長編14
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自殺村 season2(4)

 死へのカウントダウンは丁度『40:00』を刻んでいた。徐々に咳が酷くなり、心なしか意識が朦朧とし始めた。

「ゲホッ!ゲホッ…」

 頻度を増し続ける咳に梓は自分の口元を両方の掌で覆う。すると、微かに薄赤い液体が滲んでいた。

「血…?」

 疑惑が確信へと変化した。やはり、あの通気口からは毒ガスが排出されてる。ただ、そう確信した所でその事実を覆す術を梓は持ってない。

「た…たすけて!ねぇ…誰か…」

 辺りをフラフラと彷徨いながら梓は誰かに助けを乞う。しかし、動けば動く分だけ自身の内部が悲鳴を上げているような気がする。

 いくら扉を叩いても、やはり誰からの反応もない。タイマーは『30:00』を切ろうとしていた。

 意識も虚ろになっていく。

「あ…」

 梓は今更かと自分で呆れる程、惨めな声を上げた。ズボンの左ポケットに手を入れ、スマホを取り出す。なぜ最初から思い付かなかったのか…と後悔も覚えた。

 しかし、画面を見ると右上に『圏外』という残酷な文字が表示されていた。

「ゲホッ!ゲホッ…ゲホッ……」

 梓はその場で崩れ込んだ。常に蝕まれ続ける身体は限界かと言わんばかりに、手は振戦し始め、視界もボヤけてくる。

 念のためもう一度スマホを取り出す。すると『1件のiMessage』と表示されていた。

 梓はすぐにスマホを開けた。しかし、右上の圏外マークはそのままだった。それでもメッセージだけは確認する事が出来た。それはまた自分宛からのもの。梓は内容を確認する。

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まやかしを見破って下さい

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 内容はそれだけだった。

 梓は持っていたスマホを床にバッと叩きつけ、呟いた。

「なんで…なんで私がこんな目に…」

 生きた心地を感じながら死へと向かう梓の視界はグニャグニャに曲がっていく。

「……」

 誰かの声が聞こえる。古い記憶だが、それは大切な思い出、梓にとって特別な感情の断片、しかし一方で後悔の断片でもある。その声で梓は、ああ…これが走馬灯なのかもしれないな…、と感じる。

 ○

 

「古谷さん。なにか感じたかい?」

 東条は朗らか表情で梓に尋ねる。

「は…はい…でもなんだろう…とても言葉では表現出来ません。東条さんはこれを私に伝えたかったのですか?それとも…」

 東条は被りを振った。

「いいんだ。感じ方は人それぞれだからね」

 梓は自分の言葉通り、表現する事が出来ないもどかしさを覚えた。しかし、それは苛立ちの葛藤ではなく、どこか優しさに満ち溢れたような温かい葛藤だった。東条は梓に"見方を変えてみる"と言う言葉を教えた。

 梓は東条の後ろでずっとクライエントの表情を眺めていた。しかし、それでは意味がなかった。

 梓が見定める本当の相手は東条の方だった。梓はこの一連のやり取りを客観的に見た。クライエントである自分とカウンセラーとしての東条を、それでやっと"見方を変えてみる"の意図が理解出来た気がした。

 優しく包み込まれているような感覚、これが、真のカウンセラーとしての有り方なのかもしれないと梓は感じた。

 梓は何処となく瞳が潤い、頬に一粒の涙が溢れる。それは最後に東条から言われた言葉がきっかけだった。

「そう…今までよく頑張ってきたね」

 それはこの院に訪れた人達全員に言っていた言葉でもあった。梓は後ろでその言葉を聞いてるだった。その言葉が持つ意図をまるで理解出来ていなかった。しかし、今は違う。梓は東条に尋ねる。

「私…なんとなく自分がする役割を理解出来た気がします。だから、どうか…明日から私に東条さんの見方を演じさせては頂けないでしょうか?」

 梓は、お願いします、と言って深くお辞儀をした。

 あれ…?あの時にあの人からなんて答えてもらったんだろうか…梓は流れる走馬灯の中で肝心な記憶に巡り会えない。

 ーー

 その後、梓はカウンセラーとしての役割を担っていた。東条の見方を意識して、最初はなかなか上手くいかなかった。それでも年月を注ぎ、試行錯誤を行っている中で徐々に職務を全うする事が出来るようにはなっていた。

 そんな矢先、梓に"あの出来事"が起こった。それはたまたま東条が院を離れていた時の事。

 その日のクライエントは松葉という高齢の女性だった。梓は自分の名前を言っていつものように傾聴を行おうとした。しかし、松葉はこれまで受診されたどのクライエントより空気が重く感じた。

「古谷さんって言うのかい?まだお若いね…これから未来があって羨ましいよ…」

 口調はどこか荒んで聞こえた。このクライエントはどんな現状を抱えているのか、梓は静かに松葉に尋ねる。

「松葉さん。今日はどうなさいましたか?」

 松葉は目線を梓から外し、しみじみとした表情で答える。

「そうだね…貴方にはどう感じるかわからないけど、言うね」

 梓は外れた松葉の目を見て小さく頷く。

「実は数週間前に夫が突然倒れてしまってね。今病院に居るの。それで、大変恥ずかしい事だけど私は夫の容態がわからないし、夫がどの病院に配属されているのかわからない。そして、これは私の想像なんだけど、恐らく私の息子なら夫の容態を知っていると思うの。それでも私にはこう言うの、母さんは何も心配しなくていい、とだけ。だから夫の帰りをずっと待ってる状態が暫く続いていて…私は…心配で心配で…長年私を支えてくれた人が急に居なくって…本当にどうすればいいのか…わからなくて…それで今回受診させてもらったんだけど…本当にどうすれば…」

 そして松葉は弱々しい声を上げて梓の目を直視して言う。

「ねぇ、古谷さん…貴方はこれを聞いてどう思う…?」

 しかし、梓は合っていた目線を咄嗟に外し、松葉の斜め上を目視した。つまり、動揺してした。

「松葉さん、それはさぞ、お辛かったでしょう…」

 まずはそう言って次に何を言うか頭の中で模索を始める。しかし、松葉はそんな梓の思考を待ってはくれなかった。

「古谷さん、同情なんてしなくていいんだよ…私は今、客観的に自分が見えてないの…だから…だから貴方が思った率直な意見を聞かせて欲しい…」

 梓は再び松葉の目を見た。すると松葉からはとても虚しくて悲しい感情が犇々と伝わった。どうしようもないと思えてしまう程に不の感情で溢れていた。

「松葉さん、お子さんに連絡は取りましたか?」

「いえ、夫が倒れて暫く、息子に心配いらないと言われてからは一度も…」

「今、連絡を取る事は出来ませんか?」

 梓は松葉の感情を汲み取った。そうすると、松葉のご子息がどういう意図で松葉に連絡をしないのか理解出来なかった。

「今かい?」

「はい」

 そうして松葉はバッグから携帯電話を取り出し息子に連絡をする。

 しかし、何コール鳴らしても通話する事が出来なかった。

「駄目ね…向こうも忙しいのかしらね…」

 松葉は肩を落としながらそっと携帯をバッグに仕舞う。そうして梓の方を見る。すると、梓は硬直していた。まるで何かを思い出したような顔をして瞳孔が見開き、静止していた。

「古谷さん…どうしたんだい?」

「……」

「古谷さん」

 すると梓は、ゆっくりと松葉の方を見て言う。

「松葉さん、旦那さんはきっと大丈夫です。だから松葉さんは安心して家で待っていて下さい。旦那さんがいつ帰って来てもいいように部屋の掃除をこまめに行って…」

 松葉は違和感を覚えた。先程と比べて梓の様子が一変としていたから。一見落ち着いた物言いだが、それはどこか不自然で、作られたような落ち着きに見えた。それでも松葉は梓の言葉を信じて言った。

「そうかい…ありがとう…じゃあ私は失礼するよ」

「はい、お気を付けて…」

 そして梓は松葉とのカウンセリングを終えた。いや、正確には終えてしまった…

 梓は自分の発言に後悔を覚えた。院を出る松葉を引き留めるべきか逡巡としたが、結局そのまま帰してしまった。

 その後、東条が院に戻り今日の出来事を報告した。しかし、梓が松原に放った言葉までは報告する事が出来なかった。それは東条の教えに反く行為だったから…

 あれから数週間が経ち、東条は梓を呼び出した。そして、こう言われた。

「古谷さんが担当していた松葉さん、昨晩自死したらしい」

 東条は自殺と言う言葉を避け、敢えて自死という言葉を用いて梓に報告した。東条はそれだけ言うと何事もなかったように今日の分のカルテに目をやる。

「あ…」

 梓はその場で全身の力が抜け落ちるように崩れ落ちた。そして東条に震える声で言った。

「東条さんすみません…私のせいです…」

 東条はカルテから目を離し、ゆっくりと梓の方を見て聞く。

「どういうことだい?」

 梓は両手を床に伏せ、東条の顔を見ずに答える。

「私が…私が松葉さんをそのままにしたせいです…もう…もう取り返せません…」

 そして梓は顔を上げ、東条に言葉を発する。

「私…やっぱり何もわかってなかったです…すみません…私はまだ…私は…」

 大粒の涙と共に梓は自己否定を続ける。しかし、東条は梓に歩み寄り肩をさすり言った。

「古谷さん、落ち着いて。まず状況を話して」

 梓は東条に促されてベッドの端に座る。そしてあの時の真相を話した。

「私は知ってました。いえ、途中で気が付いてしまいました…松葉さんの旦那さんの余命が短いと…院生時代の知識を思い出したんです…でも私はどうしたらいいのかわからなくなって…最後、松葉さんに旦那さんが帰ってくると希望を持たせるような発言をしてしまいました…」

 医療の世界では余命宣告された患者に対して医療従事者は遺族に報告するかどうかを問う。そして患者の意思を尊重し、それに従う。

 梓は思った。恐らく旦那さんは奥さんのショックを最小限に抑える為、ご子息にだけ報告して残り僅かの所で奥さんに伝えようとしていた可能性がある。

 しかし、あの時の自分はそこまでの事はわからなかった。もしかしたら他に適切な言葉があったかもしれないのに。

 梓は東条にそう告げる。しかし東条は首を傾げた。

「でも、古谷さん、それはアンタの解釈だろう?実際はどうなったのかわからないじゃないか。それに今の説明だけで、どうしてアンタの責任になるんだい」

「東条さん…違うんです…そうじゃないんです…」

「何が違うんだい?」

「…では、どうして東条さんは…松葉さんが自死した事を知ったんですか…?」

「さっきご子息の方から連絡があ…」

「そこなんです…」

 梓は東条の言葉を遮って言葉を放つ。

「ご子息の方が何故この院を知ってるんですか?不思議に思わなかったんですか?」

「古谷さん、落ち着きなさい。それは母親の遺品の中からこの院の診察券を…」

「わざわざ母親の通っていた心理カウンセラーに報告しないでしょう!」

 梓は声を上げ東条を睨みつけた。一瞬にしてその場は凍てついたように固まる。そして東条は梓に聞いた。

「何がどう言いたんだい?」

「私…あの後、一応控えていたんです。ご子息の電話番号を…そして松葉さんのカウンセリングが終わった次の日、その番号に電話したんです…たぶんその時の履歴でこの院にかけて来たんだと思います…ちなみに…ご子息の方はなんと言ってましたか?」

「昨晩母が他界しました。自殺です。父が病でこの世を去ったのを知ってすぐの事です。それでも僕は感謝してます。最後に母の言葉に耳を傾け、気にかけてくれてありがとうございました。担当して頂いた方にそう伝えて下さい。と言っていたね」

 すると梓は徐に立ち上がり、また一段階声を上げた。

「おかしいと思いませんか!?自死されたの昨晩ですよね!?たとえそう思っていたとしても昨日の今日でそんな余裕があると思いますか!?」

 突然の梓の変貌に東条は困惑する。

「つまり…どう言う事なんだい?古谷さんはご子息と何の電話をしたんだい?」

「……」

「あの時、私はご子息に電話をかけ、一応繋がりました。でもご子息は母親が今こんな状態だと言うのにすごく冷静でした。わざわざご連絡頂きありがとうございます、とまで言ってました」

「なら、いいじゃないか。変に取り乱されるよりは」

「はい…この説明だけだったら皆そう考えると思います。でも私は何処か気味が悪かったんです。具体的に何がと言われれば答えられないですが…なんと言うか…その波長が変でした…」

「波長…?」

「はい…松葉さんの母親とご子息の波長が合ってないと言いますか…」

「そんなもの古谷さんにわかるものかね?」

「もちろん私の想像の範囲ですが…」

「わからないね。どうも私には古谷さんの言っている事がわからないんだが」

「はい…私にもわかりません。なので私、ある考察をしたんです」

「考察?」

「はい。もし、ご子息が自身の奥さんの死や旦那さんの発言をコントロールしていたとしたらどうでしょうか?長年、時を共にして来たんです。やろうと思えば不可能ではない筈です」

「まぁそうかもしれないが、それはなんの為にだい?」

「生命保険です。あらかじめ母親に多額の生命保険をかけていたらご子息にとって母親の死は都合の良いものになりませんか?」

 東条は身を強張らせた。

「でも、やっぱりそれは古谷さんの想像じゃないかい。事実はわからないじゃないのかい?」

「先程、東条さんはご子息になんと言われましたか?もう一度よく思い出して下さい。父親の死を知ってから自死したんですよ」

 梓の言葉に東条の視線は斜め下に落ちた。

「そうなんです…昨晩、初めて知ったんですよ!奥さんは旦那さんの病を…そして結局、奥さんは旦那さんの死に際に会えてないんですよ…あの日、奥さんは私に話してくれました。自分の心の内を…少し照れくさい表情でした…それでも心の底から旦那さんの身を案じている事はすごく伝わりました…だから…だから…」

 梓の声はしみじみとしていた。先程の怒りは鎮まっていたが、松葉の事を思い出し、今度は虚無や後悔の心でいっぱいになっていた。

 しかし、東条はまだ冷静を保っていた。

「でも古谷さん、やっぱりそれはアンタの思い込みで実際の事はわからないじゃないか。それにそもそも何で父親と母親の死の報告をこの院にして来たのかも実際の意図はわからないじゃないのかい?」

「恐らく、念の為です。私は実際奥さんと会話をしました。そこで少しでも疑問を持たれたかもしれないと思い、その疑問を解消する為、私を安心させる為にわざわざ電話したんだと思います。もちろんそれも私の考察です。ただの妄想です。でも、もしこの考えが事実だとして、それをもっと早く気付いていれば…なにか…なにか出来たかもしれません…そう思うと私は…」

 梓はまた感情的になり目頭を赤くさせる。もう決して届かない想いの結晶が身体から弾け出しそうになる。

「東条さん…やっぱり私はこの院のルールは本来のカウンセリングの在り方ではないと思います。『決してクライエントには深く情を持ってはいけない』それは自身の身を守る意味で、逆を言えば一定の人間の命を奪う事になると思います。私は認めたくありません」

 東条は梓は見据えて押し黙る。恐らく東条なりに梓に伝える言葉があるのかもしれないが、それをここで梓に伝えても届かないと悟って敢えて黙る。

 数秒間、お互い言葉がない時間が場をより悪化させていた。そして、遂に梓は自身の決心と共に言葉を発した。

「私、ここ辞めますね」

 それはとても低い声だった。何かを諦めたような虚しい想いがトーンに現れた。そして、東条は言葉を返す。

「古谷さん、それでいいのかい?」

「はい。私は今回の出来事で学びました。そして思いました」

 梓は東条をまた睨み、どこか東条の意思を否定するような発言をする。

「世界の美しさ、それは一個人の空想に過ぎない。世界はアナタが予想する範囲を超越するぐらいに残酷で、解釈がデタラメで満ちています」

 そう言って東条の表情を見ずに梓は踵を返した。東条は梓に何も言葉を発しない。そのまま梓は東条に背を向け院を出た。

 それが梓と東条の最後だった。それ以来、2人は顔を合わせる事はなくなった。そして梓のカウンセラーという職の終わりを告げた。

 ○

 

 吐血と汗が止まらない。気付けばタイマーはもう『10:00』を切ろうとしていた。それでもまだ意識は微かに残っている。

「はぁ…はぁ…ゲホッ!ゲホッ!」

 梓は殆ど諦めていた。全ては自業自得と考え始める。院を出たあの日から梓は荒んでしまった。あの出来事。本当は全て自分の勘違い、独りよがり…事実ではない事の可能性も充分ありえる事なのに、当時の自分は何と愚かだっただろうか。あの日から梓は幻覚や幻聴に苛まれていた。

 真夜中、枕元に松葉が現れ、「うそつき…アンタはうそつきだ…」と囁かれている日も多かった。しかし、それは梓が作り出した現象に過ぎない。それを自覚していても梓はその現象に答えた。現れる度に答え続けた。

「松葉さん…ごめんなさい…本当にごめんなさい…」

 暫くすると現象は無くなり、辺りは鎮まり返る。あれからもう何年ぐらいになるだろう。

 そして、今、梓は夜川茜の思惑通りにその過去と向き合っている。でも、もう終わりにしたかった。最近身に迫る虚無感の正体は"あの時"の出来事が段々と薄れてしまっている事だと気付いた。それは自分が罪から逃げている証拠だと今、気が付いた。

 もうどうでもよかった…梓は罪を償う事を選択していた。もう身体も殆ど動かない…そして、そっと瞳を閉じた。しかし、その時だった…

「……」

 ふいに、また幻聴が聞こえた。それは松葉からの声ではない。何年も前に耳にした声だった。

 梓はまた瞳を開けた。するとぼんやりとした景色が広がる。それはこの『実行部屋』の景色ではなく、あの院の光景だった。瞳に映る景色は東条と梓の2人の姿だった。

「どういうこと…?」

 梓は第三者の目線で東条と自分自身を見て、囁いた。

 ああ…やっぱり走馬灯か…梓はそう思い、また瞳を閉じようとした。しかし…

「そうだね…次はアンタ自身の"見方を変えてみる"といい。そうすれば、見える景色も違うだろう」

 あの時の記憶だった。今度は鮮明に見えた。"見方を変える"そういえば結局その本当の意図はわからないままだった。でも今、梓の中で何かが動いた。

 あの時の東条の朗らか表情が見える。それは今の自分を殺す眼差しではなく、どこか、生きろ、と言われているようだった。

 梓はゆっくり瞳を閉じ、透かさずバッと開眼する。

 するとまた『実行部屋』の景色に戻った。

 ーー

 タイマーは残り『1:00』を切ろうとしていた。梓は無理矢理身体を動かした。確証もない、ただ、また自分の考察で事を行う。

 梓は点滴を自分の腕に刺しボタンを押した。すると、次第に容器が空になり、底から新たなボタンが現れる。梓はそのボタンを押した。

 タイマーは残り10秒で止まり、ガチャっと扉が開く音が聞こえる。

 梓は開いた方に全力で走り、外へ出る事が出来た。

「はぁ…はぁ…」

 肩で息をする梓は次第に体調が回復するのを感じる。

 梓を動かしたのは3つのヒントからだった。2つは夜川茜から、モニターの『その道具はアナタを救う道具ともとれます』それとメッセージの『まやかしを見破って下さい』そして極みつけは東条の『見方を変える』だった。

 そう…あの点滴は解毒薬だった。まさに自分を救う道具だった。

 バルビツール酸誘導体と記された容器、それも自分の先入観だった。まさにまやかしだった。

 そしてそれを実行する後押しは、見方を変える、だった。まさに全ての景色が変わって見えた。

 その3つのヒントで梓は今、生き延びる事が出来た。しかし、それも夜川茜の思惑通りに動いた事だけなのかもしれない…そう思いながら梓は『実行部屋』の外壁に背をやり、その場で座り込んだ。

 

 続く

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