【Over Noise】file 02-ホオズキ

中編6
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【Over Noise】file 02-ホオズキ

 移動中、オレは柑奈(かんな)さんに自分の置かれた状況を話し、柑奈さん達の事に関する大まかな説明も受けた。

 要約すると、柑奈さん達はあの水の手のような、俗に言うオバケ退治を専門にしている人達であり、それを専門とする組織に所属しているとのこと。

 にわかに信じ難いことだが、実際にあんなものを見せられては信じざるを得ない。

柑奈さんに連れられてやってきたのは、駅近くの比較的大きなビルだった。

 建物自体は古いが、階数は五階まであり、どこか芸術性が感じられる作りだ。

 一階にはミカゲという喫茶店があり、二階より上には目立つような名前が書いていない。

「真城(ましろ)君は、先に事務所へ戻っていてください。彼は私が案内します」

「わかりました」

 車を降りたオレ達は、三人でビルの中へと入っていく。

 エレベーターはビルの入り口から少し奥にあり、その横には『ホオズキ調査事務所』と書かれたプレートがある。

「失礼します」

 そう言って三階で降りた真城を見送り、オレと柑奈さんは四階に着いたところで降りた。

「これから会ってもらう人は、うちのちょっと偉い人です。まあ、優しい人なので、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」

 オレの緊張が伝わったのか、柑奈さんは優しい笑顔でそう言った。

 これまでの話からすると、要は強い霊能力者ということだろう。

 漫画やドラマのイメージで、そういう人間は変人だと勝手に思っているが、どんな人なのか。

 四階で止まったエレベーターを降り、少し細い通路を抜けると、柑奈さんは右側にある扉をノックした。

「はい、どうぞ」

「失礼します」

 中から聞こえてきた男性の声にそう返すと、柑奈さんは扉を開けて室内にオレを案内した。

「……失礼しま~す」

 恐る恐る入ったオレを、窓際に立つ男性が優しげな表情で見ていた。

 歳は30代前半ぐらいだろうか?

 想像していたよりも若そうに見える。

「おかえりなさい、柑奈さん。そして、君が紫園君だね。初めまして」

 男性はゆっくりとこちらに来ると、名刺入れから取り出した名刺をオレに差し出した。

「ホオズキ調査事務所の所長、神原 零(かんばら れい)です。柑奈さんから大まかな話は聞いていると思うけど、こんな堅苦しい場所で話すのも何だし、一階の喫茶店でゆっくり話を聞こうか」

 柑奈さんの言う通り、この神原さんという人は優しそうな印象だ。

 とは言え、喫茶店でそんな超常的な話をしてもいいのだろうか?

「あの~、所長……先に少しだけ報告しておきたいことが……」

 オレを外に案内しようとした神原さんを、柑奈さんがそう引き止める。

「あ、了解。報告お願いします」

 神原さんがデスクに戻ると、柑奈さんは先程の水の手に関する簡単な報告を始めた。

 それ、一般人のオレがいる前で話しても大丈夫なのだろうか?

「予定通りノイズは除霊できましたが、一つ気になることがあります。報告ではクラスB相当とされていましたが、実際はクラスC相当でした。勿論、琴羽さんの調査が間違っていたとは思いませんが、調査後に何かしらの異変があった可能性があります」

 柑奈さんが最後に報告した内容を聞いて、神原さんは少し驚いたような顔をした。

 ノイズとかクラスが何とかみたいな事は詳しく分からないが、普段間違えるような事は無いのだろう。

「了解です。念の為、調査班には私のほうから伝えておくよ」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 神原さんは報告の内容を打ち終えると、再び席を立ってオレを外に案内した。

「さて、それじゃあ喫茶店行こうか。柑奈さんもどうですか?」

「ありがとうございます。私は先に報告書を作成したいので、後ほど伺いますね」

 神原さんは柑奈さんの返答に「わかった」頷く。

 そしてオレ達は部屋の外に出ると、柑奈さんは三階へ、オレと神原さんは一階の喫茶店へと向かった。

 エレベーターを降りたオレ達は、一度ビルの外に出てから、表の喫茶店入口の扉を開ける。

「ここは私の親友の妹さんがやっている店でね。今日はお客さんも少ないだろうし、ゆっくり話せると思うよ」

 神原さんの親友……ということは、その人も霊能力関連の人なのか?

 霊能力者の知人も霊能力者とは限らないだろうが、少なくとも霊的な内容の話を聞かれてもいい相手なのだろう。

 店内は昭和レトロな雰囲気の小さな純喫茶で、扉を開けた際に鳴ったベルの音に気付き、一人の女性がカウンター奥の厨房から顔を出す。

「あ、いらっしゃい。神原さんもお疲れ様です」

「こんにちは、ヒナさん」

 神原さんは女性に挨拶すると、オレを店内の奥の四人席へと案内した。

 店には客が少ないどころかオレたち以外に誰もおらず、ゆったりとしたジャズ音楽だけが流れている。

「はい、これがメニュー。何でも好きなの頼んでね」

「あ、ありがとうございます」

 神原さんに渡されたメニュー表に目を通すと、メニュー自体はそれほど多くないものの、コーヒーは素材に拘っているようで、更に軽食メニューなども少し載っている。

「じゃあ、アイスコーヒーで」

「うん。ヒナさん、アイスコーヒーを二つお願いします」

「はーい、アイスコーヒーね」

 神原さんは注文をヒナさんに伝えると、メニュー表を元に戻してから「さて」と言ってオレを見た。

「紫園君、君の話は聞かせてもらったよ。お父さんの事もね……辛い中、こんな大変な事に巻き込んでしまってすまなかったね」

 そう言って神原さんは頭を下げたが、むしろ助けてもらったのはオレの方であり、こちらが感謝をするべきだ。

「イヤ、全然大丈夫っす。そりゃ親父が急に死んだのは辛いし、まだ信じられねえっすけど……助けてくれて、ありがとうございました」

 やっとしっかり礼が言えた。

 本当は柑奈さんとあの真城って奴にも礼を言わなきゃいけないのだが、それはまた改めて言おう。

 ……だが思い返してみれば、柑奈さんはまだオレの状況を神原さんに話していないはずだ。

 ここに来るまで、オレと柑奈さんはずっと一緒にいた。

 その間、柑奈さんは誰にも電話をしていないのである。

 それならば、どうやってオレのことを伝えたんだ……?

 それに気付いた途端、僅かに背筋が凍るような感覚に襲われた。

「あ、ちなみにね……君の話は、この人形を通して教えてもらったんだ」

 まるでオレの心を見透かしたかのように、神原さんは自身のスマホを取り出してみせる。

 スマホには可愛らしい小さな人形のキーホルダーが付いており、彼はそれを指差した。

「これはうちの職員が作ったものなんだけど、この人形を通して必要な情報を伝えることができるんだ。簡単に言えば、トランシーバーみたいな感じかな。社用車に付けていた人形を通じて、私に君の話を送ってもらっていたんだ」

「ああ……そういうことっすか」

 ……どういうことだ?

 怪奇現象過ぎてよく分からないが、とりあえずトランシーバーでオレの話は神原さんに聞こえていたといったような事なんだろう。

「お待たせしました~、アイスコーヒーです」

 ふと、先程注文したアイスコーヒーをヒナさんが持ってくる。

「ありがとうございます」

「どうも」

「はい、ごゆっくりどうぞ~」

 オレはグラスを手に持ち、ストローに口をつけてアイスコーヒーを一口飲んだ。

 人形の話で軽く気が動転し、シロップを入れ忘れてしまったが、普通に美味しい。

 神原さんもオレと同じタイミングでコーヒーを飲んだが、既にグラスの半分以上は減っている。

 喉が渇いていたのだろうか?

「少し驚かせてしまったね。ごめん。そういうことだから、君の事情はよくわかった。そこで、一つ私から提案があるんだけど……」

「提案っすか?」

 神原さんは一呼吸置いてから、真っ直ぐにオレの目を見た。

「うん、詳しい話は後から話すけど、まずは単刀直入に言おう。君はまだ高校生だ。だから今後、君の生活の面倒は全面的にうちが支援する。その代わり、私の元でアルバイトをしてくれないかな?」

「……はい?」

 神原さんからの思わぬ提案に、オレは驚きを隠せなかった。

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