これは私が中学生2年の頃、母の実家に泊まりに行った時の話です。
母の実家というのは私が住む田舎よりさらに山間にあり、家の周りは田んぼか林、夜は街灯もなく真っ暗…と言った感じでした。
家には二つ年上のいとこのDくんがいて、私の持っていないゲーム機をもっていたので、それで遊ぶのが一番の楽しみでした。
祖父母は商店をやっていて、店舗兼祖父母の住居と、母の兄夫婦の住む住居が同じ敷地内に並んでおり、祖父母の家で親戚に挨拶を済ませた後、兄夫婦の住む家にお邪魔してDくんの部屋で遊ぶというのがいつものパターンでした。
その日も親戚達への挨拶も早々に私はDくん宅の玄関を開けました。
すると、後ろから私を呼び止める声がしました。声の主はDくんの母親でした。
「Dなら部屋にはいないわよ。たぶん離れじゃないかな」
離れは、この家の敷地の隅に建っていて一階部分はガレージと使われなくなった祖父の書斎、二階は物置になっていて、物置には読書好きの祖父が集めに集めた大量の書物が所狭しと保管されていて、本好きのDくんはその物置を改造して秘密基地のような自分だけの図書室を作っていたのでした。
私はDくんと遊びたくて、離れに向かいました。
物置こそDくんのおかげで綺麗になってはいるものの、とうの昔に使われなくなったガレージや書斎は荒れ放題で、瓦も所々割れたり欠けたりしていて、普通なら近づきたくも無いような雰囲気でした。
ガレージ部分と書斎の間に二階に続く急な階段があります。
私がDくんの家の玄関を出て離れの方に目をやった時、その階段を上がる人影が見えました。
しかしそれは明らかに女性でした。クリーム色のワンピースを着た髪の長い女性が二階に上がるのが見えました。
この家に、祖母とDくんの母親以外の女性はいません。
まさかDくんの彼女?
等と考えながら離れに向かって歩き始めました。
その時一瞬別の方向を向いて、また離れの方に目線を戻したのですが、私の目にはクリーム色のワンピースを着た女性が階段を登るのが見えました。
あれ?今の一瞬で階段を降りてまた上がったのか…?
その時点で何か不気味な違和感は感じたのですが、見間違いかもしれないと思いもう一度目線を外し、戻すと、また先ほどの女性が階段を登っていました。
とても信じられず、私はぎゅっと目を瞑りすぐに目を開けました。
クリーム色のワンピースの女性が階段を…
2回の窓に、何やら動く人影が見えました。Dくんのようでした。
「Dくん!!」
私が呼ぶと、ガラッと窓が開きDくんが顔を出しました。
「来てたんだ。ゲームする?」
「Dくん、今ひとり?」
「え、うん…なんで?」
この間もずっと女は何度も階段を登っていました。
何かを察したのか、Dくんは逃げるように物置部屋から降りてきました。
「なんだよ、変な顔して変なこと聞くなよ。何であんなこと聞くんだよ。」
「あそこの階段、女の人が何回も登ってた」
「何回も登ってたってなんだよ…意味わかんねぇ」
とはいえ私の只事じゃ無い雰囲気に呑まれ、Dくんはそれ以上何も話しませんでした。
私達はDくんの部屋に行き、窓から離れを観察することにしました。もしかしたら何かの見間違いかもしれない…
階段には誰もいませんでした。
しばらく待っても、目線を逸らしても、女は現れませんでした。階段には。
女は、2階にいました。
先程までDくんのいた2階の物置部屋の窓際にクリーム色のワンピースを着た黒髪の女が立っているのがぼんやり見えました。
私とDくんは逃げるように皆んなのいる祖父母の家に駆け込み、一部始終を親戚達に話しました。
するとDくんの父(おじさん)が笑いながら
「男が2人揃って半べそかいて情けねぇなー。」
と、離れの二階を見て来てくれる事になりました。
不安そうに見守る私達を尻目におじさんはトントンと階段を上がり、窓をガラッと開け
「女どころかゴキブリ一匹いないぞ。よくここまで綺麗に掃除したなぁ。」
と笑いました。
戻ってきたおじさんは
「気のせいだよ気のせい。あ、これ落ちてたぞ。」
とDくんに何かを渡しました。それは使い捨てのインスタントカメラでした。
「こんなの知らないんだけど…」
Dくんの顔が青ざめるのがわかりました。
「じゃあ俺のかな?じいちゃんのか?現像してみるか」
おじさんはそういうとカメラをポケットに入れて親戚の輪の中に戻りました。
それからしばらくして、現像に出した写真が出来上がったとDくんから連絡がありました。
そこには写真も添付されていました。
現像した写真を携帯のカメラで写したものでした。
そこには、女性の自撮り写真が映っていました。
髪の長い無表情の女性を斜め上から撮影した写真でした。
ほとんど同じような写真が20枚近く撮られていたそうで、メールの文面には
「角度的に自分で撮るのは難しいよな。誰かが撮影してるとしたらそれはそれで変な写真だよな。」
と書いてありました。
確かに、自撮りだと思った写真の女性の手はだらんと下ろされていて、カメラを構えている様子はありません。
それに使い捨てカメラじゃセルフタイマーの機能も無いはずです。
しかしこの角度(銀行のATMの監視カメラ映像みたいな)で撮影するとなると、室内で撮られているのでカメラの位置は天井付近という事になります。
メールにはこう付け加えられていました。
「この写真をじいちゃんに見せたら、百合子さんだって言ってた。百合子さんてのは、じいちゃんが高校生の頃近所に住んでたお姉さんで、いつの間にかいなくなってたから懐かしいって。でも、じいちゃんが高校生の時って使い捨てカメラなんて無いよな…それにこの女の人、最近よく家の前ですれ違うんだよな…」
Dくんはその後、しばらくして東京の大学に進学しこの家を出てしまい、この話はここで終わってしまいます。
オチもなく何も解決せずに終わってしまい申し訳ありません。
作者文