小学校一年生の時。祖母の家に一週間程泊まった時の事。
『鏡にへんなものが映るけんど、見たらあかんで』と言われた。
あてがわれた六畳の部屋には、年季の入ったらしき鏡台が一台。
そこは昼間でも暗く電気をつけても大して明るくならない部屋だった。
寝泊り可能な様に中を片付けた際、私は祖母の忠告も忘れて、鏡にかかっていた布を何となく取り払ってしまった。
何しろ、貼れるものは貼り、剥がせるものは何としても剥がしてしまう様な年齢である。好奇心旺盛と言われる頃。
ある朝。
詳細はよく覚えていないが、確か鏡台に乗せていた瓶か何かをとろうとして、そちらに手を伸ばした時だった。
私の手が、鏡に映る。
ぶよぶよとした生々しい、青白い手だった。
勿論『え、』と戸惑いを隠せなかった私は、鏡を反射的に見る。――確かに、自分の影が映っている。
影、というのは部屋が暗かったからだ。
窓から弱い明かりが差している為、傍で目を凝らせばよく見えたが、はっと顔を上げた時には輪郭くらいしか確認できなかった。
たたずまいといい、身体の角度といい、自分の影に間違いない。
細部までよく見えずとも、そういう事は分かるものだ。
しかし、鏡に正対して全く動かないという事はない。
肩や腕のゆれなど、ささやかな動きの一つ一つまで丸きり私と同じ動作だったのである。
だが、その影は自分のものではなかった。
着物を着ていたのだ。輪郭しか見えなくとも、自分の衣服と違う事は理解出来る。
そして段々と目が暗闇に慣れて来るにつれ、自分は坊主頭の筈であろうにも、鏡像が何だか変にもじゃもじゃした髪型をしている事も明らかになった。
私は電気を点け様とした。
鏡像が、全く同じ動作をした。
顔を確認したかったのだが、何故かふと思いとどまり、私はそのまま部屋を出て行く。
不思議な事に当時は、余り怖いと思わなかった。
祖母の忠告は覚えてはいたが、その時の私は、もっとずっと視覚的に異質でいびつな何かこそ『変なもの』だ、と信じて疑わなかったのだ。恐らく、特撮や漫画の影響だったのだろう。
祖母はもう亡くなったので、彼女が何に対して警告を発したのか、もう知る事はできない。
今となっては、電気を点けなくて良かった、と胸をなでおろす様な、ぞっとする体験なのだが、ある人に以下の様に言われ、思わず震えが止まらなくなった。
言われてみたら、それは『鏡に映っていた』のだ。
「――顔見とったら、目と目が合うとったやろな」
怖い話投稿：ホラーテラー 心愛さん
作者怖話