「意識が戻った時には、てっちゃんはもういませんでした。辺りはまだ明るくて、そんなに時間が経ってない感じでした。」
頭が朦朧として、何も考えられない。恐怖は何故か、さほど感じなかったという。
ふらふらと立ち上がると、(早く大人たちを呼ばなきゃ)と思って山を降りようとした。
ふと気になって、後ろを振り返った。
(地蔵がない・・・!)
Kはあまり深く考えないようにして山を降りた。
来る時にはさほど思わなかったが、家も無い、田んぼも無い道が異常に長く感じられたという。
ようやく畑が見え始めた時、一台の軽トラが目に留まった。
近づいて行くとすぐそばで、おじさんが一人畑仕事をしている。
Kは泣いて、おじさんのとこへ駆け寄った。
そのおじさんは黙ってKの話を聞いていた。そして言った。
「いいか、この事は誰にも話すな、家の人にも友達にも、誰にもだ!約束できるか?」
Kは泣きながら頷いた。
おじさんは、Kを車の助手席に乗せると、前方を見ながら話し始めた。
「今から助けに行っても無駄だ。たぶんもう、沼の底に沈んどる」
Kは驚かなかった。
(てっちゃんはもう絶対助からない)
とKも感じていたのだ。
「もう、何年になるかのう・・・同じように、あの山に入った生徒がいたんだ」
Kはうつむいて、おじさんの話を聞いていた。涙は止まっていた。
「その事を伝え聞いた父親が、仲間数人と、息子を助けに行ったんだな・・・
警察にも言えない、消防にも頼めない、あの場所は、地元の者以外の人間には知られたくない場所なんだよ」
「あの山の事、みんな知ってるの?」
Kは尋ねた。
おじさんは頷いて、
「大人はみんな知っている。子供たちにも、時期がきたら、伝えるようにしている、間違って山に入ったらまずいからな・・・」
(父さんや母さんも、それを知ってるんだろうか・・・)
Kは明るくて隠し事などしそうにない両親のことを考えて、少し不思議な気がした。
「山を探しまわっても見つからない、父親たちは、機械を使って沼の水を全部抜こうとしたらしいんだが・・・・」
(!!)
「何を見たんか知らんが、山から戻ってきた者みんな、頭がおかしくなってしもうた」
おじさんはエンジンをかけ、車を発進させた。
「家までは送れん、俺が関わってると知られたらまずいからな」
「先輩、僕、A県の名誉にかけて言いますけど、赤子を捨てた母親が、冷酷な人間だったかというと、決してそんな事はないんです、実際、生まれた後に殺すのが、あまりにも忍びなくて・・・流産させようとして亡くなった母親も多くいるんです」
「どうせ、死なすつもりだったら、エッチしなきゃいいじゃん」
Kは驚いた顔で俺を見ると、
「そんな事でもなきゃ、精神に異常をきたすような極限状態にある人間に、今の時代の人間が、あれこれ言えるわけがありません!」
と叫んだ。
Kの迫力に俺はたじたじになった。離れた席から、こっちを見ている奴がいる。
「先輩、すみません、興奮しちゃって・・・」
「また、立ちあがって、どっかに行っちまうかと思ったぜ」
俺はKが意外に男っぽいのをひしひしと感じていた。
「K、お前、彼女と結婚するんか?」
Kはちょっと考えて、
「先の事は分かりませんが、先輩、僕には、Sを絶対、幸せにしなきゃならない義務があるんです」
俺はますますKを好きになった。
・・・終わり
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話