ウトゥック(Utukku)とは、古代メソポタミアに伝わる悪霊の名である。ウトゥックと呼ばれる悪霊には、葬儀をしてもらえなかった死者の魂がなるものと、下層世界アラルからやってきたもの、もしくはエア神から発生したものなど数種おり、ある種の悪霊の総称と考えられている。シュメール語ではウドゥグ(Udug)と呼ばれる。
【概要】
ウトゥックと呼ばれる悪霊にはいくつかの種類があり、その1つは、死者の魂(エディンム)のうち死ぬときに葬儀をしてもらえなかった者がその遺恨からなると云われている。それらは生者に苦痛や害を与える存在であるが、改めて葬儀をやり直す(キスプ)ことで鎮めることが出来るという。
また、下層世界アラルからやってきたウトゥックや、エア神の噛み付き(胆汁)から発生したウトゥックもいるが、これらは更に邪悪な性質をもつと云われている。それらは病気を蔓延させたり、人々の心に邪悪な考えを吹き込んだり、家族間に不和をもたらしたりする。これらのウトゥックに関しては、退魔師(アシプ)が神々の名の下に呪文を唱えることで追い払うことが出来たという。
古代メソポタミアでは、これらのウトゥックなどの悪霊は至るところに存在すると考えられ、暗い夜道を歩く者に襲い掛かっては病気をもたらすとして恐れられていた。
シュメール時代においては、悪霊たちは自分たちの気まぐれな意志によって人間に危害を加える存在と考えられていたが、時代が下がるにつれて、神々の命令により人間に危害を加えるものと考えられるようになった。
そのため、古代メソポタミアの悪霊の王であるパズズに祈ったり供物を捧げたりすることが当時行われていたとようである。このパズズとは、風とともに熱病をもたらす魔神であり、蝗害の象徴とも考えられ、当時の自然の驚異を具現化した恐ろしい魔神である。しかし、この悪霊の王パズズを信奉すれば、ウトゥックなどの手下の悪霊のもたらす禍からは身を守ることができると考えられていたようである。
【悪霊に対する呪文】
古代メソポタミアでは、怪我や病気などの不幸は悪霊の仕業だと考えられていた。特に様々な悪霊の名前はそのままある特定の病気を意味することもあったという。
そして、これらの悪霊がもたらす病気の治療法として多くの呪文が生み出され、紀元前2000年期前半にはシュメール語の祓魔文書が編纂され、多くの複製が流布したと考えられている。(その一方で、シュメール語やアッカド語で書かれた合理的な医学テキストの存在も確認されており、紀元前2650年頃には医者のような職業があったとされている。)
その祓魔文書の中で、ウトゥックは他の悪霊とともに次のように記されている。
悪いウトゥック霊―静かな通りを、夜、秘かに横行し、道路に覆いかぶさる者。
悪いガルラ霊―荒野を自由自在に動き回り、泥棒を放免してしまう者。
ディムメとディムメア―人間の上に降りかかる者。
疾病、心臓病、病苦、頭の病気、人間の上に覆いかぶさる魔の病力、
その往来している者を、まるで嵐のように打ち倒してしまった。
その人は彼の生命から越え出てしまう。
彼は洪水の如く波うち、食べ物を食べることもできず、水も喉を通らない。痛みの中に日々を過ごす。
【月神シンと悪霊ウトゥック】
悪霊ウトゥックは、古代メソポタミアの月の神シンに関する逸話にも登場する。
アッカド神話の月神シン(シュメール神話の月神ナンナ)は、夜になると三日月の舟に乗って空から世界を照らす青髭の老神である。このシンは、闇夜に紛れて行われる悪事を暴き、暗闇にはびこる悪霊を退散させる存在と考えられていた。
ある時、悪霊ウトゥックはこの叡智ある神シンを陥れようと企んだ。そして、他の神々の手を借りて、月神シンの光を覆い隠してしまったという。
その後、マルドゥク神によってウトゥックたちは退散させられ、シンは再び光を取り戻すことができたと云われている。
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