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霧と霜、氷雪に覆われた死者の国ニヴルヘイム、そこに住まう北欧神話で最も邪悪とされる龍がニーズヘッグだ。
龍、と便宜上語るが、ニーズヘッグの体はワーム、蛇と表現するのが的確な黒い体表をしており、背中には巨大な翼を携えているため、アステカ神話のケツァルコアトルスのような翼を持つ蛇として考えるのが的確だ。
北欧神話の世界では、世界樹ユグドラシルが3つの世界に根を下ろし、世界そのものを支えている。
1つの根は神々の世界アースガルドの下にもぐっており、ノルンと呼ばれる運命の女神たちが丁重に水や土を与え、守ってくれている。
2つ目の根は巨人の国ヨーツンヘイムの下にあり、根の下には知恵を与えるミーミルの泉がある。 ミーミルの泉はかつて主神オーディンがその水を飲むために自らの目を捧げた泉でもある。
そして3つ目の根こそが、死者の国ニヴルヘイムにまで届く根だ。 この根は他の根が持つ護り手や、神聖さといった印象がまるでない。 この根の根元にはフヴェルゲルミル(叫ぶ大釜)の泉があり、その泉は冥界の死者の血と死体とが漂う猛毒の熱泉であり、一面が雪で覆われたニヴルヘイムに流れる11本の川すべての源流となっている。 ニーズヘッグが暮らしているのはこのフヴェルゲルミルの泉である。
一面を雪で覆われたニヴルヘイムで、ニーズヘッグは自らに従う蛇たちと共に、死者の体を引き裂いて食べ、死体からあふれだす血を啜っている。
そして、ニーズヘッグの最たる特徴こそが、フヴェルゲルミルの泉につかるユグドラシルの根をかじり、枯らそうとしていることである。
ニーズヘッグが何故世界樹であるユグドラシルを倒そうとしているのかは定かでないが、ニーズヘッグは怒りに任せて、ユグドラシルの根を噛み砕いて損ね、世界全体に悪影響を及ぼすこととなっている。
ユグドラシルには多くの生き物が暮らしており、ニーズヘッグと馴染み深いのが、頂上に住んでいる大鷲フレースヴェルグと、ユグドラシルの中に住んでいる栗鼠のラタトスクだろう。
フレースヴェルグとニーズヘッグは仲が悪く、いつも罵り合いを続けている。しかし、頂上に住むフレースヴェルグと根の国に住むニーズヘッグは直接言い争えるわけではなく、お互いに自らの住処を離れることはまずない。
その2頭の間を仲介するのがラタトスクだ。 ユグドラシルの中に住んでいるラタトスクは頂上と根とを行き来して、この2頭の間を取り持つ、が実際には互の罵倒を運ぶ役割しか果たさず、憎しみを加速させ、ニーズヘッグがユグドラシルの根を壊すのを助長しているに過ぎない。
神々の多くが滅亡するラグナロクにおいて、ニーズヘッグは生存が決定されており、フレースヴェルグ同様に死者の処理を行う。
ラグナロクがくるとニーズヘッグは死者の体を自らの巨大な翼にのせて、フヴェルゲルミルの泉から飛び立つとされている。
ラグナロク後の世界においても、ユグドラシルをかじり、世界に悪影響を与え続けることとなるニーズヘッグだが、ニヴルヘイムという生者を拒む土地に住んでいるためか、英雄が下って行き、彼を退治、封印するといった伝説は見当たらず、世界に暗い影を落とすこの龍は、北欧神話のファーフニルたちのような他の龍同様の討伐を行われない。
世界の終末に際し、『巫女の予言』では「沈む」と表現されているニーズヘッグだが、これはニーズヘッグが根を噛み砕いてユグドラシルを沈めてしまったのか、ニーズヘッグが沈んでしまったのか定かではない。