【重要なお知らせ】「怖話」サービス終了のご案内

アングラ・マインユ、アンラ・マイニュなどと表記されるが、最も原音に近いとされているのは「アンラ・マンユ」。
 中世ペルシア語: アフレマン、ガナーグ・メーノーグ。以下の文でも、できるだけアヴェスタの資料によるものをアンラ・マンユ、中世ペルシア語の資料によるものをアフレマンとして区別する(参考にした資料の書き方が曖昧でどちらか分からなかったものは除く)。
 モプスエスティアのテオドロスはアフレマンをサタンと呼び、「万物の根源である"時間"が奉献をしたが、オルマズドとともにサタンを生んでしまった」という神話を伝えている。テオドロス・バル・ホーナイもまたアフレマンをサタンと呼んでいる。
 アンラ・マンユの語源としては、マンユは「霊」という意味であるが、アンラの語源はよくわかっていない。ただ、インド・イラン共通基語のans-よりくるという説が有力で、これによればアンラ・マンユは「敵対者なる霊」という意味になる。
 「悪しき光輪の所有者」「悪しき性の者」「奸悪なる者」「悪行者」「邪悪者」「多殺者」「悪漢」「全殺者」などとも称される。

アフラ・マズダーとアンラ・マンユ、その性質 †
 ゾロアスター教の神学において、善なる主アフラ・マズダーに対立する、悪の支配者。ゾロアスター教の特徴は、なんといっても究極の悪の実在アンラ・マンユを肯定しているところにある。
 ザラスシュトラによれば、アンラ・マンユはスプンタ・マンユとともに原初の双子であった。しかしその「身」「語」「意」はいずれも相反するものとされる。アフラ・マズダーが「全てを知る者」であり、世界の創造から最後の審判に至るまで、歴史の全てを知り尽くしているがゆえに最良の審判者だとされているのに対し、アンラ・マンユは「無知なる者」とされ、すでに起こったことしか知ることができず、未来を予知することができない存在だとされている。アンラ・マンユは生来の最後の審判に際して悪が裁かされ滅亡されるということを知らずに悪をなすため、このように呼ばれるのである。だから、世界の最初においてアンラ・マンユは自由意志(無知)に基づいて「悪」を選択し、逆にアフラ・マズダーは「善」を選択した(『ヤスナ』30章)。なお、中世ペルシアの資料『ブンダヒシュン』は、世界の始めには、オフルマズドは光明に満ちた上の世界に、アフレマンは暗闇の下の世界に独立して住んでいた、としている。
 アンラ・マンユはすべての悪しきもの(死、虚偽、狂暴)などの支配者であり、アフラ・マズダーが善なるものを創造したのに対抗して、同様に悪なるものを次々と創造した。アヴェスターの『ウィーデーウ・ダート』第1章においては、アフラ・マズダーが国土を建設すると、アンラ・マンユはそれに対抗して冬や罪や害をなす生物、悪徳を創造した。アフラ・マズダーの王国が拡大すると、それに応じてアンラ・マンユの支配する領域も広がっていったのである。例えば惑星の不規則な動きはアンラ・マンユの創造によるものであるとされるし、もちろん悪魔もすべてアンラ・マンユの所業、人間にある悪の傾向も彼(とその創造物)のせいである。冬に霜を、夏に暑さを、そして病気や苦しみも生み出してアフラ・マズダーの世界に干渉した。
 中世ペルシアでは、基本的にはアフレマンは不可視ではあるが、その姿はイメージ的には醜悪であり、人前には蛇、蝿、トカゲなどの悪の属性たる動物の姿で出現し、若い男の姿で誘惑するともされた。
 しかし、最強であるアンラ・マンユも「光輪(クワルナフ)」のある王には勝てなかったらしい。『ザームヤズド・ヤシュト』には、イラン最古の王朝ペーシュダード朝の2代目タクマ・ルピが人々のみならずダエーワまで支配し、アンラ・マンユさえ馬の姿に変えて30年にわたり騎乗して大地の端から端までめぐった、とある。

アンラ・マンユと世界の歴史 †
 ゾロアスター教の歴史観では、歴史は3000年ずつ4つの時代によって構成されている。最初の3000年間は「霊的創造」の時期で、次の3000年間は「物質的創造」の時期。そしてこの「物質的創造」の時期にアンラ・マンユは善の王国への侵入を果たそうとしたが、失敗した。第3の3000年間はアンラ・マンユの王国への侵入で幕をあけ、人類が誕生する。このとき誕生した生命が死ぬという運命は、アンラ・マンユが侵入したことによって決定付けられた。そして現在はザラスシュトラが出現してからの最後の3000年間にあたる時期であり、アンラ・マンユを根幹とする悪と善との分別が行われ、最終審判へと世界は突き進んでいく。そしてアンラ・マンユは未来に悪の勢力全てとともに消滅するのである。
 『ブンダヒシュン』では、まず、なにもない3000年があったとされている。アフレマンはオフルマズドの存在を知らなかったが、オフルマズドはアフレマンの存在を知っており、将来戦うことになることも知っていた。ある日、アフレマンは上の光明を目指して暗闇からのぼってきた。しかし、光明の中にオフルマズドを見たアフレマンは彼に対して激しい嫉妬を覚え、それを破壊しようとした。そこでオフルマズドがアフリマンに対して、自分の創造作業を手伝わないか?自分を敬わないか?と言って休戦を提案した。もちろんアフリマンは、自分が下位におかれるようなその提案を拒絶した。そこでオフルマズドは、次に9000年の間戦おうと申し出た。最初の3000年の間オフルマズドの意志のみが成就され、次の3000年間はオフルマズドとアフリマンが敵対する。そして最後の3000年間はアフリマンは無力化され、すべての生き物から遠ざけられる。こうした未来が分かっていたからオフルマズドはこれを提案したのだが、アフリマンはその未来が分かっていなかったため、これを受け入れたのであった。
 まずアフリマンは闇の勢力を創造したが、オフルマズドの善の創造物を見てショックを受け、3000年の間気絶したままだった。悪魔によってその長い眠りからようやく覚めると、彼はオフルマズドの世界へと侵攻を始めた。まずは硬い天の下に穴をあけて侵入し、水を塩水に、大地を砂漠に、植物を枯らし、原初の牛と人間を殺し、火と灰と煙で汚した。しかしオフルマズドの死んだ創造物からは新たな生命が誕生したのだった。マシュヤーとマシュヤーナグという人類最初のカップルは、最初のうちはオフルマズドを信仰していたが、のちに欺かれてアフリマンを崇拝するようになった。そこで二人の間には50年の間子供が生まれなかった。

アンラ・マンユと悪の軍団 †
 アンラ・マンユのもとには、アフラ・マズダーのもとにいるアムシャ・スプンタ(大天使)たちに対応する諸存在が知られている。アカ・マナフ、ドゥルジ、サルワ、タローマティ、タルウィ、ザリチュ(ザリク)である。スプンタ・マンユ(アフラ・マズダーとしての?)に対応するのはアンラ・マンユであるとされる。ほかにも『ガーサー』ではアカ・マナフとウォフ・マナフ、ドゥルジとアシャ、クシャスラとアエーシュマが対応しているように見えるものの、アシャとドゥルジの対立以外には明確な敵対関係が位置付けられるということはなかった。現在知られている上記の6の大天使と6の大悪魔の対立は中世ペルシアの神学になるものだと考えられている(なお、これらの悪魔の創造は、オフルマズドが大天使を創造したのに対抗して最初に行われている。)。また、これら全体を見渡してみても、アヴェスターにおいて明確な悪魔はアエーシュマとドゥルジを除けばあとはアジ・ダハーカ(ダハーカ竜)だけであり、悪の権化としてはアンラ・マンユ以外、アジ・ダハーカのような有力な神話的存在などを除くと特に強調されていたわけではなかった。

プルタルコスの『モラリア』におけるアンラ・マンユ †
 ゾロアスター教と似て非なるズルワーン教では、アフレマンはオフルマズドとともに、ズルワーン・アカラナ(無限の時間)の双子の兄弟であり、対等な立場にいるとされる。言語学者のエミール・バンヴェニストは、プルタルコスの『モラリア』にある「エジプト神イシスとオシリスの伝説について」で紹介されているアレイマニオスの神話を、ズルワーン教の神話が伝わったものであるとした。プルタルコスによれば、マゴス僧のゾロアストレスは互いに腕を競い合う善悪2柱の神がいるとしている。そして、よいほうの神はテオス(神性)、わるいほうの神をダイモン(ギリシア語で神的なものを意味する広義の言葉)とも呼ぶ。そして、その名前はホロマゼスとアレイマニオスとする。これは中世ペルシア語のオフルマズドとアフレマン(アフリマン)に対応するものである。ホロマゼスは光であり、アレイマニオスは闇で無知である。そして、両者の中間に「仲介者」ミトラがいる。アレイマニオスはまた、飢餓と疫病をもたらすものだともされている。
 ゾロアストレスはホロマゼスのみならずアレイマニオスにも「お祓いの供物」と「悲しみの供物」を供えよ、と教えている(悪神にも祭儀を行うという点はザラスシュトラの教えやマズダー教に著しく反するものであり、そのほかの様々な点からバンヴェニストはプルタルコスの解説する宗教を、西方に伝わったズルワーン教だとしている)。「悲しみの供物」とは、オモミという草をすり鉢でつぶして、死者の国の神ハデスを闇と呼び、殺した狼の血に混ぜて、日の当たらないところにたらす、というものである。
 プルタルコスは創世神話から終末論までも概略を伝えている。それによれば、ホロマゼスは光から生まれ、アレイマニオスは暗闇から生まれた。ホロマゼスは6人の神を作った。それに対抗してアレイマニオスは同じく6人の神を作った。ホロマゼスは身体を三倍大きくして、星を空にちりばめ、シリウスを番人とした。そして24の神を作り、卵の中に収めた。アレイマニオスも同数の神々を作り、ホロマゼスの神々の卵に穴をあけ、(一部欠落。ホロマゼスの神々をアレイマニオスの神々が引きずり出したとか、卵の中にアレイマニオスの神々が侵入したとか考えられている)善いものと悪いものが混じってしまった。
 しかしそんな悪神アレイマニオスも、いつかは自ら作り出したものが跳ね返ってきて完全に滅ぼされてしまう運命にある。そのとき大地は平らになり、人々の生き方も国も、そして言語まで一つとなり、幸福な暮らしを送るようになる。テオポントスがマゴス僧から聞いた話としてプルタルコスが引用する歴史観によれば、時間は3000年ずつ4つに区分され、最初の3000+3000年は両者が交互に支配し、次の3000年は戦争を起こして片方の成果を無茶苦茶に壊してしまう。しかし、最後の3000年は「ハデス」が滅んで人々は幸福に生きるであろう、とされている。
 コルブのエズニクもズルワーン教における双子の神について詳細な神話を伝えている。ここではアフレマンはアルフムンと呼ばれている。
 原初、何もなかったとき、ズルアンだけが存在していた。彼は1000年間オルミズドという息子を得んがために供犠を続けてきた。しかしあるとき、ふとした疑念が湧き、自分のやっていることに意味があるのか考えてしまった。まさにそのとき、彼の中にオルミズドとアルフムンが誕生した。オルミズドは供犠によって、アルフムンは疑念によって生まれたのである。ズルアンはそこで、先に生まれたものを王となそうと考えた。それを知ったオルミズドは、ズルアンの子宮の中でアルフムンにそのことを教えた。そのことを聞くとすぐに、アルフムンは子宮を突き破って父の前に現われた。しかしズルアンは自分の前に現われたのが誰か分からなかった。「お前は誰か」「私はあなたの息子です」。しかしアルフムンは暗く臭く、父の期待していた芳しく明るい息子とは正反対の存在だった。そのとき、今度は光り輝くオルミズドが父親の中から現われた。これこそ供犠によって得られた息子であるとズルアンは喜び、手にしていた枝の束を渡し、これからは自分を祭るようにいった。しかしアルフムンは異議を申し立てた。先に生まれたほうを王となすのはズルアン自身が誓ったことではないか、と。自分の誓いを破るわけにも行かず、ズルアンはしかたなく、9000年の長きに渡る王権をアルフムンに約束した。しかし9000年のあとはオルミズドが統治することになる、とも言ったのである。
 二人はさまざまな創造を行ったが、オルミズドがつくったものはどれも善でまっすぐであったのに対し、アルフムンのつくったものはどれも悪で歪んでいた。
 アフレマンはズルワーンからの贈り物「情欲」アズを武器とした。しかし、ズルワーンは「アズの力によって、汝のものはすべて、汝自身が創造したものまでみんな、食いつくされてしまうだろう」と言った。