ブスコの獣

アメリカのインディアナ州チュルブスコに伝わる巨大なカメの未確認生物。
1948年から49年にかけて捕獲騒動が起り、怪物の存在が全米に知られるようになった。
最も古い目撃情報は1898年にオスカー・フォウクという農民が、チュルブスコ近郊にある所有する農場の湖で巨大なカメを目撃した。
1948年7月、フォウクと名付けられたその湖に二人の男が釣りに出かけた。彼らは湖で車のボンネットほどもあるカメを見たと、現在の地主であるゲイル・ハリスに語った。この話を聞いた地元のカメ専門家、ラスティ・リードは作り話だと断定し、新聞も一笑に付した。
自分も大ガメを見たと主張するハリスを除いて誰も信じる者はおらず、このニュースは終わるかに見えた。
1949年3月初めに、ハリスは再び大ガメを見たといい、何人かの住民を説得して捕獲にのりだした。湖面にワイヤーを張り、牛肉と鶏肉を取り付けた罠が仕掛けられた。やがて水中を泳ぐ生物が現れたがすぐに姿を消した。この様子は映像に収められたといわれるが、現在は失われている。
数日後、この捕り物を取材するためにUPI通信の記者がやってきた。ブスコの怪物は全国ニュースになり、一躍注目を集めた。第二次世界大戦が終わってまだ日が浅く殺伐とした気分が残っていた。世間はこの怪物騒ぎを楽しむ風潮が強く、地元紙は「オスカー」の愛称を付けて報道した。
ハリスは自分の名誉が疑われていると感じ、怪物の捕獲にのめりこんだ。
3月12日には200人以上の旅行者が見物に訪れ、チュルブスコの街から農場までの道は車の列で渋滞し、上空を飛行機が飛びまわるという騒ぎになった。14日には見物人が3000人に膨れ上がり、農場は踏み荒らされて収拾が付かなくなった。
ハリスは自動車修理工と新たな罠を開発し、水中を覗く潜望鏡を作り、潜水具を入手した。潜水調査が始まったが最初の潜水夫はヘルメットが水漏れを起こして中止、次の潜水夫は湖の底にたまった泥に足を取られ2時間半も水中にいて何も見つけられなかった。
4月にインディアナポリスからやってきた2人の男がブスコの獣を捕獲したと主張した。
ハリスがそれを買い取ろうとした矢先に、ただの海ガメだったことが判明した。
5月には世間の関心も薄れたがハリスは捕獲を諦めなかった。9月にハリスはトラクターを使いポンプで湖の排水を試みた。再び世間の注目を集め見物人が詰めかけた。ハリスはこれまでの捜索費を補填するため見物料を徴収した。10月13日、上院議員や著名人を含む見物人が見守る中、罠に付けられたアヒルを捕ろうとブスコの獣が現れた。しかし、排水ポンプが壊れて捕獲に失敗した。
12月にハリスは虫垂炎で寝込んだ後に捜索を再開したが、雨で湖の水位が元に戻ってしまった。資金が底をついたハリスは翌年、湖を含む農場を売却している。
現在ではブスコの獣の正体はカミツキガメと考えられている。カミツキガメは甲羅の長さが最大で40cmほどになり、記録に残る最大体重は100kgを超える。1937年にカンザス州で184kgのカミツキガメが捕獲された言い伝えがある。またインディアナ州では生息が確認されていないが、ワニガメは体長が最大で80cmに達するものがあり、その可能性も指摘されている。
1949年以降、目撃情報がない理由として、湖の底に地下水路があり、そこから逃げたためだと考えられている。
地元では毎年6月の数日間、「チュルブスコ・カメ祭」を開催し、パレードやカーニバル、カメ競争が行われている。

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