慈愛と 母性と ※コピー&ペースト

中編4
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慈愛と 母性と ※コピー&ペースト

第二次大戦直後の話。

その日、連合軍の薄暗い取り調べ室の中において、米軍将校と一人の日本女性の怒号が飛び交っていた。

 

まさか、この声の主が色白で小柄な彼女であるとは、誰も思わないだろう…さらに力強い声が施設全体に響きわたる。

 

彼女はGHQ(連合軍)から「反米宣伝活動」の疑いをかけられ、ほとんど強制連行に近い形で米軍施設に連れてこられたのだった。

そして、それは一人の日本人女性と駐留米軍20万人との戦いの始まりでもあった。

 

 

ふと彼女の脳裏にの孤児たちの笑顔が浮かび上がる…

彼女の帰りを待つ2000人の孤児達である。

 

彼女の名前は美喜、旧財閥家の血族である。

 

この物語は、敗戦直後の列車の中において、彼女が座る座席の頭上から風呂敷に包まれた乳児の遺体が落ちてきたところから始まる。

この時、彼女自身が警察官から乳児に対する殺害の疑いをかけられるのだ。

遺体をみると、明らかに黒人と日本人との混血児であることがわかった…

車内に飛び交う乗客からの罵声…罵声…また罵声…

無理もない…大戦後、占領軍兵士と日本人女性との間に産まれた子が、遺棄される事件が頻発(ひんぱつ)していたからである。

彼女は警官に対して、「裸になるから医者を呼び、わたしの身体を調べなさい!」…と叫んだ。

すぐに彼女が旧財閥家の血族であり、身の潔白が明かになったことはいうまでもないが、この事件をきっかけとして、彼女の人生は大きく変容していくことになる。

 

彼女が”ある事実”を目の当たりにするからだ。

それは”混血孤児”と呼ばれる子供達たちの存在であった。

二次大戦直後、わが国にはたくさんの売春地帯が存在し、その場所では戦後の生活難から、たくさんの若い女性達が自らの体を売って飢えを凌いでいた。

それは食べるために、あるいは家族を養うために、致し方ないことだったのである。

そこには、金のある占領米軍の兵士がたくさんやって来た。

混血孤児の真実。

中には自由恋愛のケースもあったのかもしれない、しかし、それはあくまでもごく一部の例に過ぎず、ほとんどがレイプや売春の末にできてしまった子供達であった。

彼女は混血孤児たちの存在を知り驚愕する。

そして、この不幸な子供達を何とか救いたいと考えるのである。

この時の、美喜の決心を想像する唯一の道、それは彼女が「クリスチャン」だった事が影響しているのだろう。

世俗的なものの否定の上に、「慈愛の心」を見出す生き方、それが彼女の人生を決したものと思われる。

そんな彼女が導き出した答え。

それは「混血孤児たちの施設」を作ることだったのである。

しかし、施設を作るといっても莫大な金額が必要である。

彼女の家柄は財閥の名家であったが、戦後、占領軍が進めた”財閥解体”の影響からとてもではないが、多くの孤児たちを養える財力は残されていない。

 

そこで、彼女は混血孤児の施設を造るための寄付を募ることにしたのだ。

やがて、成果があらわれる。

彼女の活動が英国の資産家女性の耳に入り、その女性が大口の寄附をかって出たのだ。

そして施設はたてられた。

名前はこの英国女性にあやかり、エリザベス・サンダース・ホームと名付けられた。

 

しかし、そんな彼女の活動を疎(うとましい)ましいとか、恥さらしと言う者もいた。

GHQもまた同様であり、彼女の活動に対してはかなり否定的な考えをもっていた。

ごく一部とはいえ、米兵が日本人女性を「性の道具」にしている事実が世論に広まれば、将来、米国は国際社会から非難の目にさらされるかもしれなかった。

この戦争は米国にとって正義の戦いでもある。

戦勝国としてのプライドもあり、それだけは何とか避けなければならなかったのである…

そのため、彼女に「反米宣伝活動」の罪をなすり付け、施設の解散を画策するのだ。

 

「親にも見捨てられたこの子たちを、また道端に捨てろというのですか!」

GHQ施設の中で美喜の叫ぶ声が響いた…

一歩も引かない彼女の姿にたじろぐ将校。

政治犯でもない限り、彼女を法的に拘束することが出来ないのは明白だった。

それでも将校は、巣鴨プリズン送りをちらつかせ、少し脅せばこちらの思い通りになるものと思っていたのだ。

 

美喜を無理やり巣鴨に送れば、国内外からの反発があることは必至だ。

近い将来、日本は米国にとって、対外アジア政策における重要な拠点となるだろう。

その意味では、日本経済界に強大な影響を与えた、血族(彼女)を取り締まれば、相応のリスクも同時に背負うことは、火をみるより明らかであった。

一つの断片から全てを知ることは出来ない。

いや、不可能であろう。

一つだけ確かなことは、彼女の心の奥底に「聖母マリア」が存在したことである。

連合軍が一人の日本女性に「敗戦」するのはそれから間も無くのことだった。

時は流れた。

 

施設からはたくさんの子供達が養子縁組をして巣立っていった。

 

そして、今でも現存するその場所が、一人の女の”勇気”によって支えられてきたことを知る者は、数少ないという。

 

 

怖い話投稿:ホラーテラー 反逆奴隷さん  

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