うつろ船(虚船)船漂着事件とは江戸時代のは茨城県大洗町(北茨城市という説もある)の太平洋上に正体不明の船が突然現れた出来事である。
このうつろ船とはその時に突如出現した伝説の船とされる。
このうつろ船漂着事件は1825年頃に『兎園小説』という当時の好事家や文化人の集まりにより編集された、「兎園会」「耽奇会」という奇談や怪談をまとめた本に記載されている。
この『兎園小説』という集団は、大手出版社の編集した雑誌というよりは趣味で集まった者同士による自費出版という色合いが強く、今でいうところの同人誌に近いものであり、記載されている記事が史実であったかという信憑性にはやや欠ける文献であるという点は覚えておきたい。
そしてこの事件の正確な日時は不明であるが、1825年頃に『兎園小説』から出版された本に記載されている点から、日本ではおよそ1825年の文政時代の出来事と推察される。
その本の内容に、「うつろ船の蛮女」という記事が図解入りで掲載されており、今に知られる事となる。
さらにこの『兎園小説』の会員であった国学者、屋代弘賢の著作である「弘賢随筆」にもうつろ船漂着事件の事が記録されている。
以上の記録が、うつろ船漂着事件の事が記載された、現存する数少ない資料といえる。
このうつろ船は海から突然流れてきて当時の人々は大いに驚き、恐れたが特に何か起こるわけでも無くまた忽然と姿を消したとされる。
この点は現代における空飛ぶ円盤の感覚に非常に共通するものがあるといえる。
しかしこのうつろ船が空飛ぶ円盤のように不思議な動力を持っていたとか、空を飛んだというような記録は一切存在していない。
当時このうつろ船を見た者が伝えた様子によると、
船全体は黒く、鉄で出来ていた
船の外壁に解読不能の文字のようなものが大きく描かれていた
船には異国の女性と思われる人物がのっていて、大きな箱をもっていた
などの証言があったようである。
この女性の存在が、上記の「うつろ船の蛮女」のタイトルの由来となっている。
このうつろ船の正体を現代の研究科は以下のように推察しているようである。
・鉄で出来ていたという点、神出鬼没の点から、どこかの国の潜水艦だった説
・上記で言及した、空飛ぶUFO説
・外国から漂着した大型船舶説
またこれら以外にも海の神様説など突拍子もない説も数々提唱されているためこの「うつろ船(虚船)船漂着事件」はまさに世界中の古今東西で記録されているオカルト事件の数少ない和製版といえる存在である。
そして2014年5月26日の茨城新聞によると、川上仁一という忍者の末裔とされる人物の伴家から古い古文書が発見され、件の「うつろ(虚船)船漂着事件」に関する記載があったとされ、うつろ船の漂着場所が、「常陸原舎り濱」という現在の、神栖市の波崎舎利浜と記されていた。
この資料の発見により半ばおとぎ話、オカルト話と位置づけられていた「うつろ船(虚船)船漂着事件」が再び注目を集め、この資料を元に研究が再燃しつつある現状である。
そしてこの資料の発見者は岐阜大学の名誉教授、田中嘉津夫という人物であったことが上記の茨城新聞に報じられている。
ちなみにこの「うつろ船(虚船)船漂着事件」は以下のフィクション作品のモチーフとして登場している。
『うつぼ舟の女』 諸星大二郎 [漫画作品]
『虚船』 杉浦秀明 [小説]
『天の空舟忌記』 光瀬龍 [小説]
『うつろ舟』澁澤龍彦 福武書店 [小説]
『空飛ぶ虚ろ舟』古川薫 文藝春秋 [小説]
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