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ラハブ(Rahab)とは、旧約聖書に登場する海の怪物である。
その名は「嵐」「傲慢」「騒音」「凶悪」を意味し、「混沌」や荒れ狂う海を象徴するとも云われる。一般的には竜や大蛇の姿をしているとされ、レヴィアタンと同一視されることもある。

【旧約聖書の怪物ラハブ】
旧約聖書に登場するラハブは、ユダヤ教の神エホヴァの敵として記される。
聖書の中のラハブは、ユダヤ人を迫害するエジプトの象徴として語られ、『イザヤ書』30章7節ではエジプトの代名詞として使われている。(一説によるとラハブは、元々エジプトの守護神だったとも云われる。)
そして、ラハブはユダヤの敵として、神エホヴァに殺されるのである。モーセがエジプトを脱出するときに海が割れたことも、ラハブが神に頭を割られたと表現されている。
また、『イザヤ書』51章9節では、ラハブは「竜(タンニーン)」として記されている。(因みに同書では、レヴィアタンも「竜(タンニーン)」と呼ばれている。)

《ヨブ記26:12-13》
神は御力を持って海を制し英知をもってラハブを打たれた。
風をもって天をぬぐい、御手は逃げる大蛇を刺し貫いた。

《イザヤ書30:7》
エジプトの助けは空しく儚い。それゆえ、わたしはこれを「何もしないラハブ」と呼ぶ。

《イザヤ書51:9-10》
ラハブを切り裂き、竜(タンニーン)を刺し貫いたのは、あなたではなかったか。
海を、大いなる淵の水を、干上がらせ、深い海の底に道を開いて、
贖われた人々を通らせたのは、あなたではなかったか。

また、ユダヤの伝承によると、ラハブは水でできた怪物であるという。
天地創造の前、ラハブは原初の混沌として存在していた。神ヤハウェは、天地創造に際して、この怪物の体を二つに切り裂き、天の水と地の水に分けた。天に与えられたラハブの体は大空の上の水となり、地に与えられた体は海となった。
そして、これ以降ラハブは、海を支配する怪物とされたようである。
創世記にラハブの名は記されていないが、天地創造前の原初の混沌の中に存在した水そのものを、ラハブは象徴していると考えられる。

《創世記1:6-10》
神は言われた。「水の中に 大空あれ。水と水を分けよ。」
神は大空を造り、大空の下と大空の上に水を分けられた。・・・(天地創造の)第二日である。

【堕天使ラハブ】
一方、キリスト教では、ラハブは元々天使だったとされている。
神が天地創造のとき、ラハブに陸を作るために水を分けるように命じたが、ラハブは拒否した。神は怒り、ラハブを切り裂いて、天と地に分断した。その罪により、ラハブは堕天使となったという。(一説によると、怒った神により海に投げ捨てられたとも云われている。)

堕天使となったラハブは、『天使ラジエルの書』に関する逸話に登場する。
天使ラジエル(Rasiel)は、別名「神の秘密」と呼ばれ、天界と地上に関する秘密を全て握るとされる天使である。その秘密を知れば、その者は生物の生死の鍵を握るばかりでなく、あらゆる神秘的な能力を身につけ、神に匹敵する「全知」の者になれるという。
そして、このラジエルが知る限りの1500の秘密を一冊に纏めたものが、『天使ラジエルの書(Sefer Rasiel)』である。この書を守ることはラジエルの使命であったが、ラジエルは何を思ったか、人類の祖アダムにこの書を譲ってしまう。 
その後、『天使ラジエルの書』は数奇な運命をたどり、アダムの手から天使に、さらには悪魔に奪われ海に捨てられてしまう。その後、天使・悪魔・人間は皆この書物を欲し、世界は混乱したという。
神はこの事態を憂慮し、海の支配者ラハブに『天使ラジエルの書』を探し出すよう命じた。ラハブは神の命に従い、海底からこの書物を発見し、神の元へ届けたと云われている。

【備考:海の怪物ラハム】
古代バビロニアの創世記叙事詩『エヌマ・エリシュ』(紀元前12世紀)には、ラハム(Lahamu)という海の怪物が登場するが、これをラハブと同一視する説もあるようである。
ラハムは、原初の女神ティアマトが、マルドゥク神を滅ぼすために生み出した11の怪物の1体とされている。ラハムは大蛇の姿をした海の怪物とされるが、時に赤い帯を身につけた女性として描かれることもあるという。
ティアマトがマルドゥクとの戦いに敗れると、ラハムは洞窟に閉じ込められ、最後にはマルドゥクに殺されたと云われている。

【備考:旧約聖書の娼婦ラハブ】
旧約聖書『ヨシュア記』には、ラハブ(Rahab)という娼婦が登場する。このラハブは、エリコという町で娼婦をしていたとされ、ヘブライ人ヨシュアがエリコ攻略に向けて二人の斥候を偵察に送った際に、エリコ兵から斥候たちを匿っている。その後、神への信仰を告白し、エリコの住民たちが虐殺された時にも、ラハブとその家族は助けられ、ヘブライ人の一員に加えられたという。

また、新約聖書『マタイによる福音書』にもラハブの名は登場する。このラハブはサルモンの妻であり、ダビデ王とすべてのユダ王国の王の祖にして、イエス・キリストの祖であるとされている。
『ヨシュア記』のラハブはヨセフの子孫ヨシュア・ビン・ヌンの妻であり、フルダ、エレミヤ、エゼキエルなどの預言者の先祖であるとされ、イエスの系譜にあるラハブとは別人物であるとも云われるが、結論は出ていない。