窓辺に視線を移した時だ。

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一瞬で背筋が凍りつき、心臓が激しい拍動を開始する。

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サッシ窓の向こう、ちょうど部屋の薄暗い隅辺りに、何かが立っている。

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よく見るとそれは、人のようで人ではなかった。

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身体のパーツ各々が本来の位置になく、不自然な位置に配置され、奇妙なバランスをとっている。

それはまるで3歳児の描く人間そのままのような姿をしていた。

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横向きに倒れた胴体を支えているのは、右胸辺りから突き出た二本の脚だ。

二本の腕は左腰からまるで植物のように生えていた。

そして右肩の位置にある白い顔をこちらに向け、血走った二つの瞳を大きく見開き、じっとこちらを見ている。

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癖のある茶髪、、、

細く白い顔、、、

ようやく俺は気付く。

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「佐々木、、、佐々木なのか?」

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変わり果てた同僚の姿に俺はガタガタと震えながら、なんとか声を絞り出した。

よく見ると彼はまるで何かを訴えるかのように、必死に口をパクパクと動かしている。

最初は何を言っているのか全く分からなかった。

だが口の動きを注視することで、彼が同じある言葉を繰り返していることがようやく分かった。

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「ご」

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「め」

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「ん」

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「な」

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…………

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「ご」

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「め」

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「ん」

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「な」

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…………

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懸命に訴える短いメッセージを何とか確認出来た俺は溢れる涙を拭いもせず、今は異形になってしまった佐々木に向かって、ただひたすら何度も何度も無言でうなずいていた。

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Fin

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Presented by Nekojiro

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異形の姿になってもその言葉を伝えに来た男性の最後の言葉。ラストに心に刺さりました。勉強になります。ありがとうございました。

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