僕が学生のころにあった数ある恐怖体験の中で、一番恐ろしい恐怖体験だ。
未だにあの瞬間を思い出すと足が震える。
逃げ出せたのは運以外の何物でもない。
今、それを語ろうと思う。
当時、僕はクラスで一緒になったAと学内で良くつるんでいた。
僕の通っていた大学はスポーツに力を入れている大学で、Aはアメフトのスター選手だった。
名前を出すことは出来ないが、現在でもアメフト界では有名な選手だ。
分かると思うが、男社会はパワーワールドだ。
Aを中心としたグループは発言権が強く、その中心人物であるAの力もやはりとても強いものだった。
しかし、Aは昔のマンガの主人公のような男で、一旦仲良くれば親身になって面倒を見るという熱い男だった。
クラスコンパで積極的にリーダーシップを取ることなど朝飯前。
東に友達が少なそうな人がいれば率先して仲間に引き入れ、西に揉め事があれば問題解決に全力を尽くす。
誰もがAを頼り、誰もが彼には一目置いていた。
男の中の男。
それを体現したのがAだった。
Aの住んでいる家は一人暮らしの学生ながら、年代物の一軒屋だった。
彼の父親の教育方針らしいが細かいことは分からない。
だが当時を振り返っても、かなり立派な建物だったのを思い出す。
Aの人柄と、立地条件からAの家は多くの人間のたまり場になっていった。
そして当然のことながらAは嫌な顔一つしない。
いつものようにAの家で飲み会を開いた。
一人、また一人と撃沈していき、最終的にAと僕はサシで飲んでいた。
いつものことだが、皆に毛布を掛け、唯一のベッドを他人が使っても嫌な顔もしない。
「お前もムリしないで寝ろよ?」
「いや、今日バイト無いから全く眠くないわ」
「じゃあ俺、風呂でも入るよ。後よろしく」
そういうとAはリビング兼自室から出て行った。
僕は当時、夜のバイトをしていたので、夜中に起きているというのは大して苦ではなかった。
と、言うよりも夜が活動時間なのだ。
しかしやることが無い。
暇つぶしにAVでも漁るかと思い、ゴソゴソとタンスや物置を物色し始めた。
備考:男はこういうことを平気でするので、淑女の方は嫌わないであげて下さい。
それは貴女に気を許している証拠です。
特に目ぼしいものは見つからない。
おいおい、アイツ性欲無いのかよ。
どんだけ完璧超人だ。
僕がそう思い始めたころ、床の音に気が付いた。
絨毯の上で明らかに音が違う箇所があるのだ。
僕は満面の笑みを浮かべ、絨毯を引き剥がした。
Ive got it!
やはりそこには扉があった。
こんなに厳重なところに隠すなんて……。
とんでもないお宝に違いない!
僕はホクホクとその扉を開けた。
そして何十冊何百もの膨大な蔵書とアイテムの数々に目を見張った。
これは凄い。
期待以上だ。
扉の内側は1m×1m×1mにも満たない窮屈な立方体の空間だ。
だが所狭しとDVDや本そして、何かの道具がぎっしりと収められていた。
やるなあ、Aのヤツ。
僕はエースパイロットが敵機を次々と撃ち落すのを見るような気持ちで彼を心の中で褒め称えた。
いざ、行かん!
そして徐に一冊の本を取った。
どんな上級者プレイがそこに待ち構えているのか。
桃源郷はすぐそこだ!
いやいやエル・ドラード?
まさかのシャングリ・ラ??
そこにあるのかユートピア!?
ん?
……男だらけ。
…………裸の男のみ。
…………………え? 何コレ?
『ガ・チンコ フルスロットル! No.69』って何!!!????
僕のそのときの衝撃は筆舌に尽くしがたい。
優しいA。
熱い心のA。
男気のあるA。
面倒見のいいA。
頼りがいのあるA。
俺たちの兄貴分のA。
……そのアニキ?
ヤバイドウシヨウ。
ソウダハヤクトビラヲシメテ。
ナカッタコトニシヨウ、ミナカッタコトニ――
僕の時間が止まっていたのはどれくらいだろう。
そのとき、肩を掴まれた。
後ろからそっと。
未だに覚えている。
右肩を。
優しく掴むようにしかし力強く、ぐうっと。
アメフト選手の握力で。
タオル一枚の姿で。
満面の笑みのAがいた。
た、助けて、下さい。
僕は生まれて初めて神に祈った。
怖い話投稿:ホラーテラー 鴨南そばさん
作者怖話