マクスウェルの悪魔(Maxwell's demon)は、1867年頃にスコットランドの物理学者ジェームズ・マクスウェルが(James Clerk Maxwell、1831年6月13日 - 1879年11月5日)考えた架空の存在で、思考実験を説明させるために生み出された。マクスウェルの悪魔はとても微小な存在で、空気中や液体中の分子を見ることができ、かつその分子の移動を制御する扉を開く力を持つ。
いま一定の温度の気体が閉じ込められた箱があり、その箱の真ん中に仕切りを入れて、左右にひとつずつ小部屋を作るとする。仕切りには分子1個が通ることができるくらいの小さな扉がついているとして、マクスウェルの悪魔にこの扉の番人をさせる。
気体分子は、分子が属する気体の温度によって飛び回る平均速度が異なり、気温が高いほど速く運動する。しかし、分子ひとつひとつを見れば、速い速度の分子もあれば遅い速度の分子もある。
そこで、例えば左側の小部屋で速い速度を持つ気体分子が扉に近づいてきたら、悪魔は扉を開けて右側の部屋に分子を送り込み、右側の部屋で速度の遅い分子が扉に近づいてきたら同様に扉を開け、左の部屋に分子を送り込むことをする。この作業をおこなうことで、やがて左側には遅い分子ばかりが集まり、反対に右の部屋には速い分子ばかりが集まることとなる。すると悪魔は何も仕事をしていない(ここでの“仕事”は物理用語であり、一般の仕事とは意味が異なる)にもかかわらず、部屋の温度は左は低温に、右は高温になるのである。
しかし熱力学の第2法則より、低温の物質から高温の物質へ熱を移動させる場合は外に何も変化を与えずに行うことはできない(必ず外部から何らかの形で仕事をしてやらなければならない)はずであるので、このことは法則に矛盾している。この矛盾は熱力学に重大な問題を投げかけ、約150年間科学者を悩ますこととなった。
物理学者のレオ・シラードは、1929年にマクスウェルのモデルを単純化したシラードのエンジンとよばれるモデルを使い、マクスウェルの悪魔が分子を観測する行為によってエントロピーが減少するということを示した。前述の熱エネルギー第2法則は、いくつかの表現があり、「断熱系(外部より熱の出入りが無い状態)ではエントロピーが増大するように現象が起こる」と言い換えても良い。よってシラードは、全体としてエントロピーは減少しないはずなので、悪魔が分子を観察したときにエントロピーの減少分以上の増加がどこかで起きるであろうと考えた。これを実験で確認したのは、レオン・ブリユアンとデニス・ガボールで、1951年に悪魔を光による観測に置き換えて実験を行い、観測の過程でエントロピーの増大が起こることを示した。これにより悪魔はその存在を否定された。
しかし、1973年にチャールズ・ベネットがエントロピーの増大をもたらさない観測方法があることを発見したために悪魔は復活することになった。
その少し前の1961年にロルフ・ランダウアーが、コンピュータのメモリから記録を消去すると、前述のブリユアンたちが実験で求めたのとほぼ同量のエントロピーの増大を引き起こすことを発見し、後に「ランダウアーの原理」と呼ばれた。この原理をもとにチャールズ・ベネットは再び次のような考えを発表した。エントロピーの増大は、観測時に起きるのではなく、悪魔が次の分子を観測するため、前の情報を忘れようとするときに発生するとすれば、矛盾無く説明できると。これによって悪魔は葬り去られたように思われるが、このアイディアは発表時に大変な反響をよび、現在でも検証中である。
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