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【1948年】ゴーマン少尉機空中戦事件

1948年10月1日、アメリカ合衆国ノースダコタ州において、その事件は起きた。その日の午後9時、空も月明かりしかない暗い状態で、飛行している軍機があった。いつものように基地に帰ろうとしたジョージ・Fゴーマン少尉は、自分の機体の下の方に光が点滅しているのを確認した。管制塔に連絡したところ、南から小型機が向かってきているのではないかとのことである。その謎の光は管制塔からも目撃されており、すばやい動きを見せていた。
ゴーマン少尉は、管制塔からの連絡を待った後、その謎の光を追跡することに決めた。高度は300メートル、速度はおよそ400メートルほどであったという。少尉が近づくと、その光の主は、急旋回しながら上昇していった。あたかも逃げているかのようである。あわてて少尉も後を追ったものの、あまりのスピードに一時的に気絶してしまうほどの速度であった。その後、追いつくことをあきらめた少尉はその機体を先回りすることにしたのだが、光は150メートルほどの距離をとって上昇し、20分ほどで姿を消してしまった。一瞬垣間見えたその光の正体は全長20センチほどの小さな白い物体であったという。
その知らせを受けた、ATIC(航空宇宙技術情報センター)は、すぐさま調査に取りかかった。というのも、そのような謎の飛行物体の目撃情報が以前にも何回か確認されていたからである。しかし、その後光が現れることはなく、ゴーマン少尉の証言もあまり有力な手がかりとはなり得なかった。
最終的にこの事件は、未だに正体不明のままである。アメリカでは、このような未確認飛行物体の目撃談が多いがその実体はまだまだ解明できていないのである。
さて、このゴーマン少尉の事件では、いったい何がおこっていたのであろうか。様々な機関や研究者たちが、調査を進めた結果、結論とは行かないまでもとある推測がたてられることになった。それは、その飛行物体は、実は木星だったのではないか、というものである。
まず、その日のちょうど光が目撃される10分ほど前、近くの気象観測地から灯火のついた気象観測用の気球が飛ばされていたことがわかっている。その気球がちょうどゴーマン少尉が、未確認飛行物体を最初に目撃した時間帯に、基地の上空にあったらしいのである。つまり、一番最初の光の正体はどうやらこの気球らしいことがわかっている。
だがしかし、気球であればゴーマン少尉が証言したような急や旋回などをするはずがない。そこで考えられるのが、ゴーマン少尉がはじめにみていた光は確かに気球であった。しかし、接近した後にあまりのスピードに気絶した後にみたのは星だったのではないか、という説である。ゴーマン少尉は、謎の光を確認したことで機が動転していたことが考えられる。アメリカではそれ以前にも未確認飛行物体のことが噂されており、そのことも頭をよぎったのではないだろうか。そして、追いかけるうちにあまりのスピードで気絶してしまい、完全にパニックに陥ったのではないか。その結果、本来届くはずのない木星が、それまでみていた飛行物体のように思えて、追いかけようとしてしまった、というのである。星が飛行物体のように見える現象はそれまでに確認されており、温度の加減で大きく見えてしまうこともあるのだという。
つまり、この事件の真相は、動転した少尉の勘違いだったのでは、というのが有力な説である。しかし、急な旋回をしていたという証言や気絶する前、追いかけ始めたときにすでに猛スピードであったというのはとても気球とは思えない話である。果たして本当に気球と木星であったのか、それは未だにわかっていない。