即身仏というものをご存じだろうか。簡単に言えば、日本版のミイラのことだ。他人の手で加工されてつくられるエジプトや南米のミイラとは違い、日本のミイラは過酷な修行の末に、自力で身をその姿へ変貌させる。
羽越本線鶴岡駅から国道112号線を経由して50分ほど行ったところに、湯殿山という山がある。周囲は雄大な山々に囲まれており、よく晴れた日には山の緑と空の青のコントラストがとても美しい。そんな景色の中、湯殿山の山頂に立つ真紅の鳥居は、遠方からでもひと際目立つ。
このあたりには、湯殿山、月山、羽黒山といった3つの山があるのだが、これらを総じて出羽三山という。ここは昔から修験道の修行地になっており、即身仏の聖地でもある。現在、日本で発見されている即身仏のうち、およそ3分の1がここで修行を積んだ修験者なのだ。
出羽三山で修験者が、即身仏になるための修行を行う場所は決まっている。奥の院とされている湯殿山の中腹あたりだ。そこに山小屋を立てて、2000日間という途方もない期間の断食を行う。もちろん何も口にしなければ即身仏になる前に死んでしまうので、水と塩だけで命をつなぐ。死んだあとで内臓にうじ虫がわかないようにと、うるしを飲むこともあるそうだ。
そして見事、2000日の断食を成功させた暁には、体がげっそりと衰弱しきっており、子どもくらいのサイズになっているという。その後はあらかじめ土中につくっておいた4メートル四方の石室に入ったあと、座棺(座ったまま入れる棺)に身を入れる。あとは上から土をかぶせられ、生きたまま埋葬されるのだ。
土の中で修験者は昼夜問わず経文を読み続けながら、鐘を鳴らし続ける。1週間ほどたつと、鐘の音が聞こえなくなる。死んだという合図だ。さらに3年後、弟子たちの手によって取りだされたものが即身仏となる。
極限まで断食し、生き埋めにされる即身仏は残酷と思うかもしれない。しかし修験者たちは、それが衆生を救うためにさとりを開く行為だと信じて疑わなかった。だからこそ、この過酷な修行を完遂することができたのだろう。信仰心のかたまりといえるこれらの即身仏は、出羽三山に点在する各寺社で拝むことができる。
なお、即身仏の修行はすべて成功するわけではない。どこかで失敗して死体が腐ってしまうなど、完全な即身仏になれなかった修験者も存在する。そういった修験者の霊は出羽三山をさまよっており、山岳修行でここを訪れる現在の修験者たちも頻繁に目撃しているそうだ。

山形県鶴岡市羽黒町手向字羽黒山
38.702688
139.983027
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