財宝を護るドラゴン――そうした典型的なファンタジー作品に登場する悪龍のモチーフとなったドラゴンこそ、北欧神話に登場するファフニールである。
ファフニールは元は小人であったが、手にした財宝を兄弟、他の誰にも渡すまいとした結果、火を噴き、地を這いずる龍に姿を変えたのである。
その姿については諸説あるが、最も有名な特徴は刃一切通さない角質に覆われた体であろう。
ただの剣であれば、ファフニールを傷つけることはできず、寧ろ剣の方が折れるほどに強固な鎧となり、このドラゴンをより強固な財宝の護り手とした。
だが、ファフニールが護る財宝は得たものに幸福をもたらすものなどではない。
寧ろ、その黄金を手にしたものは必ず不幸をもたらされる、という呪いを込められた黄金であり、ファフニールがドラゴンに姿を変えたのも黄金の呪いによるものとする説が存在している。
ワーグナーの『ニーベルングの指環』においては、このファフニールが護る黄金の財宝=指環こそが世界を支配する指環であり、ライン川から黄金を奪った小人の愛を否定する呪い、黄金の指環を得るも神々の罠で奪われた巨人族の呪いがかかっているとも言われており、この指環は最終的に経緯にいくつかの亜流を持つがライン川の底へと返還されることになっている。
世界の覇者となり、呪いを持つ黄金の指環は後に、『ロードオブザリング』などの名作のモチーフともなっており、世界的にも有名な財宝の1つと言える。
ファフニールに齎された黄金の呪いはそれだけではなかった。
黄金を分け合うことを拒んだ弟の小人・レギンが後に英雄となるジークフリート(シグルズ)にファフニールの退治を依頼し、その際にジークフリートの父の遺品・グラムの破片から作られたバルムンクによって刺殺される。
そして、その体を守っていた角質の特性は血を浴びたジークフリートに、刃を一切通さない不死身の肉体を与え、さらに血を舐めたことによりジークフリートは鳥の言葉を聞く異能を与えることとなったのである。
ただし、この血を浴びた、という部分が初期の伝説では、ジークフリートとの戦闘時にファフニール自身が吐いた火があまりにも強い熱を持っていたがために、自らの体から溶け出した角質をジークフリートが浴びた、という物があるため、必ずしもこの血が不死を与えたとは言い切れない。
ジークフリートによって切り出されたファフニールの心臓にも「世界を手にする」といった効能があったようだが、食べようとしたレギンはジークフリートの毒殺に失敗して殺され、焼いて食べたと言われるジークフリートも世界を手にすることなく死んでいるため、ファフニールの心臓に本当に世界を手にする効能があったかについては疑問が残る点と言える。仮に世界を手にした場合でも、それが指環によるものなのか、この龍の心臓を食したものによるかは判別ができないであろう。
また、後世に舞台化された作品のなかでは、ファフニールは単なる黄金の護り手というだけでなく、ドイツの姫君クリエムヒルトを誘拐し、自らの塒で監禁している、というより分かりやすい悪のドラゴンとして描かれることとなっている。
ファフニール退治に始まるジークフリートの伝説「ニーベルンゲンの歌」におけるニーベルング族でありながら、最も最初に物語から退場していくこととなるが、このドラゴンが後世に恐ろしい財宝の護り手として強い衝撃を与えたことは想像するに難しくないだろう。
コメントをするには会員登録が必要です