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地獄の上院議員にして地獄の宰相、サタンの洋服係、蠅族の大法官、地獄の尚書長として多忙な存在、それがアドラメレクだ。
堕天前の位階は燃え盛る車輪の体を持つ天使である座天使の地位にあり、ラファエルの指揮下にいたとされる。
座天使は堕天使や悪魔たちと直接戦うことが少ないため、堕天使を排しにくい階位であるが、アドラメレクはその前身が異教の神であったことからも、悪魔となるべくしてなったといえる存在である。
通常時、彼は人間の胴体と頭を持っており、残りの部分はラバや孔雀の姿をしていると言われる。 が、『地獄の辞典』において彼の姿は人間の胴体に孔雀の尾羽とラバの頭をくっつけた姿として描かれている。
キリスト教において、孔雀は不死、復活、聖人などの善性を持つものの象徴とされ、目玉のような羽の模様は全てを見通す教会の象徴ともされるが、それを身にまとうこの悪魔の頭部がラバの形をしていることから、アドラメレクは聖人、教会、それらがもたらす善なる神秘を嘲弄する存在と言える。
逆に言うと孔雀の象徴する傲慢さ、ラバの愚鈍さに象徴された悪魔ともされ、また孔雀の金色の目が悪魔など、獣性の強い魔物の目に見えたことから、このような姿で描かれているという説もある。
孔雀に化ける悪魔としては他にアンドロアルフュスなどがあげられ、孔雀の羽を身につけているものとなればさらにその数は増え、有名なマルティン・ルターと論争を行った地獄一の口達者カイムも人間の姿で現れるときには孔雀の尾羽を付けた姿で現れるとされている。
アドラメレクは前身としてアッシリアの太陽神であったとされ、幾何学、天文学を得意とし契約者に知識を与える他、自らの契約者が罪を犯した際には人間の顔を鳥に変えて、その逃亡を手助けすることも可能である。
またアッシリアの王センナケリブの息子に同名の息子が存在し、後の時代にカルタゴのモロク崇拝の王権を継ぐ第一子が生贄として捧げられたことが関連付けられることとなり、アドラメレクへの生贄は人間の子供が好まれ、それは特に新生児がよいとされた。
(モロク崇拝により、子供を捧げることは石打の対象となる大罪の一つでもあったが、ソロモン王はモロク崇拝を行っている。)
アドラメレクへの生贄は炎によって焼く、あるいは熱して真っ赤になった青銅像の中へ生贄をいれて捧げるとギリシア人の記述にある。
が、実際に子供をまるごと収められるような大型の青銅像は発見されておらず、考古学的な証拠にかけている。
ただし、これと似た拷問器具として真鍮の牡牛の中に閉じ込めた人間を炙り殺すファラリスの牡牛は非常に有名である。
モロク同様、生贄として選ばれる子供の上限はおおむね6歳程度とするのが一般的である。
詩人ロバート・シルヴァーグの『Basileus』に書かれたアドラメレクの姿は「神の敵、野心家、狡猾さと茶目っ気はサタン以上、呪いに長けた悪魔――より深い偽善者」と表現されている。
これは前述した、逃亡者の頭をただ他の人間に変えてしまうのではなく、あえて鳥に変える、といった方法がユーモラスで、確実性には欠けるとはいえ、アドラメレクという悪魔の個性として発揮されているといえるだろう。
アドラメレクは多くの肩書きを有する一方で活躍についての具体的なエピソードには乏しく、天界戦争の際にどう働いたのか、といったこともなく、人間に対してどのような悪事を働いたか、といった記述についても薄いが、個性的な姿と能力、そして残虐極まりない生贄という正反対の二つの要素によって、強い印象を刻んでいる。