ザッハーク(Zahhāk)とは、ペルシアの叙事詩『シャー・ナーメ(王書)』に登場する両肩に2匹の蛇を生やした邪悪な王の名である。1000年に亘り王国を支配したが、英雄フェリドゥーンによって倒された。
【概要】
『シャー・ナーメ(王書)』とは、10-11世紀のペルシアの詩人フィルドウスィーが記した、古代ペルシアの神話・伝説・歴史の集大成ともいうべき壮大な叙事詩である。その中でザッハークは恐ろしい悪王として登場するが、この悪王はゾロアスター教の聖典『アヴェスター』に登場する悪竜アジ・ダハーカ(Aži Dahāka)の化身であると云われている。(但し、ゾロアスター教を国教とするサーサーン朝ペルシアは7世紀にイスラム帝国に征服されており、イスラム教の教義に抵触するような内容には多少の改変がなされているという。)
このザッハークは、元々は勇敢なアラブの王子であったが、悪神アンラ・マンユ(ゾロアスター教における悪神群の筆頭)によって両肩から2匹の蛇が生えた姿に変えられてしまい、その蛇のために毎日2人の若者を殺し続ける暴君へと変貌する。その治世は1000年もの間続いたが、英雄フェリドゥーンによって山に閉じ込められることで終止符が打たれたという。
しかし、終末の時にザッハークは再び悪竜アジ・ダハーカとして蘇ると云われており、その復活のときには善神の創造物の三分の一を喰い滅ぼし、最後には英雄クルサースパによって完全に討ち滅ぼされると云われている。
【悪王ザッハークと英雄フェリドゥーン】
ザッハークは、アラブの王マルダースの下に生まれた王子であり、父王と同じく勇敢な真の英雄(パフラヴァーン)であった。しかし、あるとき悪神アンラ・マンユが客のふりをして訪ねてきて言葉巧みにザッハークを籠絡し、自分への忠誠を誓わせると、父王マルダースを落とし穴に落として殺害させるのである。
こうしてザッハークは5代目の王に即位することになるのだが、悪神アンラ・マンユは給仕に姿を変えて再びザッハークの前に現れる。そして、ザッハークの即位を讃えて彼の両肩に口付けをすると、その両肩からは2匹の黒蛇が生えてきたという。その蛇は何度切っても再生するおぞましい怪物であり、ザッハークが必死にこの蛇の頭を切り落としても木から枝が生えるごとく次々と生えてきた。
狂乱するザッハークの前に、悪神アンラ・マンユは再び姿を現し、蛇を切ってはならない、人間の脳をたらふく食べさせて眠らせるように、と告げた。やがてザッハークは、日々人を殺してはその脳を蛇に与える狂気の暴君へと変貌していくのである。(両肩に2匹の蛇が生えたことは、3つの頭をもつ悪竜アジ・ダハーカの化身になったことを意味するという。アジ・ダハーカとは、悪神アンラ・マンユによって生み出された凶悪な竜であり、その体は邪悪な生物で満たされ、あらゆる悪の根源を成すといわれる恐ろしい怪物である。)
さて、王に即位したザッハークは、王としての徳を失っていた近隣の王ジャムシード(Jamshīd:『アヴェスター』における原初の人間イマ Yimaに相当する)を退け、鋸で切り殺すと、その王国を建て直して千年の間これを統治したという。初めのうちは民衆に歓迎されたザッハークだったが、その統治下で毎日2人の若者が蛇の餌食となるべく殺され続けると、次第に王国は暗黒に覆われた。
そして、この悪王ザッハークを倒すべく、英雄フェリドゥーン(一説によると、前王ジャムシードの孫)が立ち上がったのである。フェリドゥーンは、鍛冶屋のガーウェ(反乱軍のリーダー。ザッハークのために18人の息子たちを殺された男)の造った鋼の矛でザッハークに立ち向かい、この怪物を打ち負かしたという。彼はザッハークを殺そうとしたが、天使スルーシュ(スラオシャ)が顕れて、まだその時ではないためザッハークをダマーヴァンド山に監禁するようにと助言したため、それに従いザッハークを山に封じ込めた。そして、自らはペルシャの6代目の王となって500年に亘り王国を治め、調和と繁栄の時代をもたらしたのである。
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