共同戦線スピンオフ−カール編

長編13
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共同戦線スピンオフ−カール編

僕はただ 佇んでいた。自分の壊れた体を見つめながら…。

何故だ?一体何故こんな事になった!?

これからやりたい事がたくさんあったのに…

あいつに…!

あの女に出会わなければ…!

病室から見る変わらない景色。

もう何回目だろう、ここから あの大きな銀杏の木を眺めるのは…

だけど、これが最後になるはずだ。

何故なら、三週間前に心臓移植が成功したからだ。

力強い鼓動…

僕は、この心臓をくれた人を知る事は出来ないが、その人の分まで 精一杯生きていかなくてはならないと思う。

色んな事を知ろう。色んな場所へ行こう。

僕を支えてくれた人達を、今度は僕が支えていきたい。

僕は……医師になりたい!

「さぁ、退院の手続きは終わったわよ。

これからは…大学もきちんと行けるわね。

本当に良かった…」

母は 最近すぐに涙ぐむ。

「母さん…」

「あ、ごめんなさい。母さん嬉しくて」

母は、僕が心臓に疾患を持って生まれた事を ずっと自分のせいだと責めてきた。

もしかしたら、僕以上に傷ついてきたのかもしれない。

でも、それも今日で終わりだ。

「母さん、先に行っててくれる?

僕もすぐに 下へ行くから」

「わかったわ。車は入口につけてあるから」

そう言うと 母は病室を出て行った。

もう少し、この景色を目に焼き付けておこう…

何気なく 窓の外を見た時、銀杏の木のそばに 人が立っているのに気がついた。

女の人…?

そんなに距離が離れているわけでもないのに、何故かぼやけて よくわからない。

その人は誰かを手招きしていた。

一体だれを…?

5才くらいの男の子だろうか。その子が女の人に近づいていく。

よたよたと、足元がおぼつかないような歩き方だ。

何か変だ!そのまま進んだら、池へ落ちてしまう!

深さ30〜40cm程の池だけど、この季節だ。水は相当冷たいはずだ。

僕は窓に駆け寄り、

「誰か!下にいないんですか!?」

と呼びかけてみた。

あの子の母親はどこだ?

その時 あっ、と言う間もなく、男の子は池に落ちた。

そしてあの女が、上から男の子の頭を 押さえているのが見えた!

「た、大変だ!!」

僕は窓から離れると、急いでその階にある ナースステーションへ駆け込んだ。

「子供が!子供が溺れてるんです!」

「え、何ですか!?子供がどうかしましたか?」

「だから!中庭の池で子供が…!」

その時僕の耳元で、確かにチッという舌打ちが聞こえた。

後ろを振り向くと、あの女が憎らしげに僕を睨みながら 消えていくところだった!

消えた…!?あの女は一体……

男の子は迅速な処置のおかげで、一命を取り留めたと聞いた。

まだ、集中治療室からは出られないらしいが…

僕はあの女の事を言えなかった。

あれは生きている人間じゃない!

どうやって説明すれば良かったんだ!?

結局あれは、事故として処理された…

大きな疑問が残る事故として………。

誰にも言えないまま、僕は日常へと戻っていった。

あの事は忘れてしまおう…

今はこうして 大学に毎日通う事も出来ているし、食事もちゃんと食べている。

何より体が軽い!どこまでも歩けるんじゃないかと、思える程だ。

とにかく僕は、毎日を楽しむ事にした。

学びたい事は、挙げればきりがないくらい あるのだから…

あの日僕は、大学から帰るのが遅くなってしまった。

調べ物に夢中になって、つい時間を忘れてた。

「もう、バスもないな…。まぁ、いいか!」

僕はそのまま、歩いて帰ることにした。

外は寒いけど、冷たい空気が気持ちいい。

小さく歌なんて 口ずさんでみる。

まだ友達と呼べる人はいないけど…いつか、一緒に笑いあえる友人が欲しいな…

そんな事を思いながら、静かな道のりを歩いて行く。

交差点に差し掛かり、青になるのを待ってた時…

僕の目が認識するより早く、心臓がバクン!と鳴った。

横断歩道の向こう側に あいつがいる…!

闇に紛れているが、僕にはわかる!

は、早く逃げなきゃ!早く!

逃げだそうとするが 体が動かない。

いや、それどころか 足は少しずつ前へ進み出している。

嫌だ!誰か!!

あいつは、僕の所へ滑るように近づくと、威嚇するように歯をカチカチ鳴らし 顔を近づけてきた。

「ジャマヲ スルヤツハ シネバイイ…!」

生臭い息が 頬にかかる。

ごめんなさい!ごめんなさい!助けて下さい!許して下さい!

声にならない声で、僕は叫び続けた。

恐怖で 涙が止まらない…

足はなおも 前へ前へと進んで行く!

眩しいライトと、けたたましいクラクションの音が聞こえ……

僕はただの肉塊となった。

鉄のカタマリが僕にぶつかる直前に 何故かはっきり見えたのは……女の口元に並んだ、二つのホクロだった………

あれから何日たったのだろうか?

しばらく警察やら何やら騒がしかったが、今ではもう普通に車が通っている。

僕はまだ この場所から動けずにいた。どうしたらいいのかわからない…

父が、『自殺なんかじゃ絶対にない!自分から命を捨てるはずは…絶対にないんだ!』

と叫んでいた。

父さん…僕を信じてくれてありがとう。

その通りだよ。僕は自殺なんかじゃない!

殺されたんだ、あいつに…!

僕に心臓をくれた人にも顔向け出来ない。

上になんかあがれるもんか!

あいつに復讐するまでは…!!

だけど どうしたらいいのか…僕は一つも手掛かりを持っていない。

「おい、お前さん!あんたはまだ間に合うぞ。

わしと一緒に来るか?」

…………………?

「この場所にいつまでも立ってても仕方ないだろ?」

なんだ?僕に話し掛けてるのか?

周りを見ても 誰もいないけど…

「下だよ 下!」

下?…………うわっ!びっくりした!

僕の足元に、猫に乗った小さな…人?がいた。

男の人だ。歳は50代前半くらいだろうか。

思わず じっと見入ってしまう。

「あのな、いつまでもその場所にいると縛られちまうぞ。

身動き取れなくなって、悪霊化するだけだ。」

悪霊化?望むところだ。

そうしたら あの女に対抗できるかもしれない。

しかし身動き取れないのは困るな。

あいつを調べる事が出来なくなる…。

「あの、あなたは一体…?」

「わしか?わしはお前さんと同じ、死者だよ。

この猫もだ。なぁ、チョビ?」

猫は目を細め、ナーと鳴いた。

「お前さん…既に少し闇に喰われてるぞ?

でもそれくらいなら、一瞬で消せる奴を わしは知ってる。」

自分の手を見てみると、指先が少し黒ずんでいるような気がする…。

なんだ これは!?

「…僕なんかが 一緒に行っていいんでしょうか?」

「今更一人二人増えたって 気にするような奴じゃないさ!

ついて来な。」

僕は、猫に乗ったおじさんの後をついて行く。

どうせ行くところなんてないんだ。ここに居ても仕方ないし。

それにしても、死者が集まる場所でもあるんだろうか?

なんにせよ、僕はこうして ここから離れる事になったのだった。

「…ここですか?」

着いた場所は、何の変哲もない 普通の家だった。

なんか社のような…寂しい所を想像してたから、あまりの普通さに驚いた。

「そうさ。遠慮しないで入ってきな」

おじさんはそう言うと、玄関のドアを開けずに すっと 吸い込まれるように中へ入って行った。

なるほど。壁とかは関係ないのか…。

でも いざやろうとすると、ぶつかりそうで怖いな。

僕は目をつぶると、頭をそっとドアにつけてみる。

すると、スルリと中に入る事ができた!

凄い!これは便利だ。

「おーい、ゆうや!いるのかー?」

おじさんが呼びかけると、奥から高校生くらいの男の子が ひょいっと顔を出した。

…って、ちょっと待って!

「あの!あの人生きてる人間じゃないですか!?」

「?そりゃそうだよ。ここは、生きてる人間の家なんだから。」

おじさんは、当たり前だろ?と言った。

確かに、死者が集まる場所とは言ってなかったけど…。

気づくと 彼がもじもじしながら近づいて来ていた。

この感じ…まさか…

「オ、オッサン!この綺麗な人は誰!?」

やっばりな。彼は勘違いしているようだ。

「ガッカリさせて悪いがなぁ、この人は…男だ。」

ゆうやと呼ばれた人は、目を丸くしてまじまじと僕を見てから

「うぇえ!?なんだよそれ〜!」

と、ひっくり返った。

数え切れない程 女性に間違われた事がある僕だが、こんな反応は初めてだ。

ちょっとムッとした。

「こら!失礼だろうが、ゆうや!

しかし女なら幽霊でもいいのか?お前は…」

「ばっ!ちげーよ!そんなんじゃねーって!

……あ、ごめん ごめん。俺ゆうや♪よろしく。」

そう言うと彼は、僕の体に一瞬触れた。

その瞬間、体が吹っ飛ばされたように感じた。

本当に突風に吹かれたように感じたのだ。

驚いた僕が自分の体を見ると、指先の黒ずみが跡形もなく消えさっていた。

この人は一体…!

「あのなゆうや、この人をここへ置いてやってくれや。

構わんだろ?えーと名前は…」

「あ、修です」

「だそうだ。」

「……ふ〜ん。いいんじゃない?オッサンが連れて来たなら、悪い奴じゃないだろうし。

じゃ、上に行こうぜ!」

そう言うと彼は、2階へと行ってしまった。

「あいつはな、ちょっとした霊なら無意識に吹っ飛ばしちまうんだよ。

気にいらない奴はな?」

とすると僕は、受け入れられたという事か…?

それにしても…事故現場で、僕が両親にいくら話しかけても気づかれさえしなかったと言うのに、彼は死者と普通に話しているじゃないか!

霊能者ってやつなんだろうか?

「じゃ、行くか。」

おじさんに促され、僕も2階へと向かった。

ゆうや君の部屋は、男の子らしい感じの部屋だった。

僕の部屋とはだいぶ違う。

やたらとゲーム類が多いような気がするが、きっと普通はこんなものなんだろうな…。

そこで僕達は、色んな話しをした。

あの女の事は言わなかったが、僕が大学生だった事や病気がちで入退院を繰り返していた事。

医者になりたかった事なんかを話した。

彼は、勉強を教えてもらえると喜び

「医者になりたかったんなら いい物見せてやろうか?」

と言った。

「いい物…ですか?」

「うん、ちょっとこっちに来て!」

彼について行くと、そこは書斎のようだった。

「ここは?」

「ん?親父の部屋。うちの両親医者なんだ。見てみなよ、こんなの興味ない?」

指差したのは本棚だった。それを見た僕は目を疑った。

「信じられない…!」

そこには、僕がいくら探しても見つからなかった 医学書が並んでいた。

読みたいと切望していた本は、全てここにあると言っても大袈裟じゃないくらいだ!

既に絶版された物まである。高価過ぎて、とても手を出せなかった本まで…!

「うちの親父はなんて言うか…仕事オタクっつうかさ。

一生勉強だ!とか言って、集めまくってんだよ こういうの。

母さんも仕事に関係ある物だから、うるさく言えないみたい。

読みたかったら、好きにしていいよ」

「!! いいんですか!?本当に?」

「ちゃんと元に戻して置けば、かまわないよ。」

なんて幸運だ!おじさんについて来て良かった!

それからの僕は、家にいる時は本を読みあさり、外に出る時は あの女の手掛かりを探し歩いた。

しかし一向に見つからない…。

どこにいるんだ あいつは…!

半年程そんな毎日を過ごした頃、本棚にあったアルバムみたいな物に ふと手を伸ばしてみた。

これは!相当古いが、間違いなく僕が入院していた病院だ。

パラパラとページをめくる手が止まる。

そこには医師達と看護師達が集まって撮った、集合写真のようなのが貼ってあった。

その中の一人を見て、わなわなと体が震え出す。

見た目はだいぶ違うが、この口元に並んだ二つのホクロ…!

この女に違いない!

僕は思いがけず、やっと一つの手掛かりを掴んだのだった。

まさかあいつが、あの病院の看護師だったとは…!

日付を見ると 40年程前の写真だという事がわかった。

建物も、今とはずいぶん代わってしまってはいるけど 確かにあの病院であった。

僕は ゆうや君の部屋へと急いだ。

「ゆうや君!ちょっと聞きたい事があるんですが!」

「うあっ!ビックリしたぁ!」

ゆうや君は、ゲームのコントローラーを落としそうになりながら どうした?と、聞いてきた。

「あの、ゆうや君の御両親が働いている病院は、もしかして〇〇記念病院ですか?」

「いや?違うけど。」

「そ、そうですか…。」

「でも 爺ちゃんが働いてたのは、確かそこだったと思う。」

「本当ですか!?お爺さんは今は…」

ゆうや君は、すっと上を指差した。

「もう俺が小学校に行く頃には、天国に行っちゃったよ。」

そんな…。ゆうや君を通して、聞きたい事があったのに。

まぁ、いい。それでも、一歩前進したのだから…。

「なんかあったのか?」

不思議そうに ゆうや君が僕の顔をじっと見る。

「…なんでもないんです。ただ、僕の入院していた病院の写真が あったものですから」

「そうなの?」

僕は何度か、あの病院に足を運んではいたが いつも外側ばかりを調べていた。

病院の中の…何か書類みたいなのを 調べる事は出来ないだろうか…。

「ゆうや君、遅い時間ですけど、僕 ちょっと出かけてきますね。」

「ん〜。あ、オッサン見かけたら帰るように言っといてくれないか?カール。」

「はい、わかりました。じゃあ行ってき…」

僕は、ドアに向かいかけて 足を止めた。

「あの…今なんて?」

「ん?」

「カール、とかなんとか聞こえたんですけど…」

「あぁ、俺さ ずっと修って呼んでたけどさ。

基本的に友達を呼ぶ時は、みんなあだ名で呼んでんだよね。

修は髪がくるくるしてるから、カールな!」

「カ、カール!?」

なんか…なんか…。

すっごく恥ずかしいんですけど!!

なんでよりによって、カールなんて、そんな…

「あ、あの…!」「ん?」

「…いえ…行ってきます……。」

外に出てからも、僕の顔は熱いままだ。

やっぱり、あのあだ名はちょっと……

でも、僕を友達だと言ってくれた。

何度もその言葉を、心の中で反復させてしまう。

うん…カールってあだ名も、なかなか いいかもしれない…。

慣れれば、きっと……!

病院につくと僕は、ナースステーションへと向かった。

実体を持たない体というのは、こういう時は便利だな。

誰にも咎められずに どこにでも入れるのだから。

22時を過ぎている事もあって、ナースもまばらにしかいない。

何か あの事に関する手掛かりはないかとあちこち見て回ったが、それらしき物は見つからなかった。

ここにはないのか?だとすると…

そうだ、院長室だ!

きっと あそこなら……

院長室に入りいろいろと見ていると、埃をかぶっている棚に ある物を見つけた。

…………………これだ!

『職員名簿』

年代別に並んでいるみたいだ。きっとこれに、何かしらの手掛かりがあるはずだ。

46年度…45年度…41年度…

え!?41年度!? いくら探しても、三年間分の名簿が見つからない。

何故だ…?

しかし僕は直感的に、あの女が絡んでいるに違いないと 思っていた。

きっと何かあったはずだ!

40年前のこの年に……

結局その後も探してみたが、名簿は見つからなかった。

隠してあるのか、それとも捨てられたのか…

どちらにしても、もうここには何もなさそうだ。

まぁ、いい。時間はたっぷりあるんだ。

少しずつでも 必ずあの女に近づいてみせる…!

とりあえず僕は、戻る事にした。

次の日、僕は早速書斎を探してみたが 何も見つからなかった。

ゆうや君に聞いてみようか…?

もう7時だ。起こすのにちょうどいいだろう。

揺らして起こしてみる。

まだ眠そうに目を擦りながら

「んぁ…おあよカール…」

と、彼が言った。

その言葉にいち早く反応したのは、おじさんだった。

「は?カール?なんだ、そりゃ!?」

「え〜と…僕のあだ名だそうです…」

それを聞いたおじさんは、僕を見てありゃ〜という顔をした。

チョビまでウニャ〜(かわいそ〜)みたいな顔をしている。

「とうとうあだ名をつけられちまったか。

相変わらずセンスのないネーミングだなぁ。」

「んだよ オッサン!俺のセンスに文句つけんなよな〜?」

パジャマを脱ぎながら、おじさんを睨む。

「修はこの猫をチョビって名前だと思ってるだろ?

チョビもあだ名だからな。」

「え!そうなんですか?」

「ああ。ゆうやがな、あだ名をつけたんだよ。

全体に黒い毛並みなのに、前足だけが靴下はいてるみたいに チョビっと白いから チョビなんだと。

本当の名前はな、リンってんだ。」

「……僕は、髪がくせっ毛だからだそうです。」

おじさんはため息をつきながら

「まぁ、仕方ないなカール。諦めろ」

と言ったが、すでに僕をカールと呼んでいる。

別にいいけど…。

「あ、そうだ。ゆうや君!お爺さんの物とかで、名簿みたいのって もう残ってませんか?」

「名簿?……さぁ、わかんないな〜。

ばあちゃんの部屋にだったらあるかも。」

「見てみてもいいですか?」

「いいよ別に。でも名簿って何の?」

「職員名簿なんですけど…」

「ふ〜ん?ちゃんと戻しておいてくれればかまわないから。」

そう言うと彼は、下へ降りて行った。

僕は、しばらくおじさんと談笑した後 お婆さんの部屋だった場所へ行ってみた。

そこは綺麗に片付けられた、和室だった。

何か見つかればいいんだが…。

でも、この部屋の探索はなかなか進まなかった。

なにせ 両親のどちらかがいる時は、物音をたてるわけにはいかず、探す事が出来なかったからだ。

あと少しで僕の命日だ。

もう一年が経ってしまうのか。

少し焦り出した頃、和室で 厳重に包まれた箱を見つけた。

中を見てみると……

あった。名簿だ!ちゃんと3冊ある。

ページをめくると、あの写真が載っていた。

あの女の名前は…〇〇シノだ。

しかし住所が、3冊ともマジックで消されている。

これをなんとかしなければ…………

怖い話投稿:ホラーテラー 桜雪さん  

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